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012 診療所を出て

 予想に反して、その日の深夜からシバケンは高温を発し、翌日もずっと熱に浮かされていた。

 後からウラビア医師に聞いたところ、通常ではとっくに解毒されているはずのディガーの毒が、まだ体内に残っていたとの事だった。

 毒ひとつとっても、常識外れの個体だったらしい。

 ウラビアも「こんな事は初めてだ」と、様々な薬を調合して夜通し治療にあたったという。

 その甲斐あってか、翌日の明け方には、シバケンは意識を取り戻した。

 その様子に、ウラビア医師とナイマンの2人はホッとした表情を浮かべた。

 カンナは果実をすり潰したものを持ってきて、心配そうにしていたが、シバケンの元気そうな姿を見ると涙ぐんで喜んでくれた。

 さらに、食事をしているところに、メルリーナも来た。

 日頃のクールであまり感情を現さない彼女だが、シバケンが意識が戻ったのを見て、心底安堵の表情を浮かべてくれた。

 「プシホダにも声を掛けたが『診療所みたいな辛気臭いところはごめんだ』と、誘ったけど来なかった」と笑いながら付け加えた。

 らしい、といえばらしい発言で、思わずシバケンも苦笑してしまう。

 一旦カンナは帰り、昼の食事を持って再び来た時には、思いもかけない人と連れ立って戻ってきた。


「シバケンさん、怪我したって聞いてびっくりしちゃったよ。大丈夫?」

「ターラちゃん!それにクレンペラーさんも。」


 たった3日間一緒に依頼をしただけなのに、旧友に出会ったかのような懐かしさと嬉しさがシバケンの胸に迫ってきた。

 なんでも、ギルドでシバケンの事を聞いたら、思いもかけずに大怪我をしたと聞き、取るものもとりあえず飛んできてくれたという。


「思ったより元気そうだな。それにしても、あの街道での子殺しの討伐にお前さんが加わったとはな」

「そうだよ、今ギルドでもちょっとした話題だよ。しかも、討伐対象が、魔物成りしたディガーだってね。」

「魔物成りだって?!道理で。じゃなかったら、あのアッカムさんの部隊が、ディガー1頭にあんな危機に陥る事なんてありえないからな。これは、情報収集が不十分だった、オレたち盗賊ギルドの落ち度だな。」


 ナイマンが驚きの声を上げた。


「魔物成りっていうのは?」

「シバケンさんは知らないだろうね。長い年月掛けて人間を捕食した動物が魔物になるのよ。お爺さま、これで説明は合ってるわよね?」

「ああ、長い年月がどれだけの期間かも分からんし、人間以外も捕食していたら魔物になんぞならん、らしい。何かのきっかけで、人間のみを好んで捕食するようになり、それが討伐もされずに生きながらえておると、体内で魔石が生成されるという話じゃ。そう言う意味では希少な個体だが、凶暴さもまた段違いよ。」


 クレンペラーがターラの言葉を継ぐ。


「たしか、2.3年前にダレイトン村で、魔物成りしたオオカミ1頭の討伐に、4級のパーティが挑んだって話があった筈ですよ。」

「さすがに盗賊ギルドの人はよく知ってるのね。オオカミって6級でも退治できるでしょ。それが4級の、しかもパーティーに依頼をしたのよ。魔物成りってそれぐらい危険なのよ。」


 「6級」と言った時、ターラはチラッとシバケンの目を見た。

 そんな目で見られても、オオカミ退治の依頼なんて今のシバケンには怖くて受けられそうも無い。


「6級が4級になるんなら、ディガーって通常は何級が?」

「まあ、1体だけなら4級のパーティーだろうな。」

「って事は?」

「まあ、その伝で言うと2級のパーティーと言いたいが、あの自警団のアッカムの部隊が翻弄されたとの事だから、2級パーティーでも心もと無いかもしれんな。」

「そんな化け物をよく。」


 と言って、ターラはシマノフスキの方を見やる。

 それに合わせて、皆の視線もシマノフスキに集まるが、シマノフスキは窓から街を行く人々の姿を、無表情に眺めている。


「そうそう、シバケンさんに良いニュースよ。魔物成りしたディガーの魔石なんだけど、珍しいって早速ギルドに買い付けに来てる商人が来たみたいだよ。ディガーを仕留めたシマノフスキくんの物って事で、自警団からギルドに届いてるみたいだから、身体が良くなったら貰いに行くといいよ。」

「ありがとうございます。それはそうと、クレンペラーさんとターラちゃん、オウドーって言う魔術師知ってますか?」

「オウドー?アタシは知らないなぁ。お爺さまは?」

「いや、オレも知らないが、何者なんだ?」

「自警団の人に聞いたんですけど、このシマノフスキの事で相談に乗ってくれそうみたいで。知ってるかも知れませんけど、彼依り童なんですよ。」

「やっぱりそうか。昔見た者と雰囲気がよく似ていたのでそうじゃないかと思ったが。」

「依り童って何?」

「ターラちゃんは、依り童を知らないんだ。」

「今はあまり見る事は無くなったでな。」


 と、クレンペラーはターラに説明をすると、ターラは眉を顰めてシマノフスキを見る。


「可哀想だけど、危険で怖いわね。シバケンさん大丈夫なの?こうやって見ると、全然そんな雰囲気は無いんだけど。」

「ええ。今のところは危険な事はなく、むしろ今回の件についても彼がいなかったら、全滅の恐れもありましたから、逆に命の恩人になるんですよ。」

「ホントよね。シバケンさんとこうやって話が出来なくなってたかもしれないんだよね。」

「だから、彼のためになるなら、少しでも力になりたくて。ただ、そのオウドーっていう魔術師に会うについて、得体の知れなさが気持ち悪くて、何か噂程度でも聞いてないかと思って。」

「そうか。いや、残念だがそんな名の魔術師は聞いた事もないし、その宮廷魔術師崩れがこの村に隠棲しているなんて話も、今初めて聞いた。力になれずにすまんな。」

「いえ、そんな。それなら、当たって砕けろ、で行くしか無いですね。」


 シバケンは空笑いを浮かべる。

 「砕けちゃダメだよ。いつでも相談に乗るからね」とターラはシバケンを励ました。

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