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034 『マーズ亭』にて①

 昼過ぎ、オーク討伐に参加した冒険者全員に加え、自警団と領主の私兵の一部が村に帰ってきた。

 砂埃と血と汗で汚れた彼らの帰還を、ハセとランカとシバケンは『マーズ亭』のテラス席で迎えた。

 その時の3人は、お湯で身体の汚れを落とし、服を着替え、シバケンに至っては、ランカが村の自慢だとしきりに薦める蜂蜜酒に舌鼓を打っていたところだった。

 ハセは酒には口をつけず、シバケンとランカの2人が何度も遠慮したのだが、支払いは自分が持つと言って聞かなかった。


「ズルいよ。シバケンさん。」


 帰ってくるなりターラが駆け寄って来た。

 横にはクレンペラーと、アルゲリッチとヌブーがいた。


「カルナックって人、命に別条は無かったみたいだね。シバケンさん、お手柄だったよ。」

「そんな。私だけの力じゃ無いですよ。それにしても、誰も亡くならなくて、本当に良かったです。」

「今はまだ医者のところ?」

「はい。明日には目が覚めるだろうから、それまで安静にって。だから、カルナックさんの邪魔をしないように、3人でこうして出て来たんです。」

「嘘つきなよ。お酒が飲みたかったんでしょ?」

「シバケン、それ蜂蜜酒かい?いい物飲んでるじゃないか。」


 アルゲリッチは、止める間も無くシバケンのグラスを一息で飲み干した。


「おぉ。久しぶりだけど、やっぱり旨いな。すぐに身体流してくるから、それまでに、適当に食べる物注文しておいてくれよ。」

「ちょっと、アルゲリッチさん。待ってよ。」


 騒々しく4人はそのまま湯屋の方へ向かっていった。


「騒がしくてすいません。」

「いや、構わないさ。彼女らも恩人だもの。今こうやって話をしていられるのも、彼女らの力があったからこそだ。みんな相当な実力者だな。」

「ええ。ボクも何度も助けられましたし。特にあのアルゲリッチさんの作戦がなかったら、私たちのグループは危なかったかも知れませね。」

「仔オークの中に飛び込んで戦場を撹乱する、って、あの大きな女冒険者の作戦なんだってな。隣の魔術師のサポートも的確で、成体のオーク討伐に専念が出来たって事後会議の時に評判だったぞ。それに、あのクレンペラーって冒険者、4級なんだって?あれだけの腕前なんて、我々の騎士団にもほんの一握りだ。実力だけなら2級冒険者ぐらいとなら何ら遜色ないだろうに。それほど凄腕の御仁よ。『緑毛』なんて化け物の出現なんて災厄があるかと思うと、凄腕の冒険者が顔を揃えるなんて僥倖もあるし。世の中は分からないな。みなウトゥーギ神の思し召しなんだろう。」


 ウトゥーギ神とは、この国、ミモナ皇国で一番信仰されている神様だという。

 討伐に参加したジャーモン助祭も、ウトゥーギ神に仕えている。

 信仰はデリケートな問題を多く含んでいるので、この世界の宗教観も早いうちに理解しておく必要があるだろう、とシバケンは気にしている。


「彼女たちが帰ってきたというのなら、私たちの仲間も戻って来てるだろう。オレは仲間の元に戻るから、シバケンたちは気にせず飲んでくれ。彼女らの分も、今日はオレが奢るから。」

「いや、そんな。」

「おいおい、またさっきの続きをやるのかい?今日の皆の働きに比べたら、酒代なんて気にする程の事はないさ。存分にやってくれ。」


 そう言うと、ハセはカウンターへ行き店主と二言三言話をしてから店を出ていった。

 その後ろ姿に、店主は何度も頭を下げていた。


「アルゲリッチさんに呑まれちまったから、もう一杯いくかい?それとも、濁り酒にするかい?」

「あっ、蜂蜜酒頂きます。あと、お酒のアテなんですけど、昨日ギャパンの串焼きときのこスープが美味しかったから、それを。」

「おっ、なかなか良い選択だな。昨日食べたのは、あとはサラダとパンだけ?なんだ、川魚の蒸し焼きは食べてないのか?」

「ええ。ギャパンの串焼きは、塊のお肉と薄切りのお肉の2種類があって。」

「そんな事はいいんだよ。川魚の蒸し焼きはここの親父の得意料理だぞ。よし。それじゃ今日の注文は任せろ。」


 そう言ってランカはカウンターまで歩いていった。

 自分のお気に入りの店を自慢したい気持ちはシバケンにもよくわかった。

 ここは気持ちよくランカのおすすめを楽しむ事にしよう。

 それにしても、異世界に飛ばされて、ガイエンとヒューモに出会い、“アンジュの顎”で一夜を過ごし、冒険者に登録したと思ったら、クレンペラーとターラの依頼を引き受け、そしてオーク退治に駆り出される。

 よく生き残ったものだと思う。

 と、同時に、沢山のいい出会いに恵まれたと思う。

 新しく運ばれて来た蜂蜜酒を口に運びながら、シバケンはしみじみ自分の運の良さに感謝する。


「そういえば、この店で鬼蜂は食べられるんですか?」

「ん?頼んでねぇな。何だ?好きなのか?」

「いえ、ただこの村に来たそもそものきっかけが、シャサの花の採取と、鬼蜂の駆除でしたから。」

「そうだったのか。それがあのオーク討伐にかわるとは、シバケンには災難だったな。よし、それじゃ鬼蜂も退治しなきゃならねぇな。幼虫と成虫のどっちがいい?オレも付き合うぜ。」

「成虫の方を。」

「よしきた。」


 クレンペラーとの依頼の時に食べた、食感がフワトロのエビ味を思い出した。

 きっと、この白ワインに似た蜂蜜酒には合うのだろう。


「ほら、焼けて来たぞ。」


 1本に2匹ずつ鬼蜂が刺さった串を両手に持って、すぐにランカは戻ってきた。

 香ばしい香りが鼻をつく。


「お待たせー」


 と、ちょうどターラ達が戻ってきた。


「おっ、ちょうど焼けてきたところみたいだな。まずは蜂蜜酒を3杯頼むよ。ターラはどうする?」

「うん、アタシは麦酒でいいよ。シバケンさん、何頼んでくれた?」

「地元の人におすすめを聞くのがいいと思って、こちらのランカさんに注文をお願いしました。自警団で一緒に戦ってくれたランカさんです。」

「ランカだ。今回は本当にありがとよ。俺が言うのもおこがましいが、村を代表して礼を言うぜ。俺たち自警団と、領主の私兵様たちだけじゃ、こうもスグには解決出来なかっただろう。今日はゆっくり楽しんでってくれ。何を頼んだかは、来てからのお楽しみさ。絶対後悔はさせないぜ。」

「へぇ、そりゃ楽しみだね。あたしら冒険者はギャパンの串焼きと、あとはターラが好きなきのこスープぐらいしか頼まないからね。」

「それは、シバケンから聞いたよ。だから、今日はこの村の名物を色々味わって貰おうと思ってよ。何たって、村を救った英雄さんだから。」

「やめてよ。そんな事言うの。ランカさん達自警団もよく頑張ったじゃないの。」

「そうだよ。ウチのグループにいた、ピッティング。最初は緊張してたみたいだけど、最後は自分から仲間に指示出したりして、まだ若いのに大したもんだよ。なぁ、ヌブー?」

「そうだね。アルゲリッチが調子に乗ってオークに襲い掛かったりしてる時なんか、彼があのグループを指揮してたわね。立派なリーダーぶりだったよ。」

「へへっ、そうかい。ピッティングも青年団のリーダーとして、しっかりやれたみたいだな。このアンブラ村自警団も安泰だ。」


 ランカは「アンブラ村自警団、万歳!」と言うと、嬉しそうに一息に蜂蜜酒を煽る。

 それに合わせて、アルゲリッチとクレンペラー、シバケンの3人も蜂蜜酒を飲み干した。

 ターラも麦酒でそれに付き合うと、思い出したかのようにヌブーの顔を見る。


「そういえば、ヌブーさん、この依頼の報酬について何か聞いてる?」

「報酬?たしか、アンブラ村から冒険者ギルドに支払われる褒賞とは別に、『緑毛』だって判明してからはヴァーリントを通じて領主様から特別褒賞が出るみたいだね。額までは分からないし、それをギルドが我々にどう分配するかまでは何も聞かされてないけどね。」

「そっか。ヌブーさんでも聞いてないか。でもお爺さまの言った事は間違ってなかったみたいね。」

「当たり前じゃ。ワシが根も葉もない事でギルマスに悪態をつくものか。」


 報酬の事はすっかり忘れていた。

 クレンペラーとターラとのシャサの花採取の依頼は、追加報酬込みで22,500ガンだったが、オーク討伐はまた別に支払われるのだろう。

 せっかく買った兜も、仔オークの一撃で歪んでしまい使い物にならなくなってしまった。

 贅沢を言う訳ではないが、装備の見直しの必要性も感じていたので、お金はあって困る事はない。

 シバケンは、2人の会話に聞き入った。

2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

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