010 診療所にて①
シバケンは、まずは柔らかい寝台の心地良さで目を覚ました。
目を開くと、シバケンの顔を見下ろしているシマノフスキと目が合った。
シマノフスキは嬉しそうなら顔をして笑ったので、思わずシバケンも笑みを浮かべる。
が、頬を歪めると、激痛が走る。
たしか、ディガーって化け物に殴られたんだっけ?
なんだか記憶も曖昧だ。
シバケンは身体を起こそうとするが、頬だけではなく全身に激痛が走る。
「あっ、シバケンさん、気が付かれましたね。無理して起きなくていいですよ。いま先生呼んできますから、そのまま寝て待っててくださいね。」
若い女性の声がした。
看護婦さんのような仕事の女性だろう。
そのまま、と言われたが、今度はゆっくりと力を入れて、痛みを堪えつつ上半身を起こして部屋を見回す。
と、「ようっ」という顔のナイマンと目が合った。
ナイマンも、シバケン同様に寝台に寝かされており、身体を半分起こしていた。
頭と両腕に巻かれた包帯が痛々しい。
「大変な目に遭わせちまったな。」
「ナイマンさん、声が?」
「ああ、喉をやられちまってな。まだうまく喋れねぇ。」
思い出した。
たしか、ナイマンさんは岩場でディガーと1対1で対峙したんだった。
あんな化け物相手によく生きてたもんだ、しかも、自分より早く意識を取り戻しているなんて。
「よくご無事でしたね。」
「お互いに、な。オレも普通のディガーだったら、まだ何とかなったかもしれねぇが、あんな化け物じみたやつ相手だと、情けねぇ事に《仮死》で逃げ切るぐらいしか出来なかったぜ。それでも、このざまさ。それより、シバケンの方こそ、ディガー相手にやりあったんだって。」
「やりあっただなんて、大袈裟ですよ。ただ必死で、夢中になって金棒振っただけですよ。全然ダメでしたけど。」
「いやいや、あんな化け物を前にして、大したもんだとみんな感心してたぜ。」
「そんな。私が殴られた勢いでハーヴィーさんにも迷惑をかけてしまって。ところで、ここは?」
「自警団御用達の病院さ。お前、あれから2日間眠りっぱなしだったんだぜ。ハーヴィーをはじめ自警団の連中は1日寝たら全員退院して、今頃は事後処理に追われてるんじゃないかな。オレの方はこのざまだから、当分は入院さ。」
「2日間もですか、、、ところで、ここの治療費は?」
「ふふ、安心しな。今回は通常の依頼と違って、自警団の、しかも特急の依頼だ。公傷扱いって事になってるから、気楽に入院生活を満喫しなよ。飯はアッカムの旦那からの心付けだしよ。当分はタダ飯食って寝てればいいさ。」
と、そこに先程の女性と、長身の老人が入ってきた。
彼が医者なんだろうか。
「意識が戻ったと連絡があったが、今の様子だと思ったより元気そうだな。飯は食えそうか?そうか、わかった。食後に少し診療をして、問題がなさそうなら明日には退院だな。ナイマン、貴様はあれだけの怪我をしたんだ、まだまだ入院を続けてもらうぞ。」
「へいへい。」
「ふん、タダ飯食って寝てればいいのは、お前さんだけだ」
「聞いてたのかい、ウラビア先生。」
「あんな大声で話してたら、嫌でも聞こえるわ。」
「でも、ナイマンさんが入院してると、私たちまで美味しいご飯を食べられますから、ずっと入院してもらえたら良いですよね。」
「マージの言う通りだな。否定は出来ん。少しナイマンの薬の量を減らして、治療を長引かせるか。」
「やめてくれよ。先生の場合、ホントにやりかね無いから怖いや。マージちゃんよ、笑ってないで頼むぜ。」
冗談とも本気ともつかぬ仏頂面のまま、ウラビアという医師とマージは部屋を出ていった。
ナイマンも口調を変えて、シバケンを見る。
「シバケンの意識が戻ったって話は自警団にも届いてるから、今晩中にでもアッカムさんが聴取に来ると思うぜ。オレも聞きたいからな、あいつのこと。」
と、さっきからシバケンの横に座っているシマノフスキの方に視線を送る。
「シバケンの今の様子を見る限り、そんな事は無いと思うが、あいつの事は知ってたのか?何者なんだ、一体?」
ナイマンの聞きたい事はシバケンにも十分に分かっていた。
シバケンは薄れゆく意識の中で、自警団の誰でもなくシマノフスキがディガーを倒したのを見た。
その時のシマノフスキの姿は、オトギ邸でゴーレムを倒した時と同じく全身に炎を身に纏っていた。
「いえ、彼については何も。まさか彼があんな魔法を使えるなんて知りませんでした。あれから彼の調子は?彼も怪我をしていた筈ですけど、今は何ともなさそうですし。聞きたいのは私の方ですよ。」
「やっぱりか。こりゃ、アッカムさんも相当頭を抱えるだろうな。あいつはあそこにいた全員の命の恩人に違いはないだろうけど、今のシマノフスキの様子を見ちゃ、一体俺たちを助けたのは何者なんだって、不安に感じない訳にはいかねぇよ。」
たしかに、シマノフスキは何者なんだろう。
レスピーギの依り童から放り出されたあの状態を見て、同情なのか、それともこの世界に放り出された自分を投影したのか今となっては分からないが、シバケンは他の選択肢も浮かばず彼を一緒に連れてきた。
保護というのもおこがましいが、どうしても放っておけなかったというのが、正直な気持ちだったのかもしれない。
だが、シマノフスキの事をシバケンは何も知らない。
依り童が何かも。
結果として、シマノフスキの魔法があったおかげで助けられた。
が、彼にとって魔法を使う事は苦痛なんだろうか?
それに、あの時たしかにキズを負ったにもかかわらず、今の彼からは全くそんな様子は見受けられなかった。
考えれば考えるほど、シマノフスキの事を何も分かっていないという事実に、シバケンは思い至る。
2人の間に重い空気が漂う。
「シバケンさん、気が付いたみたいでよかったわ。」
ガチャガチャという配膳の音と共に、明るい女性の声がした。
見ると、木馬亭のカンナだった。
驚くと共に、嬉しさでシバケンの顔が綻ぶ。
「カンナさん、なぜここに?」
「あら、あたしの名前覚えてくれたの?嬉しいな。自警団のアッカム分隊長からの注文で、みなさんの食事を持ってきてるのよ。」
「木馬亭では、自警団の食事を担当してるんですか?」
「ううん、そういう意味じゃなくて。今回はアッカム分隊長の個人的な注文よ。ウチの大将とアッカムさんが昔馴染みだから、その縁ですって。アッカムさんは個人的にも時々お店にも来るわよ。」
「ああ、そういえば、シバケンはこないだ、プシホダさんに連れていかれたんだったな。」
シマノフスキは、待ってましたとばかりにカンナに抱きついた。
この数日間で、すっかりシマノフスキはカンナに懐いているようだ。
「待ちなさい」と笑いながら嗜めて、カンナは手際よく3人分の食事を配膳する。
「シバケンさんは初めてだね。怪我人用に食べやすくて栄養のある物ばっかりよ。ゆっくりよく噛んで食べてね。」
2023.5.4 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました




