006 ドラナー亭にて
時分どきという事もあり、食堂は繁盛をしていた。
宿泊客というよりは、集落の常連が集まっているような、そんな気楽な雰囲気が漂っていた。
あいにくカウンターしか空いていなかったので、シバケンはそこに腰掛け、まずは温めた濁り酒を頼んだ。
両手でちょうど収まるぐらいの大きさのコップに、人肌より気持ち温かくなった濁り酒が並々と注がれてきた。
シバケンは両手を温めるようにして握り、そしてこぼさないように口の方から近づけていった。
喉から胃に落ちる温かい酒が、えも言われずに心地よかった。
シバケンは、立て続けに濁り酒を呑む。
その様子を店の主人、つまりカンナの父親であるドラナーが、料理を作りながら楽しげに見つめていた。
「たしか、シバケンだったな?美味そうに呑むな。この村には、また仕事か?」
「ええ。たまたまこの集落まで荷物を運ぶって仕事があったので。マクナさんってご存じですか?お店をやってる爬人なんですけど。」
「マクナ?ああ、狭い村だ知ってるさ。大通りから、奥に入った所の店だろ?去年店を開いて、頑張ってるみたいだな。」
「そうです、その方です。ヤーチッキの時期に備えてゴモ村で買い出ししたのを、さっき運んできたんですよ。」
「そうか、稼ぎ時だからな。お前さんはどうするんだ?釣りはやるのか?」
「いえ、やった事はなくて。」
「そうか、だけどこの時期にこの集落に来たのも何かの縁だ。せっかくならやっていけよ。道具はオレのを貸してやるから心配するな。おっ、酒が無くなったな。同じのでいいか?はいよ、肴はハナ茸のグリルだ。他の物もあとから適当に出していくが、食いたいものがあったら言ってくれよ。」
ハナ茸は、握り拳ぐらいの大きさの、花が咲き始めた時ような形状のキノコだった。
シンプルに岩塩を振って焼いてあるだけだが、コリコリとした歯応えとジューシーな汁気、そしてスモーキーな香りが非常に食欲をそそる品だった。
2杯目の濁り酒が運ばれてくると、シマノフスキが食堂に入ってきた。
しっかり身体が温まったらしく、顔が上気しているのが傍目にもわかる。
「しっかり温まったみたいだね。先食べてたよ。シマノフスキは、ハーブティーにする?それとも、ジュース?あと、食べたい物あるかい?」
「ミルク。あと、肉。」
「肉?肉ならなんでもいいの?」
「うん。」
シバケンはシマノフスキ用にホットミルクを頼んだ。
何か肉料理を、とドラナーに言うと、
「肉料理だと?ちょうど今向こうの客からの注文で作ってるのがあるから、ちょっと待ってな。」
しばらくすると、厨房から肉の焼けるいい香りがしてきた。
「はいよ」と言って出された皿の上には、とろりとした黒褐色のソースがかかった骨つき肉が豪快に盛られていた。
「ギャパンのスペアリブだ。美味ぇぞ。」
他の客の分を皿に盛りながらドラナーは言う。
食べやすいように骨一本ずつに分けてくれてはいるものの、熱そうなのでシバケンはなかなか手を出しづらかった。
と、シマノフスキは何の躊躇なく手を伸ばして、スペアリブに齧り付く。
シマノフスキは口の周りをソースでべたべたにしながら、満足そうな顔をこちらに向けた。
それに釣られて、シバケンも齧り付く。
外はカリカリで中はジューシー、一噛みするだけで肉汁と脂が溢れてくる。
ソースは甘酸っぱく、シバケンは不思議な懐かしさを感じながら、骨の周りの肉をこそぎ取るように貪った。
ソースで手や口が汚れるのはお構いなしだ。
すかさず、濁り酒を呑む。
酒の香気が余韻となって、口の中に広がる。
(酢豚だ)
甘酸っぱいタレに、ジューシーな肉という組み合わせに感じた懐かしさの正体はわかった。
もちろん肉の味は豚肉とギャパンとでは違うが、ソースのフルーティな甘酸っぱさは、酢豚に入っているパイナップルを思い出させた。
何かと議論の的になるあのパイナップルに対して、シバケン自身もあまり好意的には思ってはいなかったのだが、不思議な事に郷愁を誘ったのは、あのフルーティな味わいだった。
年齢や食事の環境で人の好みなんていくらでも変わるもんだな、などと考えながらシバケンはスペアリブをもう一つ手に取る。
シマノフスキの方は、2本目が終わろうとしていた。
「どうだ、お前達。美味いだろ。だけど、野菜もちゃんと食わなきゃダメだぜ。」
そう言って、野菜と茸がたっぷり入った煮込みを出した。
肉はあえて入れずに、骨でとった出汁だけで、野菜と茸を煮た料理との事だった。
中にはごろごろとした根菜がたっぷり入っており、見た目にも身体が温まりそうだった。
「シマノフスキって言ったっけ?このボウズは、お前さんに似てもいないから身内じゃねぇんだろ?冒険者のパーティか?」
「いえいえ。パーティっていうか、縁があって仕事の時だけじゃなくて、普段の生活も一緒にしてるんですよ。」
「そうか。お前さん、頼りなさそうに見えるけどよ、なかなかに面倒見がいいみたいだな。損得抜きで他人の世話をするなんて、そうそう出来ない事だぜ。偉えな。」
「そんな大した事はしてませんよ。」
「ふふ、謙遜しなさんな。そういや、あれからあの“赤目語り”は一度ここに来たぜ。聞いてるか?」
「ラナマールさんですか?いえ、私もあれから会ってないので。」
「そうか。この宿に三日ぐらい滞在して、飯時じゃ無い昼間に、暇な連中集めて語っていったぜ。“赤目語り”なんて久しぶりに聞いたけど、面白いもんだな。この集落の連中もすっかり気に入ったみたいで、子供なんかも赤目のマネしておかしな声を出して遊んでたよ。で、また冬に来てくれってお願いしちまった。」
「そうですか。私もちゃんとラナマールさんの“赤目語り”を聞いた事がないから、ぜひ冬にはここで聞きたいですね。」
「何だそうなのか?あの時仲良さそうにしてたから、てっきり古くからの馴染みかと思ったけど、違うのか。それなら、是非冬に来てくれよ。あいつに報酬払ってたっぷり語らせる予定だからよ。ただ、その時にはカンナも連れてきてくれよ。しばらく会って無くて、カミさんも寂しがってるからな。」
「そりゃ楽しみですね。いつぐらいか分かったら知らせて下さいよ。カンナさんにも声を掛けて、休みを取るようにしてもらいますね。」
「カンナ?」
シマノフスキは、顔を上げて不思議そうにシバケンの顔を見る。
「そうだよ。この人はあの『木馬亭』のカンナさんのお父さん。ドラナーさんだよ。」
「ん?カンナの事も知ってるのか。ボウズ、カンナの父親のドラナーだ。食いたい物があったら何でも言ってくれよ。あの店より美味い物を食わせてやるからよ。」
客は常連ばかりで、勝手に好きな物を食べて呑むので、あまり手が掛からないのだろう。
注文をこなしながら、その晩はずっとドラナーが酒の相手をしてくれて、2人は楽しい時間を過ごした。




