017 夕方
「流石に遅いな。」
「そうですよね。何も言ってこないのも不安ですし。」
「、、、こちらから、見に行こうか。」
時計が無いので正確な時間は分からないが、シバケンには体感的に3時間ぐらいは経ったかのように感じられた。
ルカも相当痺れを切らしたのか、そう言ってノブに手をかけて、廊下に出る。
アーゲンタインに連れてこられた道を逆に進んだが、使用人に会う事もなかった。
2人は階段を上がり、最初に通された部屋の前に立つ。
と、同時にガチャっと扉が開き、2人の眼前にアイーロが立っている。
先程経歴を聞いたからか、無表情で見下ろす姿にシバケンは背筋が凍る思いがした。
「中に入れ。」
アイーロに促され、2人はオズオズと中に入る。
ルカの顔にも緊張が浮かんでいる。
「厄介な代物だね、この子は。だけど、自警団への貸し分の仕事はしといたよ。」
部屋の奥では、全裸で正座の姿勢で項垂れているシマノフスキと、額に玉のような汗をかき、肩で息をしているオウドーが力尽きたかのように椅子に体を預けていた。
シマノフスキはゆっくりと顔をあげ、シバケンの方を見てにっこり笑った。
「シマノフスキ、大丈夫か?」
オウドーは、シマノフスキに駆け寄るシバケンを一瞥する。
「大丈夫に決まってるさ、アタシが何かするとでも思ったのかい。無礼な子だね。」
「オウドー師。彼について、何か分かったんですよね?」
「ふん、もう1人無礼なのがいたね。まずは落ち着かせておくれよ。」
そう言うと、アイーロに汗を拭かせて肩をかりて立ち上がった。
シバケンは散乱していたシマノフスキの服を集め、着せるのを手伝う。
シマノフスキの身体は冷え切っていたが、傷のようなものは見当たらず、元気そうだった。
オウドーはソファまで移動し、アッツ酒に手を伸ばした。
「結論を言うと、この子に術を施したのはヴィリニエ。あんた達には“ヴィルエヴァンの狗”と言った方がいいのかもね。」
「“ヴィルエヴァンの狗”ですって?!」
ルカは驚愕の表情を浮かべる。
「ああ。軒並みおかしな奴らの集まりだけど、ヴィリニエはその中ではまだマトモな方だね。で、このシマノフスキって子なんだけど、その歳までヴィリニエが手放さなかったのはわかるよ。アタシから見ても面白い身体をしてるからね。ただ、それがこの子の天分だったのか、ヴィリニエによるものなのかを調べるのに時間が掛かっちまったよ。ここからはアタシの想像もあるけど、たぶん両方だったんだろうね。依り童として長年ヴィリニエに魔力を注入され続けた結果、自身の持ってる素質に作用した、ってのが結論かねぇ。」
「オウドー師、勿体付けずに早く教えて下さい。あなたの言う『面白い身体』と、私たちが知りたい事は一致している筈です。」
「ああ、勿体付ける気は無いよ。アタシも早くお前達に帰って貰いたいからね。この子は魔力を蓄積する事が出来るのさ。こないだ魔物成りしたディガーに魔力を使ったみたいだけど、この子の身体からはまだ僅かにヴィリニエの魔力の残滓を感じたよ。どれだけ蓄積が出来るのか探ってみたけど、なかなか欲張りな子のようだね。底まで辿り着くのに苦労したよ」
『底』というのは、オウドーはシマノフスキの身体を壺のような容器に例えているのだろう。
「しかも、だよ。今から話すのがこの子の天分だと言った部分になるんだけどね。どうやら、魔石から魔力を吸い上げる事が出来るみたいなんだよ。さらに、驚いた事に魔石に魔力を注入する事も出来るみたいなんだよ。ルカなら、この話がどれだけ厄介か分かるだろ?」
意地の悪そうな笑顔を浮かべ、オウドーはルカの顔を見遣る。
ルカの驚いた表情を満足げに眺めて、オウドーはさらに話を続ける。
「魔石から魔力を吸い上げ、さらに注入まで出来るなんて、魔石屋が聞いたら黙ってないだろうね。一部の魔術師を除いて、多くの人が高い金を払って魔石屋に依頼する事を、この子はさも当たり前のようにやれるんだから、この子は金になるよ。その分、魔石屋はアタシみたいに優しく無いから、扱いには細心の注意が必要さ。渋い面を浮かべるアッカムの顔は見ものだろうね。」
苦り切った顔のルカを、オウドーは嬉しそうに見ている。
「あの、、、能力の事はさておき、シマノフスキの今のこの感じは治るんでしょうか?」
シバケンはおずおずとオウドーに尋ねた。
オウドーは皮肉そうな表情でシバケンの方を見る。
「幼い身体に魔力を無理矢理身体に注入され続けたんだ。これぐらいで済んだのも、この子の天分があればこそだろうね。クックック。放家が、呆けた相棒なんて面白いじゃないか。ねぇ、アイーロ。」
面白くも無い洒落を言う。
だが、このオウドーという魔術師には、この僅かな時間に自分が放家だと言うのがバレている事に驚かされた。
オウドーの視線が、急に底知れない不気味な物に感じられた。
まだ聞きたい事もあったが、シバケンは早くこの場を去りたいという気持ちを強く感じるようになった。
ルカの方を見ると、よほど衝撃的だったのか下を向いて考え事をしている。
「他には何かないかい?」
ルカは顔をあげ、シバケンと顔を合わせる。
「ああ。今回の件は助かりました。」
「そうかい。最初は気乗りしなかったけど、存外に面白かったよ。なぁ、坊や。」
とシマノフスキに顔をむけ。
「またおいでね。」
と、薄気味の悪い猫撫で声を掛けると、シマノフスキはこっくりと頷く。
その様子に、背筋に寒気が走り酷く不快に感じたシバケンは、シマノフスキの手をぎゅっと握り、ルカを促すように部屋を出た。
オウドーは愉快そうにその様子を眺めていた。
2023.5.4 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました




