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第102話




 次にアリスが目を覚ました時、柔らかな布団の上にいた。


 周囲を見渡せば、簡素だが清潔感のある部屋で、捕虜の扱いにしては十分すぎる。

 凝り固まった筋肉をほぐしながら降り立つと、足の筋力が体重を支えきれず、そのまま尻餅をついて視界が回った。


 打ちつけた尻を摩りつつ、身体に異常がないか目で確認する。

 衣服は布一枚で作られた膝丈のもので、誰かが着替えさせてくれたのだろう。

 自分が戦場で来ていた服はなく、アリスは己に力を施しながら筋肉を回復させる。


 立ち上がり、改めて部屋を散策する。

 手や足に枷もないのは、おそらく部屋自体に仕掛けがあるのだろう。

 相対した少年の力は未知なるもので、彼女の力で対抗するには、それなりの知識が必要そうである。

 室内にヒントがないか探っていれば、扉が開いた音がして、素っ頓狂な声が鼓膜を震わせた。


「なに元気に起き上がってんだオメー様!? どこか痛ェとこは!? 気持ち悪いとか、眩暈がするとかは!?」


 水の張った桶と布を片手に、バタバタと部屋へ入ってきたのは、あの時の少年だ。


 彼は慌てた様子で桶を床に置き、四つん這いになっていたアリスを抱き上げる。

 ふわ、と浮いた体は、アリス自身も思っていたより体重が落ちているようで、彼は真っ青な顔で腕が震えていた。


「うわっ軽っ!! 勘弁してくれよ、オメー様にまた倒れられたら、俺様、今度こそ首絞められちまう!! いいか大人しくしてろ、今すぐ飯持ってきてやるから!!」


 すとん、とベッドに座らされ、少年は再び全速力で部屋を退出していく。

 なんだか騒がしい男だと思いながら、アリスは床に置かれたままの桶を、力を使い宙に浮かせて引き寄せた。


 素足を浸せば冷たく、彼女は布を濡らして肌を拭いていく。

 一番重要な所に傷がないかと、遠慮なく衣服の裾をたくし上げた所で、少年が再び扉を勢いよく開けて、ついでに悲鳴もあげた。


「ぎゃああっ!? なに股開いてやがんだこの痴女!!」

「はぁ、すみません。処女膜が喪失していたら、治そうと思って」

「なんでそんな話になってんだ!?」

「え……こんな美少女が眠っている間に、なにもしてないんですか……? 不能なんですか?」

「はぁああ!?」


 少年は真っ青になったり真っ赤になったりと忙しい。

 彼は皿が割れそうな音を立てて、サイドテーブルに持ってきた植物の皮で包まれた食事を置いた。


「誰がオメー様みたいなクソガキのチンクシャに何かするか!! 俺様はもっとボインで大人の色気があるネーチャンの方が好みなんだよ!!」

「ワタシも脱いだらすごいんですよ? 触ってみますか?」

「もおおお触らせようとすんなよおおお力が強すぎいいいっ……う゛ぅうん柔らかい可愛い──って違う!!」


 服の上からぱふぱふさせれば、彼は状況に流されて本音をこぼした後、思い切りアリスの片手を叩き落とした。


「そうじゃねーだろうが!! オメー様、一ヶ月も眠ってたんだぞ、なんでそんなピンシャカしてんだ!!」

「えっ」


 予想以上に深く眠ってしまったらしい。それは確かに、この男が動揺するのも無理はないだろう。自分の故郷も大丈夫だろうかと心配になった。

 アリスは桶の中に落ちた布を拾いつつ、深々と頭を下げる。


「一ヶ月も生かしていただき、誠にありがとうございます」

「は? い、いや、こっちが何もしなくても、勝手に回復していったから、別に俺様は何も」

「今からワタシの体を、拭こうとして下さっていたのではないですか? どうぞ」

「どうぞ!? 目が覚めたなら自分で拭けよ!!」

「やっぱりワタシが眠っている間に、貴方が体を拭いていたんですね。わぁえっち」

「そ、! …………、………………それは、その、悪かった」


 先ほどまでと同じ勢いで言葉を発しかけた彼は、しかし途端に視線を彷徨わせ、首まで赤くなりながらぶっきらぼうに謝罪した。

 詫びられる経緯がよく分からず、アリスは首を傾げながら、無遠慮に自身の体を拭いていく。

 意識がなくとも己の力が自動的に発動し、身体は清潔に保たれるようになっている。それでも身を清めてくれる心意気は、とても有り難かった。

 

 彼はアリスの様子を横目に、傍に置かれた椅子を引き寄せると、背もたれに額を乗せて跨いで腰を下ろす。

 配慮なのか遠慮なのか分からないが、顔を伏せたままでいる少年を一瞥し、アリスは目を瞬かせた。


「……肩は、いや、体のどこも、もう痛くないのか」

「? はい」

「そ、そうか。……つーかヨォ? なんであの時、防御壁をわざと解いたんだ。おかげで俺は勢いを殺せなかったし、オメー様はぶっ飛んでくし、連れ帰ったらジジィからめちゃくちゃ怒られるし、マジで心労がヤバすぎてゲロりそうだったんだからな」


 お口のお育ちがよろしくない。……などと口は挟まなかったが、アリスは体を清めた布を桶の淵にかけながら、彼を改めて見つめる。

 戦場であった時と違い、麻素材で作られた軽装だ。指先が黒ずんでいて、常日頃、何事か作業している人間に伺える。

 ベルトに括り付けてある袋には、細い形状のものが数種類押し込んであり、少年が持つ力の欠片が飛び散っていた。

  

 相変わらず下を向いたままの彼は、おそらく良い人なのだろう。

 アリスが一ヶ月も目を覚さなかったことに罪悪感を覚え、甲斐甲斐しく世話をやいてくれる様子が、目に浮かぶようである。


「すみませんでした。貴方のおかげでもう全快です」

「……そりゃ良かった」


 ようやく顔を上げた彼は、心底ホッとして破顔する。

 柔らかい笑みにつられたアリスが目尻を下げると、彼は目を丸くしてから、無駄に大きな咳払いをした。


「で、だ。なんで防御壁を解いた? まさか、力尽きたってわけじゃねーよな」

「疲れたし、このまま貴方を相手にするには負けるなと思ったので、ちょうど良いから寝る時間をもらおうと思いまして」

「おっ、そうだろ、俺様は最強なん……いや違う、寝る時間?」


 わざと攻撃を受けて意識を飛ばし、捕虜とされる事で寝床を確保。味方には撤退するように伝え、自分は惰眠を貪る。

 その完璧な作戦を身振り手振りで伝えれば、少年は呆気に取られた後、思い切り吹き出して笑い声を上げた。


「わっはっは! そりゃ確かに完璧な作成だな!」

「そうでしょうそうでしょう」


 彼は一頻り笑い、おもむろに立ち上がる。邪気のない笑顔にまたもやつられ、アリスも口角を上げた瞬間、ベッドの上で羽交い締めにされる。

 戦場で相対した時も感じたが、しなやかな手足に押さえつけられ、アリスはジタバタと掛布を叩いた。


「なんて言うと思ったか! 俺の心労に費やした時間を返せ!」

「わぁ痛い、暴力反対です。いくらワタシの裸を見た仲だからって」

「誤解しかない言い方やめろ! つーか、こんな細くて小さくて目が潰れそうなド美人相手に何かしたら天罰下るだろ」

「そんな真顔で事実確認されると照れます」

「ぐぅうう急にポッと照れるなよ可愛いなあああ」


 などとキャッキャウフフしていたら、廊下から様子を見に来た使用人が悲鳴を上げたのは、まぁ言うまでもない。



 

 










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