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005 『木馬亭』にて②

 プシホダの声と共に、テーブルの上に濁り酒とさまざまな料理が並べられた。


 シチューのようなごった煮。

 臓物の串焼き。

 肉団子のような揚げ物。


 笑顔の女性が料理を机に並べながら、説明をする。


「ギャパンの骨髄と野菜の煮込みと、こっちは、ギャパンの臓物の串焼き。あと、これは仔イリスを骨ごと叩いた揚げ団子だよ。濁り酒の瓶はこちらに置いておくね。アッツ酒がいるようだったら、声をかけて下さいね。マリネと干し魚は今準備してますから、もう少しで出来ますから。」


 シバケンは料理があった方が酒が進む方だが、それにしてもすごいボリュームだ。

 前はそんなそぶりを見せなかったが、プシホダも食べながら呑むタイプなんだろうか。


「シバケンよ、ここは安くて何食っても美味いんだ。他にも食いたい物があったら注文しな。ラナマールも今日はシバケンの奢りだ。懐を気にせず、遠慮なく食いな。」

「それでプシホダの旦那は上機嫌なんですね。シバケンの旦那、アタシまでご馳走様になっていいんですか?ありがとうございます。それじゃ、遠慮なくいただきます。」


 楽しい酒になりそうなので、支払いなんて野暮な事は気にせず、シバケンは濁り酒に手を伸ばした。

 乾杯もなく、先程からプシホダは濁り酒に口を付けている。

 シバケンはまずは一口喉を潤すと、いつもの濁り酒に比べ、口の中に広がる香りが穏やかで、スッと喉を滑り落ちていくように感じた。


「どうだ。美味いだろ。ここは酒にも気を遣ってるからな。」


 この分だと、料理にも期待が高まる。

 シバケンは、昔からホルモン系は好きだったので、まず臓物の串焼きに手を伸ばす。

 一口噛むと、甘い脂がジュワッと溢れ、臓物特有の歯応えが心地よく感じられた。

 獣臭みなど全くなかった。

 味付けはシンプルに粗塩のみで、シバケンは続けて2本目に手を伸ばす。

 日本酒に似た濁り酒を煽ると、昔通った居酒屋を思い出し、少し感傷的な気持ちにさせられた。

 この調子なら間違いはなさそうなので、ドロっとした得体の知れないごった煮に手を伸ばす。

 骨髄と野菜の煮込みと言ってたっけ。

 骨髄なんて食べられるのかと、恐る恐る口に運ぶと、とろりとした濃厚な味が口に広がる。


「どうだ、美味ぇだろ。」

「ええ。骨髄なんて初めてなんですけど、こんなに美味しいんですね。びっくりしました。」

「骨なんて普通は捨てちゃうところなんですけど、ここの親父さんはそういった部位も、手間暇を掛けて美味しく仕上げてくれるんですよ。」


 ラナマールも、同じく骨髄の煮込みを食べながら説明をする。


「他の料理もそうですよ。さっき食べてた臓物とか、小さすぎて安い魚やスジ肉とか。材料費を抑えて、その分、自分の腕で料理を美味くするって親父さんの考えだから、アタシらにはありがたいお店ですよ。」

「ラナマールさん、そんなに褒めたって、安くしないわよ。はい、干し魚とマリネお待たせ。こちらはシバケンさんだったわね。これからも、ご贔屓にしてね。この干し魚はクセがあるけど、まずちょっと齧ってみて。好きな人は止まらなくなるわよ。」


 カンナと呼ばれた、給仕の女性は笑顔で言う。

 歳は20代後半から、あるいは自分と同年輩か。

 目を見ながら話しかけるカンナの視線に、シバケンは少し照れたように、運ばれてきた料理に視線を移した。

 マリネは、葉物や根菜のような野菜のみを乳白色の液体に漬け込んだ物のようだ。

 マヨネーズではないだろうが、葉物を一枚口に入れると、爽やかな酸味が口に広がり、若干、乳酸発酵したような風味が鼻を抜ける。

 古漬けと呼ばれる漬け物のような味わいに、シバケンは思わず目を細める。

 また、干し魚たるや、そのものズバリ干物だった。

 見た目はメザシそっくりで、小指ぐらいの大きさの魚が、カチカチに干されており、炙って焦げ目が付いていた。

 一匹口に入れたが、想像通りの味で、これまた懐かしくて涙が出そうになった。


「気に入ったみたいだな。そんなに美味ぇか?」

「ええ。懐かしい味を思い出しまして。凄くいいお店ですね。プシホダさん、連れて来て頂いてありがとうございました。」

「その表情、連れてきた甲斐があったな。へへへ、情報料は高くなかっただろう?」

「ええ、ホントですね。良いお店を紹介してくれて、ありがとうございます。帰りにしっかり道を覚えて、これから通っちゃいそうですよ。」

「あっしも、この肉団子は久しぶりでね。これが楽しみで今日来たんですよ。」


 と、ラナマールはピンポン玉を一回り小さくしたぐらいの大きさの肉団子を一口に頬張る。


「そういや、えらく久しぶりだったけど、またネタ探しか?」

「ええ、その通りで。オーリントに廃業した赤目語りの夫婦がいるって聞いたんでね。何か珍しい話や昔の芸談が無ぇかと尋ねてきたんですよ。それに、あの地域はアタシらとは違った節回しですから、その勉強も兼ねて、ほんの3ヶ月ばかり。」

「相変わらず、熱心な事だね。3ヶ月もそこにいたのかよ。そりゃ、久しぶりって挨拶にもなるわな。で、収穫はあったのか?」

「収穫も何も、素晴らしい経験でしたよ。何度かオーリントには行ってるんですけど、その夫婦から聞く話は初めての事ばかりで。それもそのはずで、たまたま今はオーリントに腰を落ち着けているんですけど、それまでは巡業ばかりで各地を転々としてたそうですから」

「そりゃ、さぞかし面白で話が聞けたんだろうな」

「ええ、そうなんです。 それに、何とそのカミさんの方が、一時ウチの師匠のそのまた師匠、大師匠って言うんですけど、一緒に巡業に回った事があるんですって。その時の大師匠は座長で、おカミさんの方はまだ駆け出しの頃の話なんですけど。で、その時、座長と駆け出しの間じゃ異例中の異例なんですけど、大師匠が珍しいってんでおカミさんのやってるネタを教えてもらう代わりに、自分のネタも教えたんですって。よくよく聞くと、今アタシが師匠から教わったネタが、元はそのおカミさんから伝わったなんて事が分かったりして、楽しい3ヶ月でしたよ」

「ほう、そりゃ珍しい話だな」

「まだ聞きたい事もいっぱいあったので、近いウチにまた行くつもりなんですけど、よかったら一緒にどうですか?」

「オーリントくんだりまで、わざわざ“赤目語り”の昔話を聞くためだけになんて行かねぇよ。シバケンの方も、仕事があるから無理さ。」

「そうですか。そりや残念ですね。ところで、シバケンの旦那もやっぱり影人ですか。」

「いえ、私は影人ではなく。」

「こいつは、こないだ冒険者ギルドに登録したばかりの新人よ。縁があって、ウチの組織が面倒みてるのよ。」

「そうなんですか。新人さんでしたか。これまで、どんな依頼をやりました?」

「そんな話をするほどじゃないですけど、こないだは、、、」


と言って、クレンペラーとの初依頼から、オーク討伐の件、それに、怪我人の救急搬送の話をした。

2023.4.23 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

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