031 夜襲③
「『緑毛』のスキルに間違いはなかろう。ここのオーク共め、今までの戦ってきたのとは比べものにならないしぶとさじゃ。」
「ええ、《鼓舞》か《連帯》か知らねぇけど、『緑毛』のヤロウ厄介なスキル持ってそうですね。現役退いた身にゃ堪えますよ。」
「何を言うか、ワシらこそ4級の冒険者だぞ。このような依頼は荷が重いわ。依頼の難易度設定ミスは、ギルド側に責任を取ってもらえるんだろうな?」
「クレンペラーの旦那、キツい冗談は止めて下さいよ。そう言いながら、息切れ一つしてねぇじゃないですか。逆に、そんな腕前ならもうちょっと難易度の高い依頼引き受けてもらわないと。高ランクの依頼は引き受け手が少なくてギルドとして困ってるんですから。」
「ふん。どんな依頼を受けるかまで、ギルドに義理立てする筋合いはあるまい。まして、今回のように、危険と報酬が釣り合っておらぬ依頼など片腹痛いわ。」
「二人とも止めなさい、こんな時に何言い争ってるのよ。お爺さまも、ギルドにはお世話になってるんだから。ギルマスさんにそんな言い方しなくても。」
「ふん。何が世話なものか。ターラよ、お前はこの件の報酬の事は聞いておるか?」
「報酬?何も聞いてないけど。でも、今回の金主はアンブラ村だろうから、こんな『緑毛』みたいな化け物退治に相応しいまでの報酬は貰えないんじゃないかしら。」
「それでは、やはり領主様からギルドへ褒美が出る、という話は聞いておらんようだな。」
「えっ。そんな話聞いてないよ!」
「ほれみい。だから、ギルドなど最初から信用すべきじゃないのだ。あのヴァーリントという男から、ギルドに対してオーク退治の謝礼が支払われるそうじゃ。のう、アナナキ。違うとは言わせんぞ。」
「クレンペラーの旦那、あんまり責めないで下さいよ。ターラ嬢様からも、何か言ってやって下さいよ。」
「何よ、ターラ嬢様って。気持ちが悪い。」
「ふん。許してやれ、こやつは昔レントで冒険者をしておったのじゃ。」
「えっ!?それじゃ、、、」
「昔を知っておるんじゃよ。ワシも前から何となく見覚えがあるとは思っていたが、今回の件でそれとわかったわ。」
「オレは当時一介の冒険者で、かたやクレンペラーの旦那は衛士様でしたからね。お近付きにはなりませんでしたけど、旦那の武名は轟いてましたよ。こっちは羨望の眼差しってやつでしたね。」
「何を馬鹿な事を。お役目に忠実だっただけだ。」
「へぇ。そんな昔のお爺さまを知ってるんだ。アナナキさんだっけ?後でゆっくり話を聞かせてもらおうかしら。」
「ターラ、やめんか。昔の話なんて、ごめんだ。」
「ホントだよ。あんたらさっきからぺちゃくちゃ喋りながら、よくこんな強化されたオークの相手が出来るもんだ。こちとら、初めてのオーク退治だってのに、こんな貧乏くじ引かされて、必死なのによ。」
顔見知りの冒険者パーティが話し掛けてきた。
前衛の髭面の男はすでにベテランという雰囲気だが、意外にもオークは初めてだという。
名はオイストラフという。
「『緑毛』の影響かは知らぬが、スピードが少し早くなり、タフになっただけで、動きが単調なことに変わりはないわ。頑丈な体だから厄介なだけで、大振りの攻撃を狙わずに、焦らず少しずつ攻撃を当てるだけの単調な作業じゃ。」
「そういうもんかよ。オレの性には合わないな。」
「新しく、1匹そっちに行くから、気を付けなさいよ。もう1匹はこちらが引き受けたから。」
パーティの魔法使いは、子供かと思われるほど、背が低く華奢な体つきだったが、フードの中の顔は老婆のものだった。
杖を振り翳すと、一閃の光が迫りくるオークの身体を貫く。
貫いた光は、そのまま大きく弧を描きながらオークの周囲を旋回した。
《光の捕縛》
光の軌跡が、だんだんオークの身体に近づいていくと、そのまま絡めとった。
なおも、光は収縮を止めず、オークの身体を締め上げる。
「ガァァァァ」
光に触れたところが焼け爛れ、オークの絶叫が響く。
「今です、矢を」
控えていた長身の男が、すかさずオーク目掛けて矢を射掛ける。
矢は一直線にオークの右肩を射抜く。
他の1匹の方は、1番近くにいたアナナキに向かってくる。
アナナキは持っていた長剣を横に薙いだ。
鋭い一撃は受けようと出したオークの盾を弾き飛ばし、すかさずアナナキはガラ空きになったオークの懐を目掛けて、袈裟懸けに斬り下げる。
仰反るオークの喉元に、ターラは矢を放つ。
オークは喉に刺さった矢を引き抜くと猛り狂い、咆哮と共に猛然とアナナキ目掛け突進する。
アナナキは低く身構え、オークの突進に備えるが、オークの踏み出したアキレス腱のあたりを、クレンペラーが削ぎ落とした。
そのままつんのめるようにして、轟音をたててオークは地面に倒れ込む。
「オイストラフ。今じゃ。」
オイストラフの方も、クレンペラーから声を掛けられる前から動いていた。
長剣を振り上げ、身体全体を弓なりに反らせたかと思うと、その反動で凄まじいスピードで長剣を振り下ろす。
振り下ろした長剣がオークの頭蓋骨に食い込む。
四肢を痙攣させた後、オークは沈黙した。
「見事な腕だ。しかし《メトレルの忿怒》を使う冒険者とは珍しいの。」
クレンペラーはオイストラフに話し掛ける。
《メトレルの忿怒》は、苛烈な稽古で知られる豪剣の流派だ。
その苛烈さゆえ、一人前の腕前になる前に命を落とす者も少なくないという。
右肩を射抜かれた手負いのオークの方は、光の捕縛を解かれ荒れ狂っている。
アナナキはその真正面に立ち、掴みかかってくる左手腕を避けると、そのまま懐に飛び込む。
長剣をオークの腹部に突き立てる。
口から大量の血を吐き、オークは動かなくなった。
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました