003 冒険者ギルドにて
冒険者ギルドは昼の依頼掲示の時間を少し過ぎてはいたが、少しでも条件の良い依頼を探そうとする冒険者で賑わっていた。
シバケンは、周りを見渡してみたが、クレンペラーを初め見知った顔はなかった。
「“アンジュの顎”のメンバーの方でも、冒険者ギルドに登録されている人は多いみたいですね。プシホダさんは登録してるんですか?」
「オレか?オレは7級になっちまったから、現在抹消中さ。まあ、稼ぐ必要も無いからな。喪が明けるまでの3年間、登録せずにいるうちに、なんだか面倒臭くなっちまってな。それっきりさ。」
「7級ですか?」
冒険者ギルドに登録した際に、6級からスタートして、ペナルティを犯すと7級に降格すると聞かされていた。
が、まさか、こんな身近にその7級がいたとは。
さもありなん、と言えばその通りなのだが。
「何やらかしたんですか?」
「何、と言われると困るけどよ。色々の積み重ねみたいだな。雇い主の荷物から酒瓶を1本くすねたりとか、呑み食いした金を依頼主に肩代わりをさせてそのままトンズラしたり、ギルド通さずに獲得品を横流ししたり、あとは、一緒にパーティ組んだ奴がクズ野郎だったんで、わざと気付かないフリして罠に嵌るのを眺めてたり、まぁ、色々だ。」
最後のは、どっちがクズ野郎だ、と言いたくなるような内容だったが、よくこんなのでメルリーナ達からも愛想を尽かされずにいるものだと、シバケンは不思議に思う。
気のせいか、ギルド職員がプシホダを見て何やら囁き合っているような気がして、シバケンは居心地の悪さを感じた。
「オレの事はいいから、さっさと依頼見てこいよ。だけど、今日はあくまでも見に来ただけってのは忘れるなよ。」
「ええ、分かってますよ。来る途中でも、散々言われましたからね。今日は良い依頼があっても、請けませんから。」
「おめぇにとって良い依頼ってのが、他の冒険者と感覚が違うから心配になっちまうぜ。」
6級の依頼は掃除や草刈りと言った人足仕事が多く、代わり映えのしない物だったが、その分危険も少なくシバケンにとっては良い依頼といえた。
5級の方に目を移すと、害獣駆除という危険が伴うような仕事が目立つようになる。
シバケンは、自分にはまだ早いように感じ、流し読みをするだけに留めた。
シバケンの隣では、冒険者のパーティが掲示板を見ながら「おっ、こんな依頼で銀貨3枚か。何か裏がありそうだな。」とか「この依頼者、ケチだから額面通りの金は貰えねえよ」とか「これなら、やってもいいかなぁ」「ハーシェル村までの輸送かぁ、ミモナ郷には久しくいってないから、面白そうだなあ」などと好き勝手な事を言っている。
何級にどんな依頼があるのか、依頼の相場はどれぐらいなのかと言った傾向を掴むために来ているのだが、シバケンにとっては他の冒険者のこういった雑談ひとつひとつが興味深い情報だった。
いくつか気になる依頼はあったのだが、今日は見るだけと念を押されていたので、ひと通り見終わった後、次はパーティ募集の方に目を向ける。
おそらくシバケンのメインの仕事となるであろう荷物運びの依頼は、むしろこちらの方が多かった。
ただ、昨日まで見ていた内容では、3級冒険者のサポートで危険が多そうなものと、5日程度の行程のものでなかなか食指が動かされなかった。
さて、今日は、と期待を込めてシバケンは掲示板に目をやろうとすると、
「おい、魔術師とその従者が、荷物持ちを探してるって依頼見たか?」
いつの間にかプシホダが横に立って、同じように掲示板を眺めていた。
「プシホダさん、これですか。ええ、私もちょっと気になったんですけど。」
「依頼主は、シマノフスキか、、、知らねぇな。報酬は15,000ガンね」
「えっと、依頼の内容は、ある魔術師が亡くなって、その建物ごと買い取ったから、その建物から荷物の搬出だそうですね。場所はプリズメイン村との中間ぐらいにある渓谷だそうですけど、プシホダさん、どの辺りか見当つきますか?」
「プリズメイン村との中間の渓谷だって?ああ、そういえば、たしかにあの辺りに1人年寄りの魔術師が住んでたな。そいつが死んだから、遺産丸ごと買い取ったって話か。なかなかに豪儀な話じゃねぇか。貴重品を運び出す荷役の募集か。」
「報酬はいいですよね」
「いや、どうだかな。行くのに半日以上、下手したら1日見ておいた方がいいだろうな。って事は、2日ないし3日は拘束される事になるだろうな。」
「たしかに、そうですね。それだと、1日あたり5,000ガンですもんね。それに、すぐに荷物の積み込みが出来ればいいですけど、ゴミ屋敷みたいだと、荷物を積む前に掃除もしなきゃいけないでしょうからね。」
「ああ、確かにそうだな。その辺も気にしなきゃいけねぇな。とはいえ、話を聞いてみても悪くない依頼だとは思うぜ。たしか、あの魔術師は実践派じゃなかった筈だから、そいつの研究に興味を持ってる今回の依頼者ってのも、警戒をする必要も無いだろうからな。まぁ、魔術師なんて、大なり小なり信用はおけないがな」
「はぁ。実践派というのは?」
「何にも知らねぇやつだな。新しい魔法を作ったり、既存の魔法の効率化を目指すような連中だよ。逆に、その死んだ魔術師はそっちのタイプじゃなくて、たしか魔法史とか昔いた魔術師の事跡の調査、とかそんなんじゃなかったかな。」
「なるほど、それじゃ、依頼自体に危険は無さそうですね。」
「ああそうだな。掲示板には、明日の昼に依頼の説明って書いてあるから、今晩の予定には影響もないし、よかったら受付に行って会う段取りだけ付けてもらえよ。で、依頼者から詳しい内容を聞いた上で判断をすればいいさ。報酬の値上げ交渉もやってみな。冒険者としてやっていくなら、それも必要な経験さ。」
よほどタダ酒が呑めるのが嬉しいのか、いつになく上機嫌で親切なプシホダのアドバイスに従い、シバケンは受付に向かった。