001 ゴモ村に戻って
ゴモ村に着いたのは日暮れ前だった。
ギルドへの報告はアンブラ村で全て済ませてあるので、ターラとクレンペラーとはそのまま分かれた。
同じ村で冒険者をやっているのだから、これからいくらでもパーティを組む事があるだろう。
ターラは「またよろしくね」と、明るく手を振り“アンジュの顎”の支部に向かうシバケンを見送った。
それは別離という感慨も無く、ごくあっさりしたものだった。
シバケンはその足で支部へと向かう。
久しぶりの帰宅だった。
最初の依頼から、こう何日も家を空けた事はどう思われてたんだろうか?
と、シバケンは少し不安になっていたが、扉を開けると「お帰り」と何事もなく受け入れてくれた。
ちょっと拍子抜けはしたものの、荷物を部屋に置くと、すぐに土産を取り出した。
メルリーナは、自室にいるという。
少し緊張しながら、ノックをして入る。
「連絡もせずに家を空けてしまって、すいません。」
「ん?家を空けるなんてこれからもよくあるだろうから、気にするような事じゃないさ。それに、ギルドから連絡は入ってたから、アンブラ村での状況は聞いてるよ。無事に終わったみたいだな、ご苦労さま。」
メルリーナは机の書面から目を離し、シバケンの方を見上げる。
「これ。よかったら使って下さい。これからの季節に重宝するって、店の人に勧められて。」
「ああ、ハーブ入りの蜂蜜酒かい。わざわざお土産を買ってきたのかい。気を使わなくていいのに。でも、ありがとよ。」
「いえ、皆さんには言葉に出来ないぐらいお世話になってますから。お店の人が言うには、身体が暖まる上に、眠気も取れるんですって。それに、火炎瓶にもなるみたいですよ。」
「何だい、そりゃ。えらく物騒なお土産なんだね。」
メルリーナは笑いながら受け取った。
表情からはヒューモ達の事など感じさせず、前に会った時と変わらない様子だった。
珍しそうに瓶を取り上げる。
蓋を開け、鼻を近付けるとすぐに顔を顰めた。
「すごい匂いだね。アンブラ村にこんな物売ってるなんて知らなかったよ。ちょうど今晩、野外での張り込みの仕事を請けてるのがいたから、そいつに持たせてやるよ。シバケン、わざわざありがと。残りの3本も大切に使わせて貰うよ。」
「お役に立てて貰えるなら嬉しいです。よかったら買ったお店の場所も教えますね。お婆さんがひとりでやられてる小さなお店ですから、一緒に行った冒険者さんは何度もアンブラ村には来てるけど、気付かなかったって。」
「へえ、それじゃウチの奴らも知らないかもね。暇な時でいいから、地図でも書いてくれよ。」
「わかりました。あと、これがワイルさんへのお土産です。」
「ワイルにもかい?せっかくの報酬が土産代に消えちゃうんじゃないか。しかも、アンタ結構な酒好きらしいじゃないか。どうせ向こうでも呑んだんだろう?ちゃんと金残ってるんだろうね。」
メルリーナは、笑いながらシバケンが渡した包みを受け取る。
「ん、蜂蜜飴?懐かしい物を買ってきたんだね。確かミルク味のもあったような。えっ、中に入ってる。そうか。小さい頃にはなかなか食べられなくてね。羨ましそうに見てたのを思い出すよ。へぇ、懐かしいな。後でワイルに分けて貰おうかな。」
ワイルは買い出しに出払っていたので、メルリーナから後で渡してもらう事にした。
メルリーナにお願いするのも失礼かと思ったが、快く受け取ってくれた。
「ところで、プシホダさんは?」
「さあねえ。あの人はいつもフラフラしてるから。といっても、ウチで呑んでるか、外で呑んでるかの違いなんだけどね。まぁ、夜には帰ってくる筈だから、食事でもして待ってな。疲れてるだろうから、部屋まで運ばせるよ。」
食事と聞いて、急に空腹を覚えたシバケンは、帰り際厨房に顔を出した。
厨房の中では「すぐに部屋まで持って行きますね」と、中年の女性が忙しそうに立ち回っていた。
手伝える雰囲気では無かったので、「よろしくお願いします」とだけ言って、シバケンは部屋に戻った。
厨房から漂う、香辛料と肉の焼ける匂いが疲労で忘れていた空腹を、否が応にも思い出させた。
「おまたせ。今日のメニューは、イリスの香草焼きと野菜のスープだよ。香草焼きの方は生野菜と一緒にペイに包んで食べておくれ。」
ほどなくして、中年の女性が食事を運んできた。
ヤンナという名の女性で、ここの下働きをしているという。
ただ、既に家庭を持っているので、住み込みのワイルとは違い、通いで働いているという。
シバケンは初対面の挨拶をして、さっそく出された食事に目を落とす。
生野菜の上に、香ばしく焼かれたイリスの肉が豪快に盛られている。
ペイというのは初めてだが、タコスとかトルティーヤとかそんな感じの物らしい。
イリスの肉を手でほぐして、下に敷かれた野菜と一緒に巻いて食べるという。
試しに食べてみると、甘辛く味付けされた肉とカレーに似た刺激的な香草の香り、それに生野菜のシャキシャキした歯触りで、非常に美味しかった。
ヤンナはお喋り好きな女性らしく、シバケンが食べてるそばから「一度会いたかったんだよ」とか「戦争大変だったね」とか「最初の依頼から災難だったみたいだね」などとしきりに話しかけてきた。
さらに、その合間に「アタシの姉の嫁ぎ先はザルツベルの近くで」とか「食事と洗濯だけするから、汚れ物あったら遠慮なく言って」とか「この料理は母親の得意料理で」などと、のべつまくなしに話し掛けてきたので、ゆっくり食事は出来なかった。
だが、行きつけの食堂のおばちゃんを思い出させて、シバケンは懐かしく楽しい時間を過ごした。
ひとしきり話したあと、
「食事の邪魔しちゃ悪いね。おかわりが欲しけりゃ、厨房にまだ幾らかは残ってたから、遠慮なく声をかけておくれ。あと、ほかに何かわからない事があったら、いつでも聞いておくれよ。」
とヤンナは部屋を出て行った。
すごく良い人みたいだし、料理の腕も抜群だ。
皿一杯に盛られていた肉と野菜が、いつの間にかほとんど無くなった頃には、シバケンの瞼は重くなってきた。
さっきプシホダさんは夜には帰ってくると言ってたから、朝にはいるのかな、などと考えながら、シバケンはいつの間にか寝落ちしてしまった。
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました




