002 木馬亭にて②
依頼用の買い出しとは言っても、薬草と干し肉程度でそんな大した物を買うつもりはなかった。
しかも、今回のような依頼では、それすらも申し訳程度の量が有れば十分だった。
ヤンナからの言い付けられたお遣いの品も、かさ張る食材は明朝“アンジュの顎”の支部にまで配達してくれるように頼むと、あとは調味料の類だけだったのですぐに終わらせる事ができた。
買い物をしている間「ついでにこれも買っといてくれ」と言って、プシホダがいくつかの品を買い物かごの中に入れていた。
シバケンは、プシホダが付いて来た時点である程度の出費は覚悟していたので、何も言わずに購った。
むしろ、どうせプシホダの事なので、買うのは酒のアテだろうと、シバケンは少し楽しみでもあった。
「よし、買い物はこれで終わったか。終わったなら、メシ行こうぜ。どこ行く?」
「今日は、久しぶりに木馬亭って決めてるんですよ。」
「おっ、木馬亭か。そうだな、久しぶりに行くか。」
プシホダも、木馬亭での食事には乗り気になってくれたようだった。
先頭を切って木馬亭にむかって歩き始めた。
ちょうど昼飯と夜飯の間の時間という事で、幸いな事に木馬亭にはほとんど客はいなかった。
店の中には、一人呑みの客が2組いるだけだった。
それは初老の獣人と、化粧の派手な若い女性だった。
共に気の置けない客なのか、ちょうどカンナも店の隅の机で食事を摂っているところだった。
3人が入ってくるなり、カンナは慌てて「いらっしゃい」と立ち上がったが、シバケン達だと分かると「ごめんなさいね。ご飯食べてたの」と笑いながら机を片付け始めた。
「そんなに急いで片付けなくてもいいのに。」
「大丈夫よ。ちょうど食べ終わったところなんだから。」
「おう、そうか。それじゃ、遠慮なくまずは酒だな。料理は飲みながら考えるぜ。」
「はいはい。それじゃ2人は濁り酒ね。シマノフスキはいつものナナのジュースね。それにしても、シバケンさんがこの時間に来るなんて珍しいわね。今日は仕事休み?」
「ええ、たまたま明日荷物運びの仕事が入ったから、今日はその準備で仕事は休みにしたよ。」
「そうなんだ。なんだが、久しぶりにシバケンさんの顔を見た気がするわ。」
「近頃はなかなかいい仕事が見つからなくてね。慣れない力仕事ばっかりで、仕事の後に外に出る元気が出なかったから。」
「そうなんだ。あんまり無理しちゃダメよ。でも、荷物運びの仕事があってよかったわね。どこまで行くの?」
「それが何と、ザッカリーナまでなんだって。」
「あら、そうなの!?ザッカリーナみたいな集落まで、わざわざ荷物運びを雇うなんて珍しいわね。普通は買い付けに来た商人が自分で運べるだけの荷物を持てば十分なのに。ああ、そうか。これから釣りの時期だからかな。」
「そういえば、そうだったな。確か解禁されるのはあと10日ぐらいか?」
「へぇ、ザッカリーナは釣りが名物なんですか?」
「へへへ、相変わらず何にも知らねぇな。まぁ、釣りをやらないやつには縁の無い話だけどな。この時期、ヤーチッキって魚の産卵がはじまるのさ。ザッカリーナの近くにある湖が昔から繁殖地で有名でな、毎年この時期には国中の釣り好きが集まるって訳よ。まぁ、あんな田舎の集落が一年で一番賑わう時期じゃねぇか。」
「ホントにそうよ。アタシも小さい時に釣りの真似事したり、あと、お祭りみたいに屋台もたくさん出てて、楽しかったわよ。」
「へぇ、屋台も出るんだ。で、美味しいの?そのヤーチッキって。」
「美味しいか、だって?」
プシホダとカンナは顔を見合わせ、そして、プッと吹き出して笑う。
「食えねぇよ。あんな魚。頭がデカくて、身体は鱗と骨ばかり。食うところなんてありゃしねぇ。」
「ウチの父なんかも、あの魚を料理した事ないんじゃないかな。卵の殻は硬いし、普通の魚卵とはちょっと違うわね。」
「それじゃ、釣ったらまた湖に放すんですか?」
「しらねぇけど、そんな面倒な事せずに、そこら辺に捨てるんじゃねぇか?」
「もう、プシホダさんったら。そんな事しないわよ。肥料に混ぜると質が良くなるからって、ちゃんと肥料に混ぜて無駄にはしてないわよ。その肥料がホントに評判がいいみたいで、わざわざ肥料を買い付けに来る商人もいるって、前に母からそんな事を聞いたわ。」
プシホダとシバケンは濁酒。
シマノフスキとカンナはナナのジュースを飲みながら話が進む。
今日の肴は、
きのことスニール(巨大ミミズ)の炒め物。
イリスの煮込み。
ギャパンのレバーの串焼き。
削ったチーズを乗せたサラダ。
香草をピリ辛に味付けしてペイで巻いた物。
スニールは前の依頼で干し肉として購入はしたが、フレッシュ(?)な状態の物は初めてだった。
ホルモンみたいな歯応えで、淡白ながらも噛むほどに旨味が出てきて、キノコの食感との対比も楽しかった。
また、イリスの煮込みは、ぶつ切りにされたイリスがまるまる1匹分煮込まれており、見た目はかなりグロテスクだった。
しかし、その見た目に反して、ホロホロに煮込まれた肉に臭みは全く無く、非常にあっさりと食べやすかった。
さらにその煮汁には、イリスと野菜の旨味が滲み出ており、ペイを付けて食べるとなかなか癖になる味だった。
ギャパンのレバーは、何度か食べた事はあるのだが、血の味がしてなかなかパンチのある料理だった。
濁り酒と合わせると、胃の中がカッと熱くなり、いかにも元気になりそうな味で、シバケンは嫌いではなかった。
意外な事に、プシホダは苦手なようだが、シマノフスキは好んで食べている。
3人ともに、よく呑みよく食べた。
シマノフスキも、終始ご機嫌な様子だった。
「でも、シバケンさんがウチの家の事覚えていてくれて嬉しかったな。」
プシホダがトイレに行っている間に、シバケンは会計を済ませた後、カンナが他の客に呼ばれて席を立ち際にポツリと呟いた。
えっ、とシバケンはカンナの顔を見ると、「なんてね」と笑って離れて行った。
話の接ぎ穂も無いままプシホダが戻って来た為、それきりになってしまった。




