003 冒険者ギルド②
アミナの言う通り、買取りの受付にはパーティが一組持ち込みをしていただけで、彼らはシバケンとほぼ入れ違いに出て行った。
「おたくは何の買取りだい?」
引き締まった体躯の大柄の女性が話しかける。
髪を短く刈っていたので、シバケンは最初男性かと思ったが、声を聞いて女性だと気がついた。
「この魔石なんですけど。」
シバケンはそう言うと、オトギ邸のゴーレムの魔石を取り出した。
「ん?これは、合成魔石じゃないか?しかも2個も。どこでこれを?」
レスピーギから貰った経緯を簡単に伝える。
「なるほど、ゴーレムからか。でも、あんたみたいなのが、ゴーレムと遭遇したとは災難だったね。」
「合成魔石というのは?」
「人工的に作られた魔石の事さ。魔石を加工した加工魔石は一般的に流通してるけど、合成魔石の方は一部の魔術師しか作る事が出来ないから、あんまり市場には出回らないんだよ。」
「えっ?!というと、貴重品で高値で取り引きされてたり?」
「うーん。残念だけど、珍しいだけだな。そもそも合成魔石ってのは用途に合わせて作るもんだから、汎用性がないんだよ。」
「それに合わせて、って事は、この魔石があればゴーレムが作れるんですか?」
「はっはっはっ、作れるぞ、ゴーレム。材料と作り方を知ってればな。」
「へっ?」
「そういう事だ。ゴーレムの作り方を知ってる魔術師は合成魔石は作れる。って事で、合成魔石だけを欲しがる奴は少ないって話さ。だから、このふたつの魔石で銀貨3枚かな。」
銀貨3枚(30,000ガン)か。
安いのかと思ったが、本報酬よりも高い価格だったので安心した。
が、今はオーク討伐の報酬を貰ったばかりで金には困ってない。
貴重な品というので、今急いで売る事もないのではないか。
嵩張るものでもないし。
「あの、値が下がったりは?」
「どうした?今日は売らずにおくのか?いつ売っても価格は変わらずに買い取ってやるから、じっくり考えてみな。」
「ありがとうございます。それじゃ、そうさせてもらいますよ。」
カウンターに置いた合成魔石を取ろうとしたら、シマノフスキが先に手を出した。
「ん?シマノフスキ、気に入ったのかい?それじゃ、君にお願いしようかな。無くさないように、首からぶら下げておくね。」
「売る気になったら、持ってきてくれよ。」
受付に戻ると、アミナは冒険者登録カードを持って待っていた。
言われるがままシマノフスキは指を出して、その指先をナイフで傷つける。
痛がるどころか、全く顔を歪める事なく従っているのが奇妙だった。
「はい、これで登録は完了。ところで、いつもは来てすぐ掲示板を見るのに、今日は掲示板に目もくれずにこっち来たわね。今日はこれで帰るの?それとも、依頼を受けてくれるの?」
「いえ、何か盗賊ギルドから話があるみたいで。」
「へぇ、そうなんだ。6級の冒険者に盗賊ギルドからの依頼なんて珍しいね。あそこの廊下から盗賊ギルドに繋がってるわよ。」
シバケンとシマノフスキは、盗賊ギルドの建屋に入って行くと、そこは冒険者ギルドとはうって変わって静かだった。
掲示板に依頼が書かれ、というスタイルではないらしく、個室での面談スタイルのようだ。
依頼の内容が機密性を帯びた物が多いから、自然とそうなるのだろうか。
「おい、シバケンこっちだ。2階に上がってきてくれ。」
キョロキョロしていると、2階の扉が開きナイマンが声を掛ける。
中央階段を登り部屋に入る。
20畳ぐらいの大きな部屋の中央に大きな机が置かれ、正面には軽装ながらも武具を身に纏ったドワーフの男が座り、その両脇に若い、といっても30代と思われる人間の男が控えていた。
その隣には大人しそうな中年男性が座っている。
ギルドの事務員か何かだろうか。
ナイマンは部屋に入ってすぐの扉の脇に立っていた。
「シバケン来てくれて助かったよ。今から紹介するから。」
とナイマンは言って、部屋の中央に2人を誘う。
「あーっと、お互い紹介しますね。こちらが今回の計画に参加してくれるかもしれない、冒険者のシバケンさんと、シマノフスキさんです。で、こちらが自警団のアッカム分隊長と、左右それぞれルカ隊員とハーヴィー隊員。その隣にいるのが、盗賊ギルドのマスターのトラドゥスさん。計画については、自警団の方から説明してもらいますから。」
そう言うと、ナイマンはお役御免とばかりに、シバケン達を部屋の中央に残したまま後ろに下がる。
まさか冴えない中年の男がギルドマスターだったとは。
逆に、あれならどこに侵入しても、気にもされないかもと、シバケンは妙な関心をしていると、アッカムと呼ばれたドワーフが口を開いた。
「座ってくれ、シバケンとシマノフスキ。話の概要はナイマンから聞いてるかとは思うが、改めて今回の依頼について説明をさせて頂く。請けてくれるかどうかは、この話を聞いてくれてからでいいから。」
低い理知的な男性的な喋り方は、ドワーフに持っていたイメージとは大きく異なっていた。
「新たに分かった情報もありますから、私の方から説明をさせて頂きます。」
ルカと呼ばれた男が、話を引き継ぐ。
「4週間ほど前から、断続的に街道で人が襲われるという事件が発生しております。被害者のうち8歳から17歳までの少年4人に少女が3名の合計7名が補食されております。」
“捕食”という言葉を使い、淡々と説明を続ける。
「残された断片の傷口を調査したところ、おそらく犯人はディガーかと思われます。ディガーについて街道近くでの目撃例はあまり聞きませんけど、子供を補食するという点と被害が夕暮れから夜にかけてという点、さらには現場に残る独特の刺激臭から、ほぼ間違いはないかと。」
ディガー、とはどんな獣だろうか。
シバケンは一言も漏らさぬように、真剣にルカの話に耳を傾ける。
「さて、ここであなた方にご協力頂きたいのは、ディガーの習性を利用して、囮になって貰いたいのです。とはいっても、具体的にあなた方にして頂く事は、被害のあった街道周辺の依頼を受けて頂くという、それだけです。」
「それだけ?」
「はい、そうです。あなた方が依頼を請けている期間中、我々自警団と盗賊ギルドで警護しますので危険はございません。また、ディガー討伐は我々の仕事ですから、ディガーの出現が確認でき次第、護衛を付けて隠れて頂きます。」
「冒険者ギルドの依頼を請けるだけなんですか?ディガーが出たら隠れていればいい、と?」
「ええ。逆に我々としても、あなた方お2人を庇いながら戦うよりは、一刻も早く戦線を離脱して頂きたいのです。ちなみに、先程冒険者ギルドに確認したところ、『ハッサム草ほか薬草採取』と『街道整備』あたりが該当するかと思いました。」
「繰り返しになりますけど、ディガーが出るまでの期間私たちは朝から夜までその『薬草採取』なり『街道整備』の依頼をこなすだけ、という事ですか?で、ディガーが出たら、皆さんが退治をしてくれる、という事ですよね?」
「その通りです、やって頂けますか?ちなみに、ディガーが出るまでの期間という話ですけど、我々としては周期的にあと3日以内には出ると踏んでいますよ。」
話を聞いた限りだと、ボディガード付きで依頼をこなせる、という事のようだ。
これなら今まで避けていた、森に入っての依頼に手を出しても危険は無いのかもしれない。
「わかりました。それじゃ、薬草採取の方の依頼を。」
「そうですか!やってくれますか。」
シバケンは、自警団の面々に重苦しく立ち込めていた空気が晴れていくのを感じた。