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第15話




 先に動き出したのは、ルヴィナだ。

 彼女は片手をかざし、足元に魔法陣を生成すると、声を張り上げて呪文を叫ぶ。


「“在りし日、追憶の奏” “彼方の月 芽吹の華、行手を阻む道を照らせ”!!」


 地面から突き出した無数の光の槍が、ヒルギ科植物をかたどった異形に襲いかかった。

 だが、巨大な木の根に槍が突き刺さり、表面を削っても、たいした衝撃は与えられていない。

 小さな少年は首を傾げ、肩から提げている鞄から小さな本を取り出すと、数ページめくってから紙を破いた。


「…………***」


 少年が何事か呟き、投げ捨てた紙が淡く光る。一瞬の静寂の後、それは防壁のようにルヴィナの放つ魔法を阻害し始めた。

 明後日の方向へ飛び始めた光の槍が、周囲の崖に追突する。

 崩れた岩が道路に転がり、小銃を構えて呆気に取られていた部隊が、にわかに騒ぎ始めた。


「っまずい、ルヴィナお嬢さん! あれは()()魔術だ、それにこの場所で君の魔法は相性が悪い」

「で、でも、ママを守らなきゃ」

「大丈夫、あの子は聖女だ、奥さまに危害は加えないだろう。……多分、きっと、おそらく」

「心配しかないんですが!? というか聖女って女の子だけじゃないんですか!?」

 

 セオドアに抱えられていたエルシィは、ようやく我に返って、至極真っ当な疑問を叫ぶ。


「いや聖女は称号だ。最初が女の子だっただけで、男の子もいる」

「嘘でしょ」

「しかしまずいな……さっき部隊長から、ここら一帯は怪物が出没するから気をつけろって言われたが、まさか聖女だとは、……!」


 歯噛みするセオドアの視線が、一気に上向いた。

 同時に部隊長の号令が聞こえて、整列を完了した部隊が一斉に射撃を開始する。

 銃弾はルヴィナの魔法同様に弾かれた上、厄介な事に跳弾までし始め、シテラが守る周辺まで飛び交ってきた。鉛玉が幾重も雪道を掠め、エルシィとルヴィナが悲鳴を上げる。

 いくらシテラが防御してくれているとはいえ、これでは文字通り無鉄砲だった。


「せ、セオドアさま、彼らを止めて……!」

「やまやまだが、ちょっと、難しいかもしれん」

「でも、わたしたちも危ないし、あの男の子に当たったら大変だわ! 怪我しちゃう! ……そうだ、わたしの力を使ってもいいから!」


 ルヴィナの結界を崩落させたように、エルシィの立体魔法陣であれば、何か突破口があるかもしれない。

 セオドアの襟元を掴んで揺さぶれば、彼は歯切れ悪く返事をしつつ、片手で髪を掻き乱した。


「いや、今の状態だと、おそらく発動しない」

「えっ!? どうして!?」

「発動には君の心理状態が作用するからだ。……いや、引き摺り出せば、あるいは? ここで?」


 最後の方は独り言混じりに呟き始めたセオドアに、エルシィは目を瞬かせる。

 エルシィの心理状態が発動の鍵とは、一体どういうことなのだろうか。恐怖心や緊張感が作用の鍵なら、とっくに大爆発しても良いくらいである。

 行動に移せず唸り声を上げたセオドアが、やはりダメだ、と首を左右に振った。


「不確定要素は君を傷つける。ここまで送ってくれた彼らには悪いが、今、無国籍自治区に飛ぼう」

「えっ、でも、どこに飛んだらいいの?」


 様子を窺っていたルヴィナが、驚いて目を瞬かせる。

 セオドアは旅行鞄から四つ折りにした世界地図を取り出し、さまざま書き込んでいる文字の中から、一つの島を指差した。

 極めて人工的な円形状の島を見つめ、ルヴィナが双眸を細める。


「ルヴィナさまは、行ったことがあるんですか?」

「ううん、ないわ」

「えっ、それって、本当に大丈夫なの?」


 エルシィは魔法に詳しくないが、この場にいる誰も行ったことがない場所に転移など、そもそも可能なのだろうか。

 あまりに現実離れした旅路に思わず問い掛ければ、ルヴィナは幸福そうに微笑んで、エルシィとセオドアの手を取った。


「うん、大丈夫。ママがいれば、わたしはなんでもできるのよ!」


 美しい魔法陣が地面に浮かび上がり、聖女ルヴィナが呪文を唱え始める。

 それにいち早く反応したのは、ヒルギ科植物の上から静観していた少年だ。彼は半ば悲鳴のように、ママ、とエルシィを呼んで幹を駆け降りてくる。


「まって、僕もいく、……っ***! ***!!」


 北の言語で叫んだ彼は、片手に持つ本から紙を引きちぎり、蔓の籠に向かって放り投げた。

 暗闇で背後から物体を照らした時に出来る輪郭のような、不思議な色で紙が発光すると、ルヴィナの魔法陣の上で弾け飛ぶ。

 一瞬、意識が逸れて声が裏返り、それでも詠唱を続けようとしたルヴィナは、自身の身体変化に気がつき片手で喉を押さえた。


「……ルヴィナさま?」


 ママ、と掠れた空気が、微かに震える。

 声が出ないのだ、と。


 怒り狂ったシテラが、夥しい量の花弁を咲かせ、一気に鋭利な槍に変化した。小銃の鉛玉など可愛らしく思えるほどの勢いで、少年が施した防御の魔術を突き破り、根が生える脳を模した植物の頭部を貫いていく。


「ウィズィ!!」


 振り返った少年が叫んだ。

 たたらを踏んで自らの従者へ戻ろうとする少年に、籠の中から手を伸ばしたセオドアが触れる。

 

 地図を取り出す過程で、いつの間にか彼の片手には、万年筆が握られていた。

 黒いインクを飛ばして書かれた見えない文字だが、確かに少年の衣服に付着して淡く輝く。途端に少年が抱えていた本が、滑るように地面へ放り投げられた。

 セオドアは魔法陣の上から地面に向かって何事か魔術を書き込み、エルシィとルヴィナを腕の中に引き寄せる。

 


「!?」

「ルヴィナお嬢さん、今だ!」


 ぷはっ、と呼吸をしたルヴィナが、両手で首を垂れたシテラの花弁に触れた。


「──“我と続け”!!」


 視界が白み微睡んで、エルシィは少年に視線を向ける。

 彼は仮面で覆われた顔を、眩い光から隠すように両腕で庇った。

 それでも必死にエルシィに向かって両手を伸ばす姿を最後に、三人の体は天高く飛翔する。


「まって!!」


 置き去りにされた迷い子のように。

 少年の声は空気を震わせ、エルシィの耳元で弾けるように消えていった。







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