2
土曜日の朝、人の呼吸の音しかしない家の中、目を覚ます。
カーテンの隙間から見える、窓の外はまだ暗くて、おそらく五時くらいだろうと思い、スマホを見ると、五時より少し前だった。
この時間ならきっとあと三時間は誰も起きてはこないだろう。
音をなるべく出さないように歩いて、リビングに向かい、朝ごはんを食べて、顔を洗い、母親のヘアーイロンと化粧道具を持って階段を上がり、自分の部屋の扉に向かう。
部屋に入ると、ドアを閉めて、勉強机に置いてある教科書なんかをよけて、手に持っていた荷物を置く。
一畳ほどのスペースのあるクローゼットの中には、大きめの紙袋が置いてあり、それに手を伸ばす。
まだ着てもいないが、口元は自然と弧を描く。
自分でも驚くほど、ワクワクしているのだろう。
袋から、透けている黒色のフリルのついたソックスを取り出す。
足にとおすと膝下くらいの長さだ。
次にワンピースを袋から取り出し、襟元のボタンを外し、ウエストリボンを解く。
頭の上からワンピースをかぶり、頭を通し、両腕を入れて着る。
襟のボタンをつけてウエストリボンを結び、パニエを手に取る。
パニエをワンピースの下に履くワンピースは膨らみ、鳥籠のような形になる。
それだけでもう気分は上がるものだ。
次に化粧をしようと、下から持ってきた、母親の化粧道具に視線を向けるが、化粧の仕方なんて全く分からない。
どれが化粧水でどれがファンデなのか。
どういう順番でやるのか。
今まで化粧なんてしたこともないからそういうことが全く分からない。
調べてみたがよく分からなかった。
でもせっかく持ってきたから、口紅だけ付けようと、手を伸ばす。
私には赤い口紅を手鏡を見ながらぬり、次にヘアーアイロンで髪を巻き、ヘッドドレスを付けた。
部屋の中だけど、新品だから厚底のローヒールシューズだって履いた。
私はさっそく、クローゼットの近くにある全身が映せる鏡の前に立つ。
真っ黒なワンピースは形よく膨らんで、蝶々の模様だってとても綺麗だ。
でも不恰好に結ばれたウエストリボン、不器用に巻かれた髪に、似合わない真っ赤な口紅。
全体的に見れば、とてもおかしくて残念な格好だが、私はそれがとても綺麗だと思う。
こんなに不恰好なのに、私は大満足だ。
だがやはり普通の服よりは断然重い。
鏡の前で一周くるりと回ると、ワンピースの裾のレースと一緒に揺れて、なんだか気分がとてもいい。
それと同時にガチャと音がして、聴き慣れた声が聞こえてきた。
「玲衣、ご飯よ〜」
母親が私のドアを開けた。
私たちの間に数分間の沈黙が流れた。