007 ゴモ村② アジトにて
「どうも、シバケンです」
おそるおそる部屋に入り、空いた布団に腰を下ろした。
酔っ払いの老人は、胡散臭そうにシバケンのその動きを見ていた。
「こんばんは、僕はワイルだよ。この人はプシホダさん。お酒飲んでるだけで、いい人だよ。これ食べる?」
と言って干し果実を一つ手渡してくれた。
昼間食べたイカンとはまた違う果実のようだ。
薄紅色の杏子のような果実だった。
「ありがとうございます。それじゃ、そのお返しに。」
と、ガイエンからもらった干し肉と薄パンの包みを開いた。
二人は驚いた顔をし、顔を見合わせた。
ふっとプシホダは笑うと、干し肉を一つ取り半分に噛み取り、半分をワイルに放り投げた。
「あのガイエンに雇われるだけの事はあるね。アンタ大した変わり者だよ。こんな結構な物、これだけもらえりゃ充分だ、あとは大切にしまっておきな。」
「ホントホント。こんなしっかりした干し肉なんか久しぶりだよ。大事に食べさせてもらうね。」
「シバケンと言ったか。酒は呑めるのか?」
シバケンが頷くと、プシホダは傍らの縁の欠けたコップを取り、酒瓶を傾けた。
乳白色の液体がそそがれる。
干し肉の効果か、さっきまでとは違い笑顔だ。
「遠慮せずに呑みな。」
「シバケンさんも呑むなら、もう少し持ってくるよ。ついでに食事も貰ってきてあげるから、ちょっと待ってて。」
そう言うとワイルは素早く部屋を出て行った。
「ワイルのやつ気が利くじゃねぇか。さぁ、すぐに戻って来るだろうから、ここにある干し果実なんかで、適当にやってくれ。」
「ありがとうございます。それじゃ、遠慮なく。」
もともと酒好きなので、この世界の酒という物が気になっていた。
コップを鼻まで持っていくと、どぶろくのような甘い香りが鼻をくすぐる。
白濁した色といい、同じような味なのだろうか。
一口、舐めるように口に運んだ。
馥郁とした香りが口中広がる。
甘い口当たりだが、疲れた体には結構きつい。
だが、旨い。
二口目は大きく口に含んだ。
「へへ。いける口みたいだね。あんちゃん、どこから来たんだい?いつも代わり映えしねえ顔ぶれで退屈してたんだ。あんたみたいな変わり種相手にできりゃ結構な事よ。疲れているとは思うけど、話に付きあってくれよ。」
下卑た顔でにやつく。
歯の抜けた口から洩れる酒息に思わず顔が歪みそうになるが、愛想笑いを無理に浮かべて、更にコップに注がれた酒に口を付ける。
この世界に来て、ガイエンという謎の男に出会い、なりゆきに任せるように従ってきたが、頭の中の?は増える一方だ。
かといって、あれだけの時間では、とても全ての疑問を口にする事など出来なかった。
歩き詰めで疲れてはいたが、明日からの自分の生活について話が出来るこのタイミングは貴重かもしれない。
ただ、聞きたいことが多すぎて、どこから聞いていいのかもわからない。
しかも、どこまで聞いていいかわからないのが、シバケンにはもどかしかった。
「お待たせ。シバケンさんのご飯は、シチューと黒パン、イリス肉の腸詰を貰ってきたよ。」
ワイルがお盆を抱えて戻ってきた。
聞くだけでも美味しそうな料理だった。
お盆を受け取ると、食欲をそそる香りが漂ってきた。
「ボクらはもう食べたから、気にせずに、温かいうちに食べてよ。」
「ワイルさん、ありがとうございます。」
「食べながらでいいからよ。あんた、ガイエンの荷物持ちに雇われたんだって?」
「ええ。ザルツベルが戦禍に遭って、山の中をあてもなく彷徨っているところを、今日ガイエンさんに出会って、雇ってもらったんです。」
ザルツベルって国も知らなきゃ、戦火がどの程度の物なのかも分からず、ただガイエンが語っていた内容をそのまま語っただけだ。
深く突っ込まれたら、すぐにボロが出るからびくびくものだったが、
「それは大変だったな」
「大変だったね」
と、驚いたことに二人ともそれで納得したみたいだった。
よかった。次はこちらの質問パートだ。
「こちらは、ガイエンさんの組織の支部なんですか?」
「おうよ。すっかり寂れちまったけど、”アンジュの顎”の支部さ。」
”アンジュの顎”?
この世界の人には周知の組織なんだろうか。
幼いヒューモが様付けで呼ばれるので、世襲制なのか、教祖的な何かか?
その付き人としてたった一人で付いてるガイエンは、皆からさん付けで呼ばれているので、最高幹部兼ボディガード兼、ヒューモの教育係かな。
さびれているのは抗争による弱体化、みたいなことか?
それにしても、戦争があったり組織間の抗争があったり、ずいぶん物騒な世界のようだ。
などと、一つを聞くと新たな疑問が出てきて、なかなか考えがまとまらない。
「ヒューモ様達は、明日出発するって言ってたかい?」
「ええ。ガイエンさんが言うには、明日の朝食事をしたらすぐに出発するみたいですよ」
「まさか、あんたも引き続き荷物持ちとして付いて行く訳じゃないだろ?」
「ええ。私はこの村までの荷物持ちですから。今日で仕事完了の筈です。」
「だろうな、これからタランテラ市までは街道に沿って歩くだけだが、道のりは長いからな。スピードを上げるだろうから、並みの者じゃ付き合えないだろうな。」
「更にスピードアップですか。私なんか、今日一日ですっかり疲れちゃいましたから、足手まといになっちゃいますね。」
「おいおい、情けないこと言うんじゃねえよ、あんちゃんザルツベルから来たんだろ?たかが一日荷物持ちしたぐらいでへたばったのか。」
プシホダは、呆れたような顔でこちらを見る。
ザルツベルからここまで、どれぐらいの距離があるのかわからないから、うかつなことは言えない。
いやぁ、とヘラヘラしてると、
「まあ、あのガイエンのことだ、相当な無理をさせたんだろうな。」
「今日で仕事完了って事だけど、明日からどうするの?この村で仕事探すの?それとも、行くあてでもある?」
と、早速干し肉に齧り付きながらワイルは尋ねる。
シバケンがワイルの方を見ると、先程は気付かなかったが、ズボンから尻尾がはみ出していた。
「あっ、えっ、尻尾、、、」
「へへ、分かる?自慢なんだよ。いい毛並みでしょ。これでも、気を遣ってるんだよ」
ワイルは満更でもなさそうに、自分の尻尾を撫でる。
フードで気付かなかったが、獣人というやつだろうか。
また一つ、この世界について聞きたい事が増えてしまった。
2022.9.3 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました




