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004 ザッカリーナへ②

「こちらは、狩人のラーギさん。と、奥さんのラニさんです。」

「はじめまして、シバケンです。こっちはシマノフスキ。焚き火に当たらせて頂いて、本当に助かりました。ずっとこの風と霙の中を歩いて、身体も冷え切っちゃって。生き返ります。」

「ああ、マクナから聞いてるよ。ゴモ村から荷物を運んでるんだってね。こんな霙の中を大変だな冒険者も。ウチの旦那の弟ってのも、冒険者になりたいって言って家を出てったが、2年も経たないうちに帰ってきて、今じゃアタシらと同じ狩人さ。ねぇ」


 とラニが話を振っても、旦那なラーギは「ああ」と無愛想に答えるだけだった。

 ラーギは寡黙で、話はもっぱらラニの方が引き受けていた。


「お二人は、今日は狩りを?こんな天気だと獲物もなかなか見つからないんじゃないですか?」

「バカな事言うでねぇよ。こんな天気ならこんな天気での狩りのやりようはあるさ。天気が悪いから獲物が獲れません、じゃ、メシは食えないさ。」

「ラニ、ちょっと見せてやりな。」


 珍しくラーギが口を開くと、ラニはかたわらの獲物を見せてくれた。

 鳩ぐらいの大きさの鳥が6羽。


「こんな天気だと、普段とは逆に飛びもせずに固まってるからね。アタシらは釣りはしないから分からないけど、コイツらの羽根が毛鉤に丁度いいんだと」

「なるほど、釣り人用の需要があるんですね。マクナさんも、今回の買い付け品は釣り道具とかが多いんですか?」

「いやいや、釣り道具は詳しくないと売れないから。それに、ヤーチッキの時期には、釣り道具専門の行商人が出たりもするしね。オレは日用品がほとんどさ。そうすりゃ、集まった釣り人はもちろんだが、釣り人目当てに来た行商人も客に出来るからな。」

「アタシらはもう少し獲るけど、アンタ達はどうするんだい?ザッカリーナにむかうなら、急いだ方がいいかもしれないよ。これからさらに天気は荒れそうな気配だからね。」

「そうだな、確かに雲も晴れそうにないね。それじゃシバケンさん、少し早いが昼にしましょう。ここで身体を温めて、昼前にはラグダラ橋の先のナクメ城址まで行けるといいですね。」


 昼前にナクメ城址までとなると、ここから先も相当なハイペースになると思われた。

 とはいえ、晴天なら全く問題のない行程ではあるので、シバケンは依頼者の言う事には逆らわない事にした。


「わかりました。ナクメ城址まで行けるか分かりませんけど、まずはここで休憩して、しっかり身体を温めてから出発しましょう。」

「そうか、おまえ達は今から飯か。それじゃ、アタシらも飯にしようかね。いつもアタシら夫婦2人だで、たまにはこうやって話をしながらの飯も楽しいもんだ。」


 ラニはそう言うと、荷物から塩漬けの肉を取り出し、薄く切ると、焚き火にかけていた鍋に放り込んだ。

 肉を入れると、次に小麦粉のような白い粉を別の容器に入れ、水と混ぜ合わせる。

 粉と水が混ざり合い粘り気のある白濁した水になったところで、それを鍋に回し入れる。

 しばらくすると、それが団子のように浮いてきた。

 すいとん、だった。

 シバケンとマクナは暖かそうなスープを恨めしげに見つめながら、干し肉とパンとチーズという食事を摂った。

 夫婦に話を聞くと、釣りの時期は多く愛好家が集まるため、逆に賑やか過ぎて狩人は仕事にならないと言う。

 釣り人用に獲物が高く売れるこの時期に稼ぎ、釣り期間中の10日間ほどは道具の手入れなどをして、狩人業は休みだと言う。

 地元の狩人が仕事を休まなくてはならなくなるほど釣り客が来るとは、マクナが勢い込んで買い物をしたのも分かる気がした。


「そろそろ行きましょうか。」


 身体も温かくなり、逆にこのままズルズル休憩を続けそうな雰囲気を断ち切るため、シバケンは声を上げた。

 その一言で、マクナもしぶしぶ重い腰を上げる。

 シマノフスキはそばに繋いでいたマクナの馬を引いてくる。


「それじゃ、ありがとうございました。」

「おう。気を付けて行きなよ。特に雨で道が悪くなってるからね。」


 と声を掛けあい、シバケン達は再び街道まで出て行った。

 時間が経ったせいか、先程より道のぬかるみが酷くなっており、シバケンはともかく後ろから押すシマノフスキが辛そうだった。

 先程ラニが言った通り、天気が好転する気配もなく、霙混じりの強風の中、3人は黙々と歩き続けた。


 その甲斐があって、予定よりも早くラグダラ橋へ着く事が出来たのだが、橋を過ぎた辺りで、脱輪した馬車と遭遇した。

 見過ごす訳にもいかずに3人が近づくと、最初は警戒した護衛に誰何をされたが、ただの商人だと分かると窮状を助けてくれるように懇願された。

 聞くと、馬車の中には貴族の妻と娘が乗っているらしい。

 何度も試してはいるが、護衛の4人だけでは、どうしても脱輪した道悪からは抜け出せないのだという。

 シバケンは持っていた金棒を使い車輪を持ち上げ、少し浮いた所で残りの人数で馬車を動かした。

 シバケンは最初こそ失敗したものの、二、三度試すうちにコツがわかり、苦もなく車輪を抜け出す事が出来た。

 あまりにもスムーズに事が終わったので、護衛の者達が拍子抜けしたぐらいだった。

 これも《牽引》のスキルのおかげか、とシバケンは独りごちた。

 このスキルは、移動はもちろん、荷物の積み込みや、脱輪からの脱出といった付随作業にも効果を発揮するのかもしれない。

 こんな事なら、雨の日の仕事でも濡れない、みたいな効果があればいいがな、と考えながら再び出発の準備に取り掛かる。

 貴族の馬車も急いでいるものとみえ、謝礼だけを手渡し、礼もそこそこに走り出していった。

 マクナは如才なく、護衛のリーダーに挨拶をし、馬車が去るのを見送っていた。

 と、さっきまで車輪のはまっていたぬかるみに、剣のぶっ違いと猛禽類が描かれた家紋と思しき紋章が欠けて落ちているのにシバケンは気がついた。

 おそらく、さっきの馬車が落としたのだろう。


「あの馬車の人は、ご存知の方だったんですか?」

「何をバカな。知り合いなものか、プリズメインの貴族の妻女様だぞ。自分の領地へ帰る途中で、急いでおられたみたいだな。すぐに解決出来た事を非常に喜んでおられたわ。謝礼を貰ったので、これはシバケンが貰っておきなさい。さてさて、貴族様とのこの縁を商売に繋げられたらいいがな。」


 マクナという男、なかなか営業熱心なようだった。

 しかも謝礼の中を改めようともせずに自分に渡すなんて、なかなか太っ腹な人物だと、シバケンは少し感心した。

 それならば、という事で、シバケンはマクナに今拾った紋章を見せた。


「さっきのぬかるみに落ちてましたよ。あの馬車が落としたんだと思いますよ。欠けちゃってるので、多分もうゴミなんでしょうけどね。家紋だからそのまま捨てるのは勿体無いので届けにきましたって、改めてお届けしたらどうですか?」

「なんだって?!」


 と言って、マクナはシバケンの差し出した家紋を受け取り、しげしげと眺める。

 返す返す眺めながら、「うーむ」と唸る。


「いや、よくやってくれた。確かに次のきっかけにはちょうど良い品だよ。プリズメインの御方だから、ヤーチッキの時期を乗り切っらすぐに届ける事にするよ。シバケン、本当によくやってくれた。」


 マクナは大切そうにその紋章をしまい、何度もシバケンに感謝の言葉を口に出した。

 そこからは露骨にシバケンに対する態度が柔らかくなった。

 よっぽどあの貴族とのつながりは嬉しかったのだろう。

 あまりに現金なその態度に、シバケンは苦笑いを浮かべる。

 じっとしていても身体が冷えるだけなので、そこから再び荷車を牽く。

 雨脚はどんどん激しくなり、ナクメ城址を通り過ぎたのすら気付かないまま、3人はひたすらに進んでいった。

 シバケンも早くザッカリーナに着きたいという一心で、後ろから押すシマノフスキから伝わってくる力強さを信じて、声を掛けながら休憩無しで突き進む。

 最後の峠の登りを一気呵成に進んでいくと、峠を越えた辺りで、雲の切間から太陽が覗いた。

 3人の表情には疲れの色が色濃く見えているが、太陽に照らされてホッと胸をなで下ろす。

2023.4.23 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

2023.5.4 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

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