020 遺跡探索にむけて①
昨夜はあまり眠る事は出来なかった。
まんじりとも無く夜を過ごし、ワイルが起きる気配に合わせて、シバケンも布団を抜け出した。
「ごめん、起こしちゃった?」と気にするワイルと共に顔を洗い、庭に出て今日持っていく装備の準備を行った。
たしかアルゲリッチさんは、全4日の行程で、さらに日数がプラスされる可能性があると言っていたな、と思い出しながら、荷物を広げる。
荷車にいつもの金棒、短剣に雨具にロープに空の麻袋などなど。
薬草はディガー討伐の時に準備したのがまだ手付かずで残っていた。
携行食を見てみると、堅パン、干し肉、ナッツ、干し果実、チーズで、10回分ぐらいの食事はあるだろうから、シマノフスキとの2人分では全然足りなかった。
あとは、アンブラ村で買った蜂蜜が残り少し。
背嚢の底からは、乾涸びた干し魚が1匹出てきた。
懐かしい干物の匂いが、シバケンの心を落ち着かせる。
シバケンは手近な枯れ草と枯れ枝を集めて、慣れた手つきで火を熾す。
そして、焦げないように干し魚を炙り、香りがたったところで齧った。
懐かしさが胸にこみあげ、感情的な気分に浸る。
「朝から臭いねえ。」
メルリーナが笑いながら近付いてきた。
昨夜のうちにシマノフスキの事を話したのだが、初めこそ目を見張って驚いていたが、話が終わる頃には「わかった」とだけ口にして、それきりだった。
「自警団が何言って来ても、嫌な事は断っちまいな。尻はアタシに持ってくればいいんだから。今日一緒に行くんなら、シマノフスキの様子を見てみたらいいさ。あんなんだけど、やっぱりあんたと一緒だと顔つきが変わるからさ。」
オウドーとはまた違う、堂々とした女性の姿に、干物を齧って感傷的になっていた自分が恥ずかしい。
「今日は初の遺跡探索なんだろ?魔物も棲みついてるんだから、怪我をしないようにと、探索の邪魔をしないようにね。初心者を庇って連携が崩れるなんてよくある話だからね。遺跡や洞窟専門の荷物持ちは報酬もいいから、しっかりね。」
「ありがとうございます。」
待ち合わせの正10刻にはまだ時間はあったが、途中携行食を補充する必要があったため、少し早め出る事にした。
シマノフスキも、遠出になるのがわかっているのか、心なしかウキウキした様子で付いてくる。
オウドーの元から帰ってからも、シマノフスキに特に変わった様子は見られなかった。
昨夜寝る前に確認したが、持っている魔石はオトギ邸でゴーレムから手に入れた2個と、ディガーの物の計3個。
オウドー師から魔石から魔力を抽出すると聞いたので、魔石に変化があるかと思ったのだが、シバケンにはよく分からなかった。
ゴーレムの2個はむしろ輝きを増しているように思えたのだが、これもオウドー師から話を聞かされたから、そう感じるだけで全く確証は無かった。
魔石がシマノフスキと反応してと思って、魔石を持ってシバケンだけが部屋を出てみたが、魔石の輝きに何の変わりもなかったので、馬鹿らしくて止めた。
また、シマノフスキに魔力の蓄積が出来るという事に関しても、昨日オウドー師がどれだけ貯まるのか魔力を注入して調べたなら、魔力はその分補充されている筈だが、それを調べる術はない。
分からない事ばかりで、考えるだけ取り止めの無い不安が増してくる。
そんな事を考えていると、肉屋に着いた。
“アンジュの顎”の賄い婦のヤンナからのお使いで、時々生肉を買いに来る事もあるので、シバケンの顔に親父さんはすぐに気が付いた。
「シバケンさん、早いな。朝飯用かい?」
「いえ、依頼に出るので干し肉を。」
「そうか、悪いが今品薄なんだ。それでもよかったら、見てってくれ。」
シバケンは干し肉の棚に目をやると、親父さんの言う通りいつもに比べると、並んでいる干し肉の数が少なかった。
それでも、シバケンとシマノフスキ2人分を揃えるには十分かと思われた。
多少値段は張るが味の良いギャパンの肉は、生憎と売り切れのようだった。
隣にはギャパンの脛肉というのが並んでいる。
これは、とても硬くてそのまま齧るにはあまり向かないが、少なくとも2刻(約80分)煮込むと柔らかくなり、それだけでいいスープになると、カンナの両親との雑談を思い出した。
今回の探索で2刻も煮込む場面は想像出来なかったが、安いので買ってみた。
そのほかに、淡白な味だが柔らかくて食べやすいイリスの干し肉と、チーズとよく合うカカチチの干し肉。
あと。聞いた事のないスニールという白く半透明な長細い干し肉もあったので、ついでにそれも買ってみた。
店の親父さんに聞くと、そんな事も知らないのかと呆れられながらも、土の中に棲む蛇だと教えられた。
詳しく話を聞いたところ、どうも、巨大なミミズのようだった。
これで、2人分の干し肉の準備はできたと思うので、少し先にある食材屋で、干したキノコや野草も買っておく。
他に忘れ物は無いかと考えながら市場をゆっくりと歩き、チーズと堅パンも補充する。
それでも庁舎に着いた時には、約束の正10刻にはまだ時間はあった。
少し早かったが門番に声をかけると、既にアルゲリッチ達は来ているという。
荷車は外に置かせてもらい、そのまま中に通されると、アルゲリッチ達の他、盗賊ギルドの1名と、同行する学者も既に来ているようだった。
シバケンとシマノフスキが通されたのは、部屋というよりホールのような所で、それぞれがバラバラに立っていた。
シバケン達はアルゲリッチとヌブーの元に歩み寄る。
「おはようございます。お二人とも早いですね。あとは、役人と護衛の方ですか?」
「シバケン、おはよう。シマノフスキも。いや、彼らは既に奥の部屋で打ち合わせをしてるよ。2人が来て全員揃ったって連絡がいったと思うから、すぐに出てくる筈さ。」
「早く着いたと思ったんですけど、私達が一番遅かったんですね。」
「なに、アタシ達も今来た所さ。」
「お2人は他のメンバーに声は掛けました?これから数日一緒に活動する事になるので、挨拶とかした方がいいですよね?」
シバケンはアルゲリッチ達の側に寄り、小声で聞いた。
「いや、改めて役人の方から紹介があるから、挨拶はそれからでいいさ。」
「それより、昨日ギルドで聞いたけど、遺跡探索は初めてなんだって?そんなに難しい事は無いと思うけど、分からない事があったら遠慮なく聞きなよ。」
「ありがとうございます。お恥ずかしながら、遺跡探索は初でして。シマノフスキの事もありますから、足を引っ張らないようにだけは気をつけますね。」
そんな話をしていると、奥の部屋の扉が開き中から男達が出てきた。
背の高い獣人の男を先頭に、後ろからは身体にフィットした軽装備に身を包み、その引き締まった身体を露わにした男が2名付き従っていた。
どうやらこの獣人が、このパーティの指揮官である役人らしい。
「集まったみたいだな。皆、この度はご苦労さん。私がこの隊のリーダーで、タランテラ郷の遺跡管理官のサナックだ。よろしく頼む。さて、まずはこれから行動を共にするパーティーのメンバーを紹介しようかね。まず、この後ろにいる2人は、私とダッカーナ先生の護衛を任す、ラガ殿とアイルッシュ殿だ。」
ラガと呼ばれた男は、日に焼けた赤銅色の肌と禿頭の、年齢不詳の男だった。
アイルッシュの方は、水色の髪を短く刈り込んだ、まだ20代、それも前半と思われるようなあどけない顔つきの男だった。
しかし、右頬には不似合いなほどの大きな刀傷が付いているのが目についた。
学者はダッカーナという名前のようだった。
黒髪を無造作に後ろに束ねただけで、化粧っ気の全くない若い女性だった。
サナックは各人の紹介を続けている。
「遺跡の調査を任す冒険者は、3級冒険者のアルゲリッチとヌブー。それに盗賊ギルドからはヤマカの3名。後は、荷物持ちのシバケンとシマノフスキだ。各々の役割をわきまえて、しっかり仕事をして頂きたい。よいか」
と、サナックは一人一人の顔を見回す。
そして、ひとつ大きく息を吐き勿体付けるかのように「さて、今回の依頼だが」と語り出した。
2023.5.4 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました




