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037 アンブラ村を後にして

「まさか4本買うとは思わなかったなぁ。お酒も2本買ったし。」


 酒も2本で6,000ガンに負けてもらって、全部で16,000ガン。


「でも、ターラちゃんも結局1瓶買ってたね。」

「うん。気付けはあって困らないし、夜遅くまで身を隠して待機、なんて依頼もあるから、そんな時にも使えるかな、ってね。でも、盗賊ギルドへのお土産なら、最適だと思うよ。」

「ターラちゃんにそう言われると、自信が持てるよ。さて、次は蜂蜜のお菓子を買わないと、だけど、時間大丈夫かな?」

「平気よ。それより何買うかは決めてるの?」

「決めてはいないよ。宿の女将さんに蜂蜜を使った菓子屋って聞いただけで、何を買うかはお店行ってから決めるよ。」

「シバケンさんは、相変わらずだね。お店はここから近いの?」

「えーっと、この路地曲がってすぐみたいだけど。」


 路地を曲がると小さい店が軒を並べた商店街に出た。

 蜂蜜屋は、すぐ右手に見えた。

 店の前には見覚えのある顔があった。


「あっ、ララギルさん、おはようございます。」

「おっ、シバケンか。珍しいなこんな所で。」

「ゴモ村へのお土産に、蜂蜜を使ったお菓子を買いに来たんですよ。」

「そうなのか。ここの飴は美味いぞ。」

「ああ、このお店の飴なんだ。」

「ターラちゃん、知ってるの?」

「うん。前に宿の女将さんに一個貰った事あるんだ。ミルク味っぽいやつで。」

「おう、蜂蜜にミルクを混ぜた飴だな。美味いぞ。」

「へぇ、美味しそうだなぁ。でも、ララギルさんって甘党だったんですね。昨日みんなでマーズ亭で呑んでたんですけど、来なかったし。」

「ああ、昨日は顔も出せなくて悪かったな。あの戦いで毒液を吐いただろ、あれをすると口の中が爛れちまって、飴ぐらいしか口に入れられなくてな。で、いつもここの飴を買ってるんだ」


 ララギルのあの毒液には驚かされたが、非常に助けられた事をシバケンは思い出す。

 ララギルのおすすめだと言う、ミルク入りと、ノーマルの蜂蜜飴を15個ずつの計30個を1,200ガンで購入した。

 それとは別に、ターラと自分用に1つずつ買って舐めた。

 歪な形の素朴な蜂蜜の味が、重たい胃にはちょうどよかった。

 ターラは、ミルク入りの方を喜んで舐めている。


「そうか。もう村を出るのか。お前たち冒険者には助けられたな。そんなに遠くもないんだ、またこの村に来たら自警団の屯所に顔を出してくれよ。いつでも歓迎するぜ。」

「ありがとうございます。必ず顔を出しますね。ララギルさんもお元気で。」


 飴屋の前でララギルと別れて、シバケンとターラは再び2人並んで歩き出す。


「あの爬人の人、感じの良い人だったね。」

「ええ。昨日あの人が居なかったら、多分もっと大きな怪我をしてたよ。元冒険者って事で、新人の私なんかを気に掛けてくれたみたいだし。」

「どうりで自警団らしくないと思ったわ。」

「さて、私の用事は終わりましたから、クレンペラーさんの所に行きますか?」

「そだね。」


 ここからはランカの店は近い。

 ほどなく店の前まで来ると、クレンペラーは既に研ぎが終わったものと見えて、店先に腰をおろし冒険者と話をしていた所だった。

 昨日のマーズ亭にもいた、確かオイストラフとかいう名前だったか。

 そのオイストラフの横には、パーティと思われる2人と、オーク討伐の時に同じグループだったアシャンがいた。

 あまり話す機会はなかったが、自分たち前衛が戦い易かったのは、彼女の弓による的確な助勢のお陰だった。


「おお。ちょうどよかった。いまワシの研ぎが終わったところじゃ。買い物も全部済ませたか?それじゃ、そろそろ行こうかの。」


 シバケンとターラが歩いてくるのに気付いたクレンペラーは立ち上がった。


「昨日マーズ亭にも来ておったが、改めて紹介するぞ。この男はオイストラフ。アルゲリッチらと同じ3級の冒険者で、タランテラ市を中心に活動しておるパーティー“鋼の赤蛙”のリーダーだ。冒険者には珍しく《メトレルの憤怒》を遣うなかなか面白い奴じゃ。こっちの2人は魔法使いのラベルクと、索敵のキーシン。」

「おう。よろしくな。で、こっちの獣人は今回の依頼に盗賊ギルドの力が必要だったから、仲間に入ってもらったアシャンだ。」

「よろしくね。あなた達とは戦場では会ったけど、改めてだね。アタシはターラ。お爺さまと一緒にゴモ村を中心に活動してる。で、こちらはシバケンさん。今回の依頼サポートしてもらったの。」


 タランテラ市で、盗賊ギルド。

 シバケンの胸に引っかかる物を感じた。

 ターラが冒険者たちと話している隙に、シバケンはアシャンの元に歩み寄った。


「アシャンさん。昨日はありがとうございました。アシャンさん達後衛の方々のサポートがあったから、なんとかあの数の仔オークにも対応出来ました。」

「へへ。アタシの弓なんて大して役には立ってないよ。アンタ達前衛の頑張りだよ。で、何?そんな事を言うために寄って来たんじゃないでしょ。」

「ええ。隠せませんね。どう言い繕えば良いのかもわかりませんから、単刀直入に聞きますけど、あなたは“イヌゥの磔刑”ですか?」

「なんだよ。藪から棒に。アタシは“サーラの被衣”だよ。」


 サーラの被衣?

 聞いた事もないが、ヒューモ達の情報が少しでも分かるといいが、とシバケンは声をひそめる。


「“アンジュの顎”がギルドの評議会に任命される、とかって話聞いてないですか?」

「ちょっ、待ちな、あんたが何で知ってるんだよ。まだ公になってない情報だよ。」

「えっ、それじゃヒューモ様は無事にタランテラ市に着いたんですね。よかった。」

「ヒューモ様って、あんた“アンジュの顎”の新しい当主を知ってるのかい?何者なんだい?とはいえ、その様子だと、何も知らないみたいだね。」

「えっ、なんです?」

「あんたの方が詳しいんだろうけど、新しい当主のヒューモってのは、まだ小さいガキなんだろ?それが、やっちまったのさ。主だった評議会メンバーを手なずけ、無事に評議会入りしたのはいいけど。参謀役はよっぽど必死だったんだろうね。やり過ぎたのさ。」

「やり過ぎた?」

「ああ。ヒューモって新当主の参加を認める方向で、元々友好的だった“ナライアの鐘”を怒らせちまったのさ。彼らは派閥争いってのを嫌ってるから、ギルド内での三者の均衡を崩したく無かったのさ。今回の当主問題から“アンジュの顎”の力が弱まり均衡が崩れた。その隙を付こうとする“イヌゥの磔刑”に睨みを利かせていた“ナライアの鐘”。その力関係に、どんな手を使ったかは知らないけど、“アンジュの顎”が他の小勢力を取り込んで急速に巻き返しを図った。それが“ナライアの鐘”からすると、面白くは無かったんだろうね。出る杭は打たれるじゃないけど、ギルド内じゃ、今度は“イヌゥの磔刑”と“ナライアの鐘”がくっつきかねない、って噂さ。」


 何という事だろう。

 せっかく評議会に入れたというのに、それが裏目に出たというのだろうか。

 シバケンの表情を見て、アシャンは慰めるように言葉を続ける。


「関係者のあんたには悪い話だったかもしれないね。ただ、今言った事は、全部アタシがこの村に来てたからの伝聞でしかないからね。全てが本当の情報とは限らないから、気落ちしないようにな。」

「おーい、シバケンさん、行くよ。」


 ターラの声にシバケンは我に帰った。


「どうしたの?難しい顔して。今の人、オーク討伐の時に同じグループだった人でしょ。何かあったの?」

「いえ、そうじゃなくて、ゴモ村でお世話になってる“アンジュの顎”の事で。」

「悪い知らせか?」

「ええ。まだ情報が整理し切れてなくて、それにさっきのアシャンさんも伝聞情報だから、って。」

「なら、気にせずともよいではないか。悪い考えは際限の無いものだ。また、こちら以上に、当事者達は物事を考えておるものよ。」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものよ。まして“アンジュの顎”といえば影人の頭領だ。お主が心配せずとも、この状況を切り抜ける術は知っておるだろうに。」

「そうよ。仮にシバケンさんに心配してもらった所で、事態は好転なんてしないでしょ。」

「そんな、身も蓋もない。」

「かっかっかっ。だが、その通りよ。向こうからシバケンの力を貸して欲しいと思う時はきっと来る。それがいつかは分からないが、その時十二分に力を発揮し期待に応えるために、自分には何が出来るのかを考えておけ。それは決して、伝聞情報を聞いて心配する事ではあるまい。」

「、、、ええ。」

「シバケンよ。世話になった人なら、心配するのは当然の感情だ。だがな、相手は心配をされたい訳ではない。それより、今の自分には他にやる事はあるじゃろう。という事よ。」


 たしかに、あの“アンジュの顎”に今の自分が出来る事など何も無いだろう。

 この世界に転移して、まだまだ右も左も分からない今の状態から、一日でも早く抜け出す事の方が先決か。

 千里の道も一歩から。

 ヒューモを助けたい、なんて格好の良い事を言う前に、まずは自分の足元を固めないと。

 いまいち現実的でない先の大きな目標に目を向け、身近な問題の解決を先延ばしにする、という昔からの悪いクセだ。

 まずは一冒険者として、独り立ちが出来るよう、やるだけだ。

 シバケンは、グッと唇を噛む。


「そうですね。私には私のやるべきことがありますね。」

「顔つきがちょっと変わったな。」

「えっ。お爺さま、ホント?わたしには分からないなぁ。」

「僅かじゃが、たしかに変わっておるよ。覚悟が出来たんじゃろ。」

「そうかなぁ。」

「さあさあ、私の事はいいですから、早くゴモ村まで帰りましょう。日が暮れちゃいますよ」


 そう言うとシバケンはクレンペラー達の荷物を預かり、歩き出す。

 クレンペラーとターラは頼もしそうな表情でその姿を追い、すぐに肩を並べて歩き出した。

2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

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