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033 アンブラ村に戻って

 休む事無く山を下り、空が白んでくる頃には、一行は無事にアンブラ村まで帰って来ることが出来た。


 最初こそは痛みに呻き声をあげていたカルナックも、次第に規則正しい息遣いとなり、村に着いた時には寝息に変わっていた。

 同行したハセの険しかった顔も、村に近づくにつれて穏やかになっていった。

 村に帰ってからはランカが道案内となり、医者の扉を開けた。

 すぐさま医者を叩き起こし、カルナックを慎重に荷車から寝台へと移す。

 医者は治療に取り掛かろうとするが、それには大量の浄水と薬がいるという。

 浄水の方はそれを見越して、先にジャーモンが教会で用意している筈である。

 シバケンは再び荷車を牽いて、急ぎ教会へと向かった。

 薬の方は薬屋を何件かハシゴするか、それでも足りなければ自警団の備蓄や冒険者ギルドに直接買い付けに行くと言ってランカは飛び出していった。

 シバケンが教会まで着くと、既に水瓶は用意されており、下働きの老人に手伝ってもらって荷車に載せ荒縄で固定した。


「引き続き浄水を精製してるから、足りなくなったらまた来なさい。」


 と、ジャーモンはチラリと顔を見せると、すぐに作業に戻っていった。

 すっかり自警団の顔から、助祭の顔に変わっていた。


 休む間もなくシバケンは荷車を牽いて医者の元へ戻ると、助手の力を借りて水瓶を下ろした。

 「これだけあればおそらく足りるだろう」とは言われたが、その医者の厳しい表情から事の深刻さは充分に感じられた。

 医者は3人の助手に次々に指示を与え、3人はそれぞれ無駄のない動きで治療にあたった。

 ハセはただ不安そうな顔を浮かべたまま、診療所の前でじっと腰を下ろしていた。


 シバケンは少し座を外し、教会に行く途中で目に付いた屋台に向かった。

 そこで、何という植物かは知らないが心を落ち着かせるというハーブティと、一口サイズの揚げドーナツのような物を何種類か買った。


 ハセは相変わらずの姿勢のまま、診察室をじっと見つめていた。

 シバケンはその隣の椅子に腰を降ろし、ハーブティーを差し出した。


「お口に合うかわかりませんけど。よかったらハーブティーをどうぞ。あと、夜通しの活躍で、お腹も空いてませんか?こんなものしか見つかりませんでしたけど、村の子供達がこぞって買ってましたから、たぶん美味しいと思いますよ。」


 ハセはビックリしたようにシバケンの顔を見て、それから「ありがとう」と言ってハーブティーに口をつけた。


「アカナベだね。」


 誰に言うでもなく、ハセは言葉を漏らした。


「私の妻になる女性が好きな花なんだ。」


 今度は間違いなくシバケンに向けて話し掛けている。


「婚約者ですか?」

「ああ。この任務が終わったら、カルナック殿のお嬢様と結婚する予定なのに」


 隊長のヴァーリントが、カルナックの娘が結婚を控えていると言っていたが、その相手がハセだったとは。

 汚れた服装と、疲れた顔はしているが、改めて見ると貴公子然とした凛々しい男振りだった。

 さぞかし、自慢の義息になるだろう。

 それなのに、まさかここでカルナックに万が一の事があっては、、、

 先程までの悲痛な表情も、痛いほど理解が出来た。


「シバケン、まさかあそこからこの村まで、こんなに早く戻って来られるとは思わなかったよ。しかも、ほとんどカルナック殿に負担を掛けた様子も無かったようだな。本当にありがとう。礼が遅れたのは、申し訳ない。」

「いえ。カルナックさんを運べたのは、《牽引》ってスキルのおかげだと思いますよ。」

「《牽引》か。あんまり聞かないスキルだな。あとは、、、医者の治療とカルナック殿の体力を信じて、祈るだけだな。」

「いま、一緒に帰って来た自警団のランカが、この村中の傷薬をかき集めてますから、そんな弱気なこと言わずに、きっと良くなりますよ」

「ああ。そうだな。」


 ハセは、苦しそうに無理矢理笑みを浮かべる。


「どうぞ、これでも召し上がって下さいよ。」


 と言って、シバケンはドーナツを差し出し、自分も一つ口に放り込んだ。

 うっすら甘いドーナツ生地にナッツが練り込まれ、中からは蜂蜜が溢れて来た。

 美味いが、驚くほど甘い。

 あまりの甘さにハーブティーを口に流し込む。

 シバケンのその表情を見て、ハセは今度は自然な笑みを浮かべる。


「まさかこの歳になって、ポゥ玉を食べる事になるとはな。」


 と言って、ハセも一つ摘んで口に入れた。


「ふふっ、たしかにこれは甘いな。ナッツとドライフルーツだけのは無いか?」

「さぁ、屋台の店主に適当に入れて貰いましたから。色々種類がありましたけど、どんな種類があるのかまでは。」


 シバケンはもう一つ口に入れた。


「あっ、これは美味しいです。中は花のジャムですね。」

「ほぅ、それは美味しそうだな。私ももう一つ貰おうかな。」


 ハセが口に入れたポゥ玉は、念願のナッツとドライフルーツだけの物だったらしい。

 「おお、これだこれだ」と言って、ハセの顔から険しさが消えていった。


「それにしても、お前は私達の事は全く知らないみたいだな。」

「えっ?領主様の私兵という事ぐらいしか。何か失礼があったら、お詫びをしますが、、、」

「いや、いい。気にするな。無礼も何も、お前には感謝しかない。シバケンはこの村の冒険者か?」

「いえ、違います。ゴモ村です。」


 と言って、冒険者に登録してすぐに、クレンペラーと共にこの村にやって来た事を話した。

 ガイエンたち“アンジュの顎”の事は、差し障りがあるといけないので話はしなかった。


「登録した初日にこのような災難に出くわすとは、とんだ目に遭ったものだな。だが、冒険者としては逆に強運かもしれんな。初任務でオーク討伐の経歴が付くとは、前代未聞だろうに。しかも、それが『緑毛』とはな。」

「そんな、面白がらないで下さいよ。」


 ハセの心の強張りも、次第に溶けてきたようだった。

 シバケンと取り止めのない話をして、いつ終わるかもしれない時間の経過を紛らわしていた。

 医者が診察室から出て来た時には、ハセは取り乱す事なく、冷静にその話に耳を傾けていた。

 つまるところ、カルナックは危機を脱したという。

 もちろん今日、明日に動けるようになる訳ではないが、命に関わる心配はないとの事だった。


「シバケン、お前のおかげだ。」


 ハセは誰憚る事なく、大粒の涙を流してシバケンの手を固く握り締めた。

2023.5.4 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

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