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第103話




 少年は自らをシアドと名乗った。

 シアド・ハープシコード。年齢は14歳だという。家族七人で穏やかに山奥の城で暮らす、ハープシコード家の長子だ。


 彼があの戦場に出てきた理由は、ひとえに、自らが開発している()の精度を試すためであったという。

 世界に名を広げる戦女神が現れ、領地を奪おうと攻撃を仕掛けてきたので、撃退すれば一石二鳥だと勇んで駆けつけたのだ。


 だがいざ足を踏み入れれば、彼女は別の民族と衝突していて驚いたという。


「ハープシコードの軍勢ではないのですか?」

「俺たちとは関係ない。ハープシコードを名乗ることで、権威を間借りしようとしたのかもな。ただ、俺の術が施してある武器を使用していたのは確かだ」


 窓際に用意されたテーブルに、飲み物や追加の食べ物が並べられ、アリスはその前に座らされる。

 反対側に座るシアドは、取手のない器に冷水を注ぎながら彼女に差し出した。

 アリスは果実を感じる水で喉を潤し、植物の葉を開けて、中に並んでいたパンのような料理を頬張る。もちもちとして歯応えがあり、ほんのり甘くて美味しい家庭料理であった。


 なんの疑問もなく食事をする彼女へ、シアドは頬杖をつきながら目を細める。


 シアドも幼い頃から不思議な力を自覚していたが、外に出力する手段を持ち合わせていなかった。

 研究を重ねる過程で、静物に術を付与する可能性を見出し、金鉱山を護るために買い付けた銃器へ、その力を付与することに成功する。彼はその成果を確認しようと、試験的に他民族へ売り、様子を見ていたのだ。


 その武器を持った民族とアリスの戦場へ、たまたま遭遇したのである。


「術者は俺だ。だから武器に付与していた術を操作し、使えなくしたってわけだ。そんで撤退させて、ついでにアリス、オメー様のことも退けようとした」

「ふむふむ。そういう理屈なら、その場に捨てて下っても良かったのでは」

「できるかバカ! 俺は別に本気で怪我させようと思ってたんじゃねーんだよ! ただ衣服に付与した術の威力を試すのに、オメー様が丁度いい好敵手だったからで」

「ワタシは麻ぶくろ(サンドバッグ)じゃないです」


 赤みが鮮やかなスープに口をつけ、別のパンを頬張り、鹿の肉を食べ。アリスは話を聞きながらも、夢中で味わい、胃に落としていく。

 これほど美味しく感じる食事は初めてかもしれない。一ヶ月絶食で、気持ちの上では飢餓状態だったのだろうか。

 そんな少女の口端についたソースを、シアドの指が拭き取っていく。

 彼はその指を舐め、はぁ、と盛大なため息を吐き出した。


「そんで、怪我をして気を失ったオメー様を、急いで城に連れ帰ったら、大目玉っつーわけだ。俺様の晩御飯は、鳥から豆に降格よ」

「お騒がせしました」

「欠片も悪いと思ってねー顔がムカつくな……!!」

「よく言われます」


 皿に出された食事を終え、水分もしっかり補給し、アリスは体が軽い心地でシアドを見る。


「それでワタシは、どういった扱いの捕虜なのでしょうか」

「あ? 捕虜だったら最初から俺の寝室になんぞ入れねぇよ」

「シアドの」


 アリスは周囲を見渡し、自分が寝かされていたベッドを見やる。彼の寝床を美少女が占領するなど、役得だと喜ばれても良いところだが、流石に一ヶ月は長すぎであった。美人は三日で飽きるというものである。

 何故だか無性に落ち着かなくなって、そっと立ち上がり、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、もう大丈夫ですので、どうぞ地下牢にでも放り込んでください」

「いやだから、捕虜としてなんて連れてきてないが!? オメー様は客だよ、客! ああもう、いいから、動けるようになったなら来い!」


 毛先に緩い癖のある髪を乱し、彼は同じく立ち上がるとアリスの手を取る。

 シアドは廊下に控えている従者に片付けを命じ、自身はそのまま足を進めていく。

 促されるままついてくれば、兵士が護る扉の前に立たされ、シアドがアリスの肩を引き寄せる。


 兵士は恭しく一礼し、扉を開けて中へ導いた。

 

 困惑しながら足を踏み入れれば、微かな薬草の香りが鼻先を漂う。


「父上、母上。サキソフォン家の娘が目を覚ましました」


 姿勢を正したシアドに倣い、アリスも腹の前で手を組み、顎を引いた。

 二人の前で椅子に座っていた夫人が、朗らかな笑みを浮かべて立ち上がる。

 シアドと同じレッドブラウンの髪を結い、身につける衣服は落ち着いた色合いながらも、最先端の流行を追いかけ品が良い。優しい表情はうっとりするほど美しく、アリスは片手で己の髪を軽く整えた。


「まぁ、ずいぶんお寝坊さんでしたね。我がハープシコード家へようこそ、サキソフォンの女神」

「……初めまして、アリスと申します」

「ええ、存じ上げておりますよ。息子が粗相をしていないかしら」

「いえ、先に粗相していたのは、ワタシですので」


 母親が近づいてきたからか、シアドはゆっくりとアリスから腕を放す。そして距離すら離れてしまえば、シアドは先ほどまであった調子の良い雰囲気を潜め、険しい顔つきの父親へ何事かを話しに行ってしまった。

 シアドの母は柔和に笑み、アリスの肩に優しく手を置いて、同じく立ち上がった男を見つめる。


 見目麗しい母子に対し、顔つきも体つきも厳しい父親だ。

 だが紳士は緩慢な動作でアリスの前に膝をつき、下から覗き込みつつ目尻に皺を寄せる。

 長身から漏れ出る威圧感にアリスが怯えないよう、わざわざ目線を下げてくれたのだ。アリスは脳内で、この家族は良い人たちだと拍手喝采する。


「目が覚めてよかった。食事は口にあったか? 他に具合が悪いところはないか? すぐにサキソフォンに使いを出し、君を迎えにくるよう伝えよう。必要な物があればシアドに言いなさい」

「ありがとうございます」

「シアド。彼女に部屋の用意を」

「俺の部屋の隣の作業部屋が空いています。いや、寝室の奥にある小部屋もなんなら寝室だって、俺の部屋全部空いてますどうぞ」

「ダメだと何百回言えば分かるんだ。一生涯愛でて過ごしたいなら正式に申し入れなさい」

「ち、が、い、ま、す!! 研究材料になってほしいだけです!!」


 いったいなんの話をしているのだろうか。

 きょとんとするアリスの隣で、シアドの母親が呆れた笑いをこぼしていた。


 







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