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006 『木馬亭』にて③

「まさか、登録してすぐにそんな過酷な依頼をこなしたんですか?」

「オレもチラッと聞いたけど、ホントらしいぜ。よく生きて帰ってきたと思ってよ。」

「いや、ホントに奇跡ですよ。そのアンブラ村の一件は噂で色々と聞きましたけど、『緑毛』だって話じゃないですか。まさかそれを、新人の冒険者が。」

「やめて下さいよ、そんな大袈裟な。私なんて、足を引っ張らないようにするので精一杯で、必死で仔オークの相手をしてただけですよ。オークの牽制も『緑毛』の討伐も、皆ベテランの冒険者さんと、領主の私兵って騎士の方達がやった事なんで。」

「いえいえ、それでも大変な事ですよ。前代未聞じゃないですか?新人の冒険者が『緑毛』の討伐に加わったなんて。ねぇ、プシホダの旦那。」

「ああ、前代未聞に不運な奴かもな。」


 へへへ、と歯の抜けた口を開けて、プシホダは意地悪く笑い声を上げる。

 つられて、シバケンも苦笑いを浮かべる。


「もう次からはそんな依頼は請けないんでしょ?」

「ええ、進んでは請けたくないですね。この村に帰ってきてからは、道路の補修とか店舗の掃除をやってましたよ。ただ、やっぱりスキルを発揮できる荷物運びみたいな仕事がしたくて、今日ここに来る前にもギルドに寄ったんですけど。」

「なかなか、良い仕事無かったですか?」

「いえ、ずばり荷物運びの仕事はありましたよ。ただ、依頼を請けるには二、三確認したい事もあって。」

「おうよ、プリズメイン村との中間ぐらいにある渓谷の魔術師宅からの荷物の搬出って書いてあるんだけどよ、報酬の件も含め依頼内容が不明瞭なんだ。で、明日話だけ聞きに行かせて、条件が悪ければ交渉するなり、断るなりする様に勧めたのよ。」

「え?待って下さいよ。プリズメイン村との中間にある渓谷ですか、、、もしかして、その魔術師って、オトギって名前じゃなかったですか?」

「なんだ、ラナマール知ってる奴なのか?」

「いえ、個人的に面識はありませんけど、あそこの渓谷の魔術師なら、多分オトギさんかと。」

「ギルドでも、前の持ち主の名前までは聞いてないですね。今回の依頼者のシマノフスキという人が、前の所有者が亡くなった家を買い取って、その家にある荷物を運び出したい、としか。」

「えっ、という事は、オトギさん亡くなったんですか?いやぁ、一度お会いして話を聞きたかったんですけど、残念だなぁ。」

「何者なんだ、そのオトギって魔術師は?お前が興味があるって事は“赤目語り”と関係があるんだろうけど、“赤目語り”の研究する魔術師なんて、聞いた事ねぇぞ。」

「もちろんですよ。オトギって人はサマジーロ教の研究者ですよ。」

「サマジーロ?なるほど、それでか。」


 プシホダは合点が入ったようだが、シバケンは何の事か分からずに2人の顔を交互に見返す。


「どういう事です?」

「いえね。我々“赤目語り”は神話や教義を伝えるところから始まったって、さっきもお話ししましたよね。」

「ええ、もちろん覚えてます。」

「それじゃあ、なぜわざわざ白目を充血させて赤目にすると思います?実は、サマジーロ教の神は全て目が赤いんです。それに合わせて、その教義を語る者は司祭も含めて神界に属するものとして、すべからく白目を赤く充血させていた、と伝えられているんですよ。」

「なるほど。」

「ご存知かと思いますけど、そもそもサマジーロ教は今はほとんど姿を消してしまいましたし、“赤目語り”との関係も無くなってますけどね。逆に、今の“赤目語り”も、そんな経緯も知らずにただ目を充血させてるんですよ。全く嘆かわしい事です。」

「オレだって、こいつからこんな話ばっかり聞かされてるから知ってるが、こんな事、誰もしらねぇぞ。」

「そのサマジーロ教研究の一環で、オトギという魔術師が、“赤目語り”を調査していたんですか?」

「いえ。してたんじゃないか、ぐらいで、その確証はないんですよ。ただ、面白い資料とか情報は知ってると思うんですけどね。それで、是非一度お会いしたかったんですよ。」

「それは残念でしたね。でも、資料ぐらいはあるんじゃないですか?新しい所有者のシマノフスキって人に見せて貰ったらどうです?」

「おうよ。少しぐらいなら盗んでもバレねぇだろうしな。」

「プシホダさん、何て事言うんですか。ダメですよ。荷物運びの私が真っ先に疑われるじゃないですか。」

「バレるような盗み方をするかよ。」

「シバケンさん、そのシマノフスキって人にお会いするの、明日ですよね。お邪魔じゃなかったら、私もご一緒してもいいですか?」

「私は構いませんよ。資料を見せて欲しいって話をするぐらい、いいと思いますよ。」

「お前ら、ホントに甘ぇな。魔術師なんて俺たちより情報――知識って言い換えてもいいが、それで食ってるんだぜ。そのシマノフスキってのも、建物じゃなく、オトギの蔵書や手控えに金を払ったんだろ。それを訳のわからん赤目語りが訪ねてきて、見せて下さいって言って見せてくれるとは思わねぇな。」

「プシホダの旦那もそう思いますか?」

「まぁ、万が一見せてもらえたとしたら、何か裏があるのか、それとも、本当にそいつに興味の無い内容なんだろうな。だから、盗んじまえよ。やり方ぐらいは教えてやるぜ。」


 項垂れるラナマールを見て、プシホダは意地悪くニヤニヤ笑って言う。

 気の毒になって、シバケンはラナマールに話し掛ける。


「ダメ元で、明日一緒に依頼主に会いに行きましょうよ。断られたら、またその時に考えればいいんですから。行くだけ行ってみましょうよ。」

「まぁ、シバケンの言うのもその通りだな。サマジーロって、多分あの“裸の”リュシュリュー絡みだろ。新しい所有者っていう魔術師が興味を持つのはその関係だろうから、赤目語りなんかの情報は案外ご自由に、って感じで好きにしていいかもな」

「そうだといいんですけどね。それじゃ、シバケンの旦那の言う通り、当たって砕けろで、取り敢えず明日ご一緒させて下さい。」

「ええ、わかりました。ところで、その“裸の”リュシュリューっていうのは?」

「何ですって?“裸の”リュシュリューをご存知ない?」

「こいつの場合は、色々と仕方ねぇんだよ。」

「そうなんですか。それじゃ、明日への景気付けに、“裸の”リュシュリューの物語をほんのさわりだけでもお聴き頂きましょうかね。」

「おっ、いいねぇ。いつもの事だから、店の事は気にしなくていいから、たっぷり頼むぜ。」


 ラナマールは、椅子に立てかけてある弦楽器を取り出し首から下げると、隣の空いた机に腰をかけた。

 その様子を無愛想な店主はチラッと見て、何も言わずに再び手元の料理に視線を落とした。

 店の奥で騒いでた客も、ラナマールの姿を見て声を落とした。


「それでは、久しぶりの外題にてお聞き苦しい点はご容赦願います。“裸の”リュシュリューより馴れ初めの物語を」


名にしおう

サンター・ルツの

御世に仇なす謀反人


国はランシャル 馬喰の倅

城主の娘を拐かし

追っ手3000向こうに回し

果ては隣国ナヴァンの森で

右手に3体

左に2体

胸と背中に14体

合わせて19の獣を宿す


人に“裸”と恐れられたる

リュシュリューの

心に咲いた恋の花

若き2人の物語


 馬喰の子に生まれたリュシュリューが、領主の娘と恋仲になるが、身分違いという理由で断られる。

 一本気なリュシュリューは、領主の娘を攫うが当然追っ手はかかる。

 リュシュリューは半死半生の目に遭いながらも、からくも逃げおうせる。

 娘が連れ戻されるが、領主からの追っ手の手は収まらない。

 隣国のナヴァンの森中まで逃げ延びたリュシュリューは、そこで魔物に魅入られて身体に獣を宿す事になる。

 身も心も獣となったリュシュリューは、そのまま領主の城に攻め入り、愛する娘もろともに皆殺しにする、というのが全体のストーリーらしい。

 体に宿した19体の獣が動く刺青のようにリュシュリューの皮膚を這い回り、常に諸肌脱ぎだったところから“裸の”という二つ名で呼ばれるのだと言う。

 今回ラナマールは、その若い日のリュシュリューと領主の娘の身分違いの恋を、一本気なリュシュリューと、世間知らずな領主の娘との軽妙なやりとりを巧みに演じていた。

 20分程度の時間があっという間に過ぎてしまった。

 本来はもっと長いのを、さわりの部分だけをまとめたんだろう。

 三味線を思わせる音色の弦楽器を弾きながら、ダミ声とも言える独特な唱法と、一人芝居のような会話で、シバケンはラナマールの話に惹き込まれていった。

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