023 遺跡探索にむけて④
シバケンは、荷車から野営の為の道具を下ろした。
まだ陽は完全に落ち切っていないが、薪などを準備しているうちにどんどんと辺りは暗くなっていった。
マナカは周辺の探索をし、問題がない事を確認した上で、野営地を囲むように、魔物が嫌う匂い玉を周囲に配置した。
一通りの作業を終えると、シバケンはシマノフスキを連れて沢で体を濯いだ。
水量が思いのほか豊富で、しかも、飲んでも問題ないという。
文句も言わず付いてきてシマノフスキだったが、沢の水で体を拭いたのが気持ち良かったのか、食事の前なのにうとうとし始めていた。
身体を拭き終わって夜営地に戻ると、他の連中も各自で食事の準備を始めていた。
携行食だけで簡単に済ます者。
鍋で煮炊きをしている者。
マナカは野鳥を獲ってきたらしく、器用に捌いて串焼きにしていた。
シバケンは鍋に沢の水を汲み、ギャパンの脛肉を取り出し、塊のまま鍋に入れる。
今からなら2刻ぐらい煮込む時間はあるだろう。
空腹と眠気に耐えつつ、鍋に火をかける。
アルゲリッチ達はサナック達と明日からの探索について打ち合わせをしているのか、難しい顔で話し合っていた。
ダッカーナは、ハーブティーを飲みながら何やら書き物をしていた。
シマノフスキはいよいよ本格的に寝息を立てている。
シバケンは、寒くないように、シマノフスキに毛布をかけてやる。
「いい匂いがしてるな。」
ヌブーが肩越しに声をかけてきた。
いつの間にか、うとうとしていたらしい。
慌てて鍋をかき回すが、ほんの僅かな時間だったらしく、美味しそうに脛肉が煮えていた。
「ギャパンの脛肉を煮込むと美味しいと聞いたもんですから。」
「へぇ、手が掛かる事してるね。ギャパンの脛肉なんて、薄く切って食べるぐらいしかしてなかったよ。」
アルゲリッチの方を見ると、剣の手入れをしていた。
「食べながらでいいから、シマノフスキの話聞こうか?今なら近くに誰もいないし。」
「助かります。依頼前にヌブーさんを煩わせないかと、なかなか言い出せなくて。」
「気にしなくてもいいさ。アタシもこの子に興味があるからね。もう鍋は煮えたのかい?シマノフスキ起こすから、シバケンは皿につぎなよ。」
2刻ほど煮た脛肉は、繊維が解けるほどホロホロに煮込まれていた。
一緒に煮た干したキノコや野草もいいアクセントとなり、シバケンが思っていた以上の煮込みとなった。
シマノフスキも、寝起きとは思えないほどの勢いで、脛肉を頬張る。
煮込みと堅パンでの食事をしつつ、ヌブーにポツリポツリとオウドー師との会見の結果を報告する。
「それじゃ何かい?この子は魔石屋と同じような事が出来るのかい?しかも、魔石から魔力を出したり貯めたりも出来るって?!厄介なのを通り越して、呆れた能力だね。まぁ、その能力も、どの程度の精度とボリュームなのかにもよるだろうけど、いやはや、こりゃ手に余っちまうね。」
「ええ、それで一緒に行った自警団の人も困っちゃったみたいで。今後どうすべきかを相談しつつ模索してるような状況なんです。」
「うーん。自警団の連中は気付かなかったのかね。」
「というと?」
「一番の問題は、なぜシマノフスキが魔石屋みたいな事が出来るか、だよ。オウドーはシマノフスキの天分の才と考えたみたいだけど、本当かな?シマノフスキの主人だった魔術師が、何らかの方法で編み出した秘術があるのかもしれないね。もしそうだとしたら、非常に厄介さ。既得権を侵される恐れのある魔石屋から、シマノフスキは能力解析の実験台にされるだろうね。自警団は、アッカム分隊長かい?あの人も同じ結論になると思うよ。私だったら、魔術師ギルドだろうが誰だろうが、シマノフスキの事は誰にも言うな、ってのを薦めるね。」
「誰にも言うな、ですか。」
「そうさ。そのかわり、魔石は今まで通り冒険者ギルドに売る、というカモフラージュも抜け目なくやりなよ。どこで話が漏れるかしれないからね。それにしても、不思議な話だよ。そういえば、レスピーギだっけ?シマノフスキの元主人って言う魔術師は、誰だかわかったのかい?」
「ええ。レスピーギじゃなくて、ヴィリニエってのがホントの名前だそうで。それがよく分からないんですけど、なんとかの狗っ言われて。」
「狗、、、?!何だって、それを早く言いなよ!」
珍しくヌブーが大きな声を上げた。
皆がこちらを見る。
「いや、大きな声を出して悪かったよ。聞かなかったのは私だしね。でも、シマノフスキに関して、それが一番重要なピースだ。もう一度最初から、ゆっくりシマノフスキについて教えておくれ。」
と言って、ヌブーは再び声を潜めた。
シバケンは、改めてシマノフスキとの出会い、一緒に行動するようになった経緯、ディガー退治の一件、オウドーとの会見の一部始終を話した。
その中で、自分がこの世界でいうところの“放家”、つまり異世界転生者である事も話した。
ヌブーはじっと目を瞑ってそれを聞き、話が終わってもしばらくそのまま無言だった。
「いろいろと腑に落ちたよ。端的に言うと、依り童と魔石をリンクさせる実験台にされたんだよ。酷い話だけど。」
「えっ、それはどういう?」
「“ヴィルエヴァンの狗”ってのは、魔術師ギルドが表立って解決するのを憚られるような厄介な、やましいって言った方がいいかもしれないけど、そんな仕事をこなす連中さ。リーダーがいる訳じゃないから、組織立って動いてるんじゃないけど、皆が皆並外れた魔術師たちさ。奴らには道徳心の欠片も無いからね。ギルドからは仕事をこなすという一点のみを課せられて、それ以外は一切の禁忌もなく研究をしたり、放浪したりする連中さ。ヴィリニエって奴の事は知らないけど、依り童を使った禁忌魔法の研究の一貫が、このシマノフスキなんだろうね。もう興味がなくなって放逐したのか、それとも、社会に出してその活動を遠くで観察してるのかは分からないけど、そんなところでまず間違いは無いだろうね。考えてもみなよ、魔力を体内に溜め込む依り童なんて存在自体が、いわば生きている魔石みたいなものさ。魔石があればいつでも魔力の供給が出来るなら、魔力切れが起こらないんだよ。」
「軍事転用にはもってこい、ですね。」
「ああ。しかも、ディガーの一件からすると、自分の意思で戦いをするってんなら、兵器としての利用価値も多分にありそうだね。いやはや、物騒な研究だよ。」
「そんな、、、私はシマノフスキに普通の生活をさせたいだけで。」
「シバケンはそれでいいと思うよ。シマノフスキをシバケンに預けた時点で、ヴィリニエもそのつもりなんだろうよ。日常生活が送れるかを観られれば儲け物、ぐらいの感覚だろうね。どうせそのヴィリニエって魔術師は、今頃別の依り童で、さらに深い実験をしてるだろうしね。今回の依頼がちょうどいいかもしれないよ。何かあったらアタシとアルゲリッチでフォローするから、シマノフスキがどんな能力なのか試してみるかい?」
「でも、それじゃ他の人に気付かれませんか?」
「なぁに、遺跡への興味で、荷物持ちとして雇った冒険者の事なんか、誰も気にしないよ。大丈夫さ。」




