005 ザッカリーナへ③
峠から目的地であるザッカリーナまではすぐだった。
空に晴れ間が見え、霙もおさまったこの僅かなタイミングを逃すまいと、誰言うと無くスピードアップした事も手伝ったのだろう。
ザッカリーナに着いたのは、日暮れにはまだ時間もある時分だった。
「シバケン、本当にご苦労様。まさかここまで天気が荒れるとは思わなかった。無事に着いて、しかも予定より早い時間になるなんて思ってもみなかったよ。アンタらに頼んでよかった。ありがとう。」
ザッカリーナは300戸ぐらいの中規模の集落で、マクナの店はメイン通りから少し外れた場所にあった。
店構えこそメイン通りの店に遜色のない大きさではあったが、所々に傷みが見られ、どこか薄汚れたような印象を受けた。
「疲れているとは思うが、荷物は裏の倉庫にまで運んでくれ。それで依頼は完了だ。」
そこは「裏の倉庫」とは名ばかりの、雑然と商品が積み込まれたカビ臭い小屋だった。
シバケンとシマノフスキは、疲れた身体に鞭打って、倉庫内の空いたスペースに荷物を積む。
「おお、綺麗に積んでくれたな。最後まで丁寧な仕事で助かるよ。この店を手に入れて始めてのヤーチッキの季節だ。商品も仕入れた事だし、しっかり稼ぐぞ。シバケンから受け取った紋章も無駄にはしないからな。」
そう言いながら、ギルドへの依頼完了証へサインをすると、後はもう用事は無いとばかりに、買ったきた荷物の包みをあけ、分別しながら店の中へと運んで行った。
シバケンは依頼完了証を受け取ると、シマノフスキと二人店を出た。
本当なら今日のうちに冒険者ギルドに行くべきなんだろうが、シバケンは疲れと寒さで早く休みたかった。
以前行った事のある、カンナの実家は宿屋も兼業していたはずなので、前に来た時の道を思い出しながら店を探す。
と言っても狭い集落の事で、シバケンはすぐに『ドラナー亭』という看板を見つけた。
「いらっしゃい。あら?前にも来た。」
「ええ、また寄らせてもらいました。今日は泊まりの部屋もお借りしたいんですけど、よろしいですか?」
「ああ、もちろんだよ。あの天気の中ここまで仕事で来たのかい?寒かったろう?こないだはあんな大荷物を荷車で牽いてたし、冒険者も大変だね。部屋はどうする?別々にするかい?それとも、節約をするなら2人で一部屋にするかい?」
「一部屋でいいですよ。」
案内をされた部屋は日当たりのいい、小綺麗な角部屋だった。
身体が冷え切っているので、2人は早速濡れた服を着替えると、洗い場に向かった。
女将さんに金を払い、2人分のタライにお湯を張ってもらった。
シバケンがタライに足をつけると、ふくらはぎの中間ぐらいまでのお湯の量だった。
そんなに熱い訳では無いだろうが、身体が冷えていた分、身に沁みる。
シバケンは身体を屈めて、お湯の中に両手もつける。
側から見たら変な格好だろうが、かじかんだ両手が生き返る心地がする。
シマノフスキの方を見てみると、同じようにこちらを見て、嬉しそうに笑っている。
「シマノフスキ、あったかいかい?今日の仕事は寒かったね。まさかこんな大変な仕事になるとは思わなかったよ。身体、大丈夫かい?風邪ひかないように、温かい物食べて、今日は早めに休もう。」
いちいちシマノフスキは「大丈夫だよ」と頷く。
シバケンは、このまましばらくお湯を楽しむつもりでいたのだが、お湯はすぐにぬるくなってしまった。
「足し湯をするのも勿体無いから、そろそろ出ようか。火も焚かれてたから、食堂行って温かい物食べてこよう。」
シバケンは名残惜しげに手足を湯から引き上げると、シマノフスキは「もうちょっと」と言って珍しく座ったまま動こうとしなかった。
「シマノフスキ、どうした?お湯が冷めちゃって、このままだと逆に身体が冷えちゃうよ。」
「お水、あったかいよ。」
「あったかい、だって?」
シバケンがよく見てみると、シマノフスキのタライからはまだ湯気が出ていた。
不審げに近づき、シバケンはタライの中に手を入れるとまだお湯はあったかいままだった。
少し熱めの43℃ぐらいか。
シバケンはもう少しぬるめが好きだったのだが、そういう事ではなくて、湯が冷めていない事が驚きだった。
シマノフスキはお湯の中で右手を開き、握っていた小さな魔石をシバケンに見せた。
「シマノフスキ、これは?」
どうやら、ゴブリンかラーキーぐらいの小さな魔石にのようだった。
「あっためるように石を握ってる。」
「えっ、これでお湯を温めるの?どうやって?」
「簡単。少しずつあったまるようにすればいい。」
そう言うと、シマノフスキは握っていた魔石をシバケンに手渡す。
おそるおそる魔石を貰い、自分のタライに入れてみる。
が、しばらく経っても当然何も起こらない。
シマノフスキの能力で、ちょうど良い温度になるように、魔石から魔力を少しずつ抽出しているのだろう。
シバケンはシマノフスキに魔石を返すと、タライを恨めしげに眺めつつ、先に食堂に行ってるよとシマノフスキに伝えた。




