030 夜襲②
頭の上で自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「、、、シバケン!」
さっきから何度も自分を呼ぶ音が耳の奥に響いて来る。
ハッと意識を戻し、慌てて身体を起こそうとする。
「あっ、身体はそのままでいいよ。よかった。ララギルさん、気付いたみたいだよ」
「わかった、一旦引くぞ。ランカとヤッツで、シバケンを運んでやってくれ。」
「でも、それじゃあ、ララギルさんはどうするんだよ?」
「オレのことは気にするな。少しの間なら持ち堪えられる。仔オークの注意を集めてるから、気にせずに退がれ。だか、ジャーモンさんに回復してもらったら、2人はすぐに戻ってきてくれよ。シバケンは無理するな。」
「わかった。ララギルさん、すぐ戻るから、堪えてくれよ。シバケンさん、二人で抱えるから、ちょっと乱暴だけど、行くよ。」
シバケンを抱えるように3人が退くのを横目に見ると、ララギルは目を大きく見開いた。
と、口から粘性のある液体を放出した。
周囲の仔オークに降り掛かる。
液体のついた箇所が、シュウシュウと焼けるように爛れる。
爬人特有の攻撃で、口から強酸性の唾液を放出したのだ。
ギャーと悲鳴をあげる仔オーク目掛け、的確に矢が打ち込まれる。
ララギルの周囲の仔オークが一斉に倒れ、それを見ていた仔オークが怯む。
シバケンを抱えた二人の元に、ミナとジャーモンは急いで駆け寄る。
「すいません。一瞬気が遠くなっただけで、怪我はないと思います。早く戻らないと、ララギルさんが。」
「シバケン、落ち着きなさい。ララギルの事は気にせず、まずは頭を見せて。」
「オレは戻るぞ。ヤッツは腕の傷治してもらえよ。」
「ランカさん、ちょっと待って。もう一度魔法かけておくわ。」
気付くとヤッツは左手から血を流していた。
ジャーモンはぶつぶつと呟きながら、掌をシバケンの頭に当てる。
ほのかにその周りが光を発する。
ぼんやりとした頭の中の霧が晴れたような爽快感があった。
「もういいでしょう。ご自身で言うように、あまり深傷ではなかったようですね。でも、無理は禁物ですよ。こちらから見てもあの一撃は危なかった。気を付けて下さいね。」
「シバケンさん、ゆっくり休憩はさせられないけど。」
「ええ。ご心配お掛けしました。大丈夫です。それじゃ、ララギルさんのところに戻りますね。」
「シバケンさん。オレも後からすぐ行くから、先に行っといてくれよ。」
「ええ。ヤッツさんありがとうございました。それじゃ、先にあっちに行ってますね」
ミナから再度《風の護り》をかけてもらい、シバケンは戦場を目掛けて駆け出した。
興奮のためだろう、気が昂って、痛みも疲れもさほど感じていなかった。
さっきは数に押され、狙おうとする足元ばかり見ていたため、頭の上からの攻撃に全く意識がいっていなかった。
ヤッツ達が助けてくれなかったら、命は無かっただろう。
しかし、不思議と恐怖は感じていなかった。
むしろ、困難に立ち向かう気持ちの昂りの方が強かった。
懐から痺れ薬の瓶を取り出し、金棒のL字になった鉤爪にたっぷりと塗る。
どれだけ効くのかわからない。
が、やって損はないだろう。
ララギルとランカの元に駆けつける。
さすがのララギルも動きにキレがなくなってきている。
「シバケン。もういいのか?」
「はい。ご心配お掛けしました。もう大丈夫です。」
襲いかかる仔オークの太腿に金棒の先端を突き刺す。
すかさず抜き取り、ほかの仔オークの肩口に叩き込む。
やられた仔オークが、立ち止まって不思議そうに傷口をみる。
ん?どうしたんだ?
痺れ薬が効いているのだろうか?
続々と周りから仔オークが襲いかかってくるので、効いているのかどうかも確認出来ないまま、ただがむしゃらに金棒の先端を振り下ろしていった。
「シバケンさん、終わったよ。ここら辺のは片付けたみたい。やっと中盤戦ってとこだけど、ちょっと休憩だね。」
しばらくしてから、ヤッツの明るい声に、やっと現実感が戻ってきた。
ララギルとランカも駆け寄ってくる。
「シバケン、大丈夫だったか?」
「ララギルさん、おかげさまで。足を引っ張っちゃってすいません。」
「そんな事ないさ。逆に、今何をしたのか聞きたいぐらいだ。」
「えっ?」
「気付かなかったのか?お前が殴った後の仔オークが、急に大人しくなったんだよ。そう思ったら、殴られた仔オークの周りの仔オークが、そいつの方に向かって共食いを始めたんだ。」
「何で?」
「それをオレが知りたいんだ。そっちに気を取られてる隙に、奴らを仕留める事が出来た。」
「痺れ薬、、、かな?」
「ん?どういう事だ?」
これです。といって痺れ薬の瓶を出す。
「これはウチのカカァが」とランカが言ったところを見ると、あの武具屋はランカの店だったのだろう。
これこれ、と事情を話すと、ランカとララギルの2人は不思議そうに首を捻った。
「ウチのは特別な調合なんてしてねぇよ。ナンゾ草の根とバイナル茸の粉末、あとは鬼蜂の毒を混ぜたもんだ。」
「聞く限り、ごく普通だな。痺れ薬にオークを狂わせる効果があるなんて、聞いた事ないけどな。それに、これは痺れ薬といっても、野鼠とかの小動物用で、魔物相手に使うもんじゃないから、誰も気付かなかったのかなぁ?」
知らなかった。
魔物用の痺れ薬ではなかったのか。
知らない事とはいいながら、変な話になってきた。
とはいえ、あんまりのんびりもしていられない。
「皆んな見てよ。オークもだいぶ討伐されてるみたいだよ。それに、アルゲリッチさんがスゴイよ。中央付近の仔オークを一手に引き受けてる。」
ヤッツは目を輝かせて見ている。
「ホントだ。アルゲリッチさんとヌブーさんが加わってくれなかったら、仔オーク部隊は危なかったかもしれませんね。」
「ああ。だけど、肝心の『緑毛』はまだ討伐されてないみたいだな。」
「、、、すごい戦いですね。」
「初めてかい?冒険者になって日が浅いから無理も無いか。ああいう戦いを見て、オレは冒険者諦めたってのもあるな。オレも4級までいってたんだけど、そこから上はどうしても行けなかった。せいぜい3級の補佐程度の仕事しか無理だったよ」
「それは?」
「一言で言えば、易きに流れたんだな。どうしてもやり易い依頼に目がいくし、小銭が懐にあれば依頼は二の次になっちまう。シバケンも、これから冒険者になるんだったら、努力を怠らずにランクを上げるのも一つだし、自分の出来る事をコツコツ地道にこなすってのも有りだ。もちろんのんびり気の向くままの冒険者稼業ってのもな。人それぞれのやり方ってのがあるのさ。そういう意味では、アルゲリッチさん達と知り合えたってのは財産だよ。しっかり生き様を見ておきな」
「ララギルさん、珍しいね。オレそんな話初めて聞いたかも。」
「ヤッツにはピッティングさんっていう目標もあるし、村を守る使命も持ってる。それで充分だよ。オレみたいな冒険者崩れの思い出話なんて、酒の上の座興にしかならないよ。」
「酒かぁ。帰って早く一杯やりてぇよ。」
唐突なランカの呟きに、4人の顔に笑顔が浮かぶ。
「さぁて、そろそろ行くか。」
「はい。」
「痺れ薬、よかったらオレの剣用に貰っていいか?」
「オレのもいいかな。ランカさんにも、付けようよ。」
瓶を皆で使い回し、すっかり空になった。
効果があるかないかも定かでない痺れ薬を、皆で使い回すという、ただそれだけなのにより強固な一体感が感じられた。
「オークも順調に減っている。勢いはこっちにある。行くぞっ!」
4人が一気に飛び出した。
2022.10.30 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました