008 ゴモ村③ 一方そのころ
一方そのころ
シバケンを部屋に案内したメルリーナは、温かいお茶を持ってガイエンの元に戻ってきた。
ヒューモのカップには花蜜が加えてある。
「メルリーナ、ありがと。」
無邪気なヒューモの声に、メルリーナはかしこまる。
ヒューモは早速熱いカップをフーフーと冷まし口を付ける。
「メルリーナ、すまんな。日程は予定通りではあるが、わしも老いた。このざまよ。」
と、ガイエンは傷ついた右足を見せた。
包帯は既に取られ、傷口は癒着し乾燥していた。
「まさか、ガイエンさんがお怪我を?」
メルリーナは目を見張る。
「手練れが4人だ。名の知れた者じゃろう。上手く連携がとれておったので、ひどく手こずった。こちらも決め手に欠けたので、わざと右足を怪我して誘ってみたら、思いの外深手を負ってこの体たらくよ。」
自嘲気味に笑う。
深手?メルリーナは訝しそうに改めて傷口を見る。
ガイエンが手練れというからには、相当な者だったのだろう。
だが、見せてもらった傷口は、とても深手というほどのものではなかった。
傷薬程度で塞がる怪我を深手、とは。
この人にとって、傷を負うのは久しぶりのことかもしれないと思うと、メルリーナの背筋に冷たいものが走る。
「その4人は?」
「山に捨ててある、身元の分かりそうなものは無かったが、物のついでだ。金になりそうなものは先ほどの者に運ばせた、あそこに置いてあるあの袋の中よ。あと、中にはギャパンの皮と肉も入っておるで、肉は明日の朝食にしてくれ。残りは好きにすればよい。」
ガイエンは一旦カップを口に運ぶと、「さて」と口調を改めた。
「いよいよ、彼奴等も必死じゃわい。タランテラ市で皇国にヒューモ様を後継者として申請するまでは、まだまだ手を休めるとは思えんの。申請さえすれば、後継者に認定され、再びギルドの評議会に名を連ねる事が出来る。そうすればわしらに恩のある者達の協力も取り付けられ、表だって手は出せなくなろう。さらに、“イヌゥの磔刑”の連中に不満を持っているのが、こっちにつく。そうなれば、逆にわしらにとっては追い風となる。何にせよ、明日のタランテラ市までが勝負よ。」
ガイエンは不敵に笑う。
「明朝すぐに出発するので?一緒に行かれるものは何名ほど?」
「いや、ヒューモ様と2人だけで構わん。」
「2人?それではいくらなんでも。」
「いや、その方がよい。」
「しかし。。。」
「メルリーナ、ワシがおる。慢心でも過信でもない。安心せい。」
「申し訳ございません。たしかにガイエンさんに付いて行ける者となると。。。私が行く訳にもいきませんし、今ちょうど依頼が重なっておりますので。。。お役に立てずに申し訳ございません。」
「なに、気にせんでもよい。現役を退いて10年、今日の怪我で目も覚めたわ。ヒューモ様おひとり守りながら旅をするぐらいなら、間違いは起こさぬ。それにしても、今日はやけに少ないが、いま依頼が重なっておると言ったのう?どんな依頼じゃ?」
「ええ、“イヌゥの磔刑”を探っているのが6名。遠方の依頼を受けているのが3名。その他の者は、細々とした依頼がたまたま重なり出払っておりまして。今ここにいるのは私だけですが、すぐに動けるとなると4名ほどかと。」
「そうか。『たまたま重なる』というのが今日というのも面妖だな。間違いはないのか?」
「ええ。信頼出来る者からの依頼ばかりですし、依頼の内容にも不審な点はありませんでした。本当に、たまたまだと思いますよ。」
「ならいいがの。」
ガイエンからの言葉に、メルリーナの胸にわずかな不安が広がる。
請け負った依頼は3つ。
一つは組織を長年庇護している村の有力者からの、東タゴール侵攻によりぱったり輸入できなくなったザルツベルの特産品を持ち込む行商人の動向を調べる、というもの。
もう一つは、冒険者ギルドから定期的に受ける依頼で、森の中の野獣繁殖の種類と頭数の調査。
最後の一つは、自警団からの依頼で、連続強盗の調査協力。
どれも依頼者に疑問は無い。
依頼内容だが、連続強盗を“イヌゥの磔刑”の連中が起こして、と考えてはみたものの、我々にとっては仇ではあるが一般人を巻き込んでの犯罪を犯すとは思えない。
奴らも自警団の依頼を受ける真っ当な組織だ。
そういう意味では、3つの依頼がいずれも疑わしいとは思えない。。。
いや。
「たまたまじゃないかもしれませんね。」
「というと?」
「自警団の依頼を“イヌゥの磔刑”が断って、こちらに回ってきたかもしれません。」
「なるほどのう。」
険しい顔のメルリーナに対し、ガイエンは面白そうな顔を浮かべる。
ヒューモはカップを持ったまま、うつらうつらしている。
ガイエンはそっとカップを取り、机の上に置いた。
外套を手繰り寄せ、ヒューモに掛ける。
「長い夜になるかの。」
「いえ、ガイエンさん。長くはならないかと。」
メルリーナの目は細く光った。