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第11話




 セオドアが行ったのは、エルシィの発動する立体魔法陣が破裂する反動によって、聖女ルヴィナの魔法を吹き飛ばす事である。

 冥府の門を再訪問しかけたエルシィは、一瞬気絶していたものの、すぐさま意識を取り戻した。


「っこの、最低おと、ちょっ、え、どうしたんですか!?」


 罵声を浴びせようと開いた口は、エルシィを抱えるセオドアの腕が()()()()()()()事に気が付き、すぐに引っ込んだ。

 真っ青な顔で悲鳴を上げる彼女に、彼は脂汗を滲ませながら頬を擦り寄せる。


「言っただろう? 少し痛いことするって」

「少し!? というか、あなたが!?」

「せっかく綺麗な髪、食いちぎってごめんな。いやぁ本当、備えあれば憂いないだぜ」


 始めにエルシィの立体魔法陣を急停止させたように、手順を踏まない行動には、必ず反動が付きものだという。

 セオドアは彼女の髪の毛を、二本ほど歯で噛んで引っこ抜き、己の歯に書き込んだ鎮静に関する術式と、エルシィの髪にある防御の術式を二重で発動させ、身を守ったらしい。

 だが、そんなもので防ぎ切れるほど、エルシィの力は単純ではない。

 己の体が吹き飛ぶほどの衝撃を、なんとか二本の腕だけで受け止めたのだ。


 エルシィの体が小刻みに震える。セオドアの筋力が低下し、彼の腕が震えているからだ。

 沸き上がった怒りなど急激に鎮静化され、エルシィはおろおろと、腕と目の前にある顔を交互に見る。

 おそらく発動の鍵を回したのはセオドア本人だ。彼は自身が危険であることも理解し、発動させたのだろう。

 だがエルシィには、いくらこの男が嫌いで、仕方なく協力を願い出ているだけだとしても、怪我をさせるつもりなど毛頭なかったのだ。

 早く降ろしてくれと訴えれば、彼は首を振って更に彼女を引き寄せる。


「じっとしていてくれ、大丈夫、君を利用した悪い男に罰が下っただけだ」

「悪い男って、今そんなこと言ってる場合じゃ」

「あ、そうそう! 奥さまの唇に実は回復の術式を書き込んでいる。キスしてくれたら、実は一瞬で治癒しちゃったりするんだぜ!」

「本当!?」


 顔面蒼白で涙ぐんでいたエルシィは、セオドアの言葉に顔をあげた。

 理性的な状況であったなら、書き込んだ瞬間などなかっただろうと、冷静に反論できただろう。だが今は悠長な状況ではなく、早くこの腕を治療しなければと、エルシィは両手で男の頬を挟む。

 先ほどあっという間に、彼女の一番初め(ファーストキス)はこの男に奪われてしまったのだ。

 人工呼吸だと思えば、今更二、三回、どうということはない。

 エルシィは息を吸い込んで覚悟を決めると、瞠目するセオドアの唇に、己のそれを押し付けた。


 早く術式が発動してくれと、願いを込めて数秒。

 セオドアの片手が肩口からエルシィの頬に触れ、ゆっくりと引き剥がされた。


「っ……け、けが、なおった?」


 心配で堪らず問い掛ければ、茹で蛸のように真っ赤な顔をした彼は、ぱくぱくと口を開閉させる。

 そして視線を外し、長い息を吐き出した。


「…………ああ、うん、……だめだぞ、奥さま。そんな事をしたら、男の聖剣は調子にのって勇気百倍になってしまう」

「何言ってるんですか?」

「ぐぅうう……急に冷静な返事、良さしかない……!!」

「何言ってるんですか?」


 術式が発動し傷は治ったのだろうか。確認しようとした矢先、二人の足元に魔法陣が浮かび上がった。

 それは地上から見上げる月面に似ていて、エルシィは瞳を輝かせる。


「“在りし日の温もり、追憶の奏” “真綿の赦しよ、軌跡の錆に愛を成せ” “我が事、我が命、すべからく御身の血肉となり、痛みから解放せよ”!!」


 傷を負ったセオドアの腕が、瞬く間に再生した。声がした方に二人で視線を向けて、しかし笑顔のまま同時に硬直する。


「ママ!! 大丈夫ですか!? け、怪我は? どこも痛くないですか?」


 蔓の上を走り寄った聖女の周囲、チューリップを模した異形は、いっそグロテスクなほどの様相で三人を取り囲んだ。

 急速に開花した幾つもの花弁の中央には、橙色の眼球が転がり、一帯をくまなく警戒し始める。


 幻想生物だ。

 

 セオドアが唖然とした掠れる声で、そう呟いた。

 

 飛びついた聖女を慌ててエルシィが抱き止めると、セオドアは二人分の体重を支えながら、屋根の縁に片膝をつく。

 聖女は泣きながらエルシィの様子を確かめ、怪我もなく、セオドアの腕も回復した事を確認すれば、安堵の息を吐き出した。


「ルっ、ルヴィナさま、あの、これは……っえ? その腕、それに首元も、どうしたの……!?」


 幻想生物を引き連れ現れた聖女に、混乱しながら問いかけた時、エルシィは少女の様子に目を疑った。

 先ほどまで共に居た時にはなかった、打撲痕や裂傷が、身体の至るところに見受けられる。それに月光色の髪にも艶がなく、デタラメに切断されていた。

 この短時間で暴行を加えられたと言っても過言ではない傷に、エルシィは目の前が真っ赤になるのを自覚する。

 しかし聖女は、恥ずかしそうに体を両腕で隠し、首を左右に振った。


「ち、違うの、ママ。これは、ですね、わたくしは、自分の体を治癒するのが、下手なだけで」

「何を言ってるの?」

「あ、あのね、ママ、怒らないで、わた、()()()

「早く手当しなくちゃ! 化膿したら大変!!」


 特にひどいのは首元の傷だ。まるで鋭利な刃で貫かれたような傷跡がある。

 エルシィは蒼白で聖女を抱きしめ直し、よしよしと頭を撫でてセオドアを見上げた。


「セオドアさま、お願い! わたしができる事なら、なんでも手伝うから、この子を」

「待て待て待て、己を安売りしなくていい。言っただろう、奴隷のようにこき使ってくれ。お安いご用だとも……っ、いや、──!!」


 快諾した彼は、しかし即座に視線を背後に向けると、エルシィと聖女を空中に放り投げる。

 幻想生物が柔らかな葉で二人を受け止め、危険がないように包んだ先で、何かが直撃したセオドアの体が上空に吹き飛んだ。



 

 

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