016 アーゲンタインの話
「襲撃の次の日、ヒューモとガイエンの2人でタランテラ市に向かったが、その事も知らされてなかったのか?」
「ええ、朝起きたら2人とも居なくなってて。組織の人もその事に触れようともしないので、何となく今まで聞きそびれてました。」
「ふむ。お前は組織の人間ではないのか?」
「まさか。今はあそこで寝泊まりをさせてもらってますけど、私はただの荷物持ちですよ。」
「そうだったか、それは悪い事をしたな。恥を話す事になるがな、次の日2人がタランテラ市に向かう途中に襲ったが、ダメだった。結局こちらは半数近くが死に、奴らは無事に評議会に参加よ。誤算は予想を超えるガイエンの強さと、“ラクサの首輪”の連中が援軍に回ったことよ」
「“ラクサの首輪”?」
「知らんのか?まぁ、西を拠点にしており、この辺りには少ないからな。数こそ少ないが、剣呑な奴らよ。そんな奴らとガイエンがどう繋がったのかは知らぬが、結局、俺たちは依頼をしくじったという訳よ。とはいえ、奴らも奴らで、評議会には加わる事が出来たが、味方を作り過ぎた事が逆に仇になってるみたいだがな。皮肉なものよ。」
その辺りの事情を聞こうと思ったが、アーゲンタインは口を濁して語らない。
「話の途中で悪いですけど、あなた、名前はアーゲンタインって言いましたね。知ってるとは思いますが、オレは自警団のルカです。単刀直入に訊きますけど、あなたは何者ですか?オウドーの下に付いて日が浅いみたいですが、この近郊の盗賊ギルドでも見ない顔ですね。」
「聴取を受けるとは思わなかったが、面と向かって聞くお前に免じて答えてやるよ。オレはザルツベルの王家に仕えた諜報部の者よ。」
「なっ?!ザルツベル王家直轄の諜報部だって。」
「ああ。だがな、先の戦争で国が滅んでから部下を食わせていくためにこの国に流れてきたのさ。しかしそれもさっきシバケンと話してた通り、半数以上の部下を亡くした無能よ。」
アーゲンタインが自嘲気味に続ける。
「“イヌゥの磔刑”からは加入案が出たものの、依頼の失敗が響いて条件が悪くてな。腐ってるところにオウドー師から好条件で誘いがあったのよ。オウドー師はオレのことを知ってたみたいで、薄気味悪かったがな。怪我を負った部下もいて、そいつらを食わせる必要もあったから、今はこうしてあの人の世話になってるよ。」
「何てことだ、、、」
アーゲンタインの言葉を聞いて、ルカは驚愕の表情を浮かべ言葉を失う。
シバケンの方は、アーゲンタインはアーゲンタインなりの事情があったのだと、多少の同情は感じる。
だから“アンジュの顎”の人達も、あの騒動の後“イヌゥの磔刑”と抗争をしたりするような物騒な事態にもならないのか、と妙なところで感心した。
それにしても、シバケンから見ても、ルカの驚き方は尋常じゃなかった。
「ルカさん、どうしたんですか?ザルツベルの諜報部と何かあったんですか?」
シバケンの問いに、ルカは一呼吸おいてから答える。
「いや、そう言う事じゃないんだ。だけど王家直轄の諜報部となると、個人の実力はもちろんだが、それよりも人脈も底知れないからね。それをオウドーが丸抱えしたのが気に入らなくてね。それに、さっきオウドーの横にいた老人を覚えてるか?」
「ええ、たしかアイーロとかって。」
「そうさ。アーゲンタインは知ってるんだろ?」
「ああ、聞かされて驚いたがな。」
アーゲンタインはニヤニヤ笑っている。
「有名人なんですか?」
「そんな呑気な話じゃないさ。いくらシバケンでも、神聖ターバタ教国は知ってるだろ?」
ザルツベルに侵攻した東ターバタ国の北に位置し、東ターバタ国との関係は最悪だって事ぐらいは、何かの折に聞いた記憶がある。
「アイーロは、その神聖ターバタ教国にある“リルケの一角”の先代道場主よ。あそこの神聖騎士団では6割が“リルケの一角”を習得してるって言うから、そのヤバさがわかるだろ?」
一国の騎士団の6割が習う流派の、元とは言っても道場主。
しかも、“リルケの一角”という名前に聞き覚えがあった。
たしかクレンペラーさんが遣う流派ではなかったか、とシバケンはハタと気付く。
ジャージャの時も、オークの時でも見せたクレンペラーの底知れない強さだが、あのアイーロという老人は、たぶん肩書き的にもさらに数段強いような印象だ。
そう思うと、たしかにヤバいな。
「アーゲンタイン、オウドーは周りにあなた達のような人材を集めて何をしようとしてるんだ?」
「さあな。オレも入ったばかりで何も知らされてねぇ。オレもあの人のやる事に興味はあるが、それよりも、部下もろとも拾ってもらった身だから、オレにできる事なら全力でサポートするぜ。あと、こうやって話す事に関して、なんら口止めされてねぇからな。オレから見ても底が知れねぇお人だよ。」
元宮廷魔術師。
神聖ターバタ教国の神聖騎士団の大半が遣う流派の元道場主。
亡国の元王家直轄諜報部のリーダー。
最悪のテロ集団みたいなメンツだ。
そんな連中にシマノフスキを任せていいのかと、シバケンは今更ながら心配になってきた。
「あの、シマノフスキの検査はどれぐらいかかるんでしょう?」
「さあな。それについてはオレも何も聞かされてはいない。時間になったら部下が知らせてくる筈なんだがな。まあ、呼ばれるまでゆっくりしててくれ。ハーブティーも冷めちまったみたいだな。入れ直させるから。」
と言って、アーゲンタインは部屋を出て行った。
ルカは厳しい顔をしている。
シバケンは仕方なしに、部屋を見回す。
どの調度も手入れが行き届いており、椅子も居心地よかった。
隅に棚があり、この世界では珍しいガラス製品が飾られていた。
近づくと、実用的なガラスのグラスのほか、動物を模した細工まであって見事であった。
プシホダさんなら「一個ぐらい貰ったって解りゃしねぇ」とか言って盗むんだろうな、などとぼんやり考えてはみたが、シマノフスキの事が気になって落ち着かない。
惰性のように、隣りの本棚に目を移す。
明らかに日本語ではないのだが、この世界での文字の読み書きに不自由していないのは助かる。
社会人になってからも暇があると本を読む生活は続けていたので、何とはなしに本の背表紙を順に眺める。
「ミモナ皇国前史」と言った硬い本から
「ラインネル大陸の植物」
「名工による至宝」
「カルライナ英雄譚」
などと言うタイトルが並んでいた。
先日のオトギの蔵書は魔術書がほとんどだったので興味も惹かれなかったのだが、シバケンは一冊抜いてみる。
「サンター・ルツの治世」
以前、“赤目語り”のラナマールが語った『裸のリシュリュー』に出てきた王様の名前だ。
れっきとした歴史書らしく、目次を見たが『裸のリシュリュー』の名前は出ていなかった。
がっかりしたが、せっかくなのでこのどこの国のいつの時代かも分からない王様の本を読み出した。
口述筆記をしたものらしく、読み易いのが幸いし、女給が入ってきた時には、父親による王位簒奪に与するという盛り上がってきたところだった。
名残惜しげに、シバケンは本棚に本を戻す。
「もう少し掛かるみたいですから、軽食をお持ちしました。」
テーブルの上に、黒パンにチーズや野菜やハムなどの具が乗ったオープンサンドのようなものが並べられた。
全て一口で食べられるサイズに切り分けられている。
使われている食器、食材の一つ一つが、シバケンが今までこの世界に来てから目にする、最も高価な物であるのが伝わってくる。
「ルカさん、もう少し掛かるってどれぐらいでしょう?」
「悪いね。あのオウドーの事だから、すぐに回答が出るとタカを括ってたけど、まさかこんなにも待たされるなんてね。あとどれぐらいかなんて、全く見当もつかないよ。」
「わざと遅らせてる、みたいな事は?」
「それは無い、、、と言い切れないんだよ。困った事にね。だけど、ボールを向こうに投げた以上は、取り敢えずは待つしかないね。」
と言って、ルカはパンに手を伸ばした。




