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003 ザッカリーナへ①

 次の日は、風も強く小雨混じりの最悪の天気だった。

 これより酷いと日延べを視野に入れるのだが、これぐらいだと強行するという。

 シバケンは荷車に荷物を積みながら、かじかむ手に何度も息を吹きかけた。

 シマノフスキも頬を赤く染め、白い息を吐きながら手伝っている。

 ひとしきり作業が終わった頃に、依頼人であるマクナが暖かそうな格好で宿から出てきた。

 その手には温かい香辛料入りのホットティーを二つ持っていた。

 しっかり甘くて、香辛料のおかげか飲み終わる頃には身体がぽかぽか温まってきた。


「ありがとうございます。生き返ります。」

「生憎の天気ですけど、そろそろ行きましょうか。夕方にはザッカリーナに着く予定ですから、寒いですけど頑張りましょう。」

「はい、わかりました。ところで、休憩のタイミングとかは?」

「それはシバケンさんに任せます。ただ、昼前にはラグダラ橋を越えておきたいですね。それを頭に入れておいてペース配分して頂いたら結構です。」

「わかりました。それでは、休憩のタイミングはこちらから声を掛けさせて頂きますね。」


 シバケンにとって初めてのこんな寒い日の依頼という事で、昨日の買い出しの際にプシホダのアドバイスで買ったイリスの手袋をはめる。

 荷車の梶棒をシバケンが握り、後ろからシマノフスキが押す。

 マクナは馬に乗り付いてくる。

 昼前にはラグダラ橋を越えるのか、と以前オトギ邸からラナマールと共に帰ってきたルートをシバケンは思い出す。

 あの時は帰りたい一心だったから結構なハイペースだったが、今日はこの強風だから、スピードもなかなかでないだろう。

 それに、風避けが無かったら休憩すら出来ないし、かと言って風避けをわざわざ探すというのも億劫だ。

 シバケンは、久しぶりの荷物運びの依頼にも関わらず、なかなかペースが掴めずに気ばかり急いてきた。

 弱くなる気配も見せない横殴りの強風に、さっきまで小雨だったのが霙混じりとなってきた。

 馬上のマクナはともかく、シマノフスキを見ると、寒そうにはしているが特に疲れた様子もなかった。


「シマノフスキ、寒くない?そろそろ休憩にするかい?」

「休憩、いらない。」


 シマノフスキは簡単な受け答えなら出来る様になってきた。

 シバケンの問いに、いつもと変わらない口調で答えてくれた。

 思ったより元気そうなので、シバケンはホッとして、休憩を取る事よりも先に進む事を優先させた。

 首から下げた袋に手を入れ、干し果実とナッツをいくつか出し、シマノフスキに渡した。

 自分も歩きながらそれを口にする。


「シマノフスキ、ここからは軽い登りがしばらく続くから、足元のぬかるみに気を付けて。あと、荷物が崩れたらすぐに声をかけてよ。」


 シバケンはそう言うと、梶棒を握る手に力を入れて、グッと坂道を登り始めた。

 《牽引》というスキルのおかげで、積み込んだ荷物の量に比べて、さほど重さを感じる事は無く、またぬかるみに車輪がとられる事は無いのだが、肝心の自分が転ぶ心配もある。

 それに、後ろから押すシマノフスキにあまり負担を掛けたく無かったので、シバケンはしっかり脚に力を入れて荷車を牽く。

 横殴りの風も吹き荒ぶ霙も、一向に収まる気配すら見せなかった。

 無言で進む道中、数台の馬車に追い越されたりすれ違いはしたものの、徒歩での旅人とは出会いもしなかった。

 どれぐらい進んだのだろうか。

 一行はやがて森に入っていった。


「シマノフスキ、坂道はこれで終わりだよ。ここからラグダラ橋まではこの森の中を通るから、ちょっとだけ風も霙も抑えられるかな。身体はどうだい?雨風を凌げる所探して、少しでも休憩しておこう。マクナさん、よろしいですね?」

「ええ、この辺りならどこか凌げる所はあるでしょう。」


 そうは言うものの、雨風を凌げる場所というと、洞窟や廃屋のイメージしか湧かないんだが、そんな都合のいい場所はあるのだろうか?

 探す手間を考えたら、大きな木の根元ぐらいで妥協すべきなのだろうか?

 などと、シバケンは考えていると、馬上のマクナは前方に指を指す。


「あれ、煙じゃないですか?」


 シバケンは指差す方を見ると、確かに煙のような物が微かにたなびいているのが見えた。

 馬上からだと、余計に目につくのだろう。

 あそこなら焚き火をして、小休止出来そうだが、さて、問題は誰が火を焚いているか、だ。


「少し待ってて下さい。どんな人が火を焚いてるのか確認してきます。」

「いや、そのまま交渉事になる可能性もあるから、私も行くよ。君たちは荷物を運ぶのが仕事だ。そういった面倒事はこっちで引き受けるよ。」

「わかりました。それじゃ、シマノフスキは荷物を見ていてくれるかい?あそこの大きな木のそばまで荷車を運んで、極力濡れないようにするから。あと、マクナさんの馬も一緒に繋いでおくよ。すぐに戻ってくるから、少しの間頼んだよ。」


 マクナは馬の手綱を木に縛りつけた後、シバケンと二人で慎重に焚き火に近付いていった。

 そこはちょうど崖が迫り出して、剥き出しの木の根が屋根の骨組みのようになった場所だった。

 そこに焚き火を囲む2人の姿が見えた。

 強風が幸いしたのか、シバケンとマクナが近くまで行っても気付かれる素振りはなかった。

 2人は草叢に身を隠して、様子を伺う。


「あれっ?あれはウチの集落の人間ですよ。」

「そうなんですか?狩人みたいですね。年配のご夫婦でしょうか?」

「ああ、やっぱり間違いないな。去年のヤーチッキ釣りの時に何度かウチの店に来た事あるよ。たしか、ラージとかラーギとかって名前だったかな。隣の女の様子から、夫婦なんですかね。ちょっと声を掛けてきますよ。」


 そう言うと、マクナは草叢から顔を出して、2人に近付いて行った。

 焚き火にあたっていた夫婦は、突然草叢から爬人が出て来てびっくりしていたが、同じ集落の者である事が分かると、笑顔も飛び出した。

 マクナがこちらを振り返り、


「シバケンさん、大丈夫。火を貸して頂けますよ。荷物と、それに馬もお願い出来ますか?」


 一旦焚き火にあたると、もうマクナは火から離れようともしなくなっていた。

 シバケンは夫婦に頭を下げると、シマノフスキの元に戻っていった。

 シマノフスキは馬と遊んでいたらしい。

 ちょうどいいので、荷車はシバケンが牽き、馬はシマノフスキに任せて先程の焚き火に戻って行った。

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