029 夜襲①
デュプレ丘に着いた。
背の高い草が多く生え、身を隠す場所にも事欠かなかった。
風下であったので、血生臭い匂いが辺り一面に漂っていた。
シバケンは、人の肩越しではあるがオークの様子を覗くことが出来た。
ゴブリンの腹を裂き、まずはそれを成体が食べる。
次に首を切り落として頭部は成体が食べ、残った部位に仔オークが群がっている。
オークは話に聞いていた通り、豚と猪が混ざったような二足歩行の化け物だった。
身体は大人の男性より二回りほど大きそうに見えた。
集落の中心に火が焚かれ、その脇にひときわ目立つオークがいた。
あれが『緑毛』か。
手には戦斧を持ち、周りを睥睨している。
火に照らされた具合で黒かったり緑色に見えたりする、一種異様な風体である。
多くのオークは既に眠っているが、まだ食事を続けているグループもあり、肝心の『緑毛』も寝るような雰囲気ではなかった。
「あの様子だと、寝そうに無いね。この距離では魔法は届かないだろうし、風下だから眠り草を焚いたりも出来ないな。さぁ、隊長さんはどうするかね。」
アルゲリッチは人に聞かせるでもなく呟いた。
その声には嬉しさを滲ませているようにも感じられた。
「さぁみんな、あとはヴァーリント隊長が声を掛けるタイミングだけだからね。充分に気を引き締めておきなよ。」
低い声で叱咤する。
皆は声を出さずに頷く。
行軍中は緊張を忘れるように殊更明るく振る舞っていたが、皆の顔に緊張が色濃く現れている。
武器を握る手に汗が滲む。
ヴァーリントはまだ動かない。
そのままの状態で40分ほど待機していると、数匹のオークが口から何かを吐き出し始めた。
「ヤツら、産み始めたよ。」
流石のアルゲリッチも緊張した声を出す。
そのオーク達に誘われるように、次々とオークが仔を産み始めた。
「隊長っ!」
出撃を促す声が向こうの方から聞こえてきた。
「仔を産んだ直後のオークは弱っている。まずそいつらを狙え。行くぞ!!」
少しでもオークを弱らせるめ、仔を産むタイミングを見計らっていたのだろうか。
生まれたての仔も弱いといいんだが、今ので少なくとも30匹ぐらいは増えたような気がする。
「こっちも行くよ。遅れるな!」
鬨の声と共に丘を駆け下りる。
近くに自分のグループがいるのを確認しつつ、ミナに従って左の草叢に身を隠す。
素早く遠距離攻撃の4名を配置し、回復担当のジャーモンは一番後方に控える。
シバケン、ララギル、ヤッツ、ランカの前衛4名は、仔オークの動きを注視する。
《風の護り》
身体に場違いな涼風が吹く。
「これは?」
「相手の攻撃を防いでくれるわ。でも、過信はしないでね。」
「ミナ姉、ありがと。」
「私も後ろにさがって、みんなの援護するから、これからはララギルの指示に従ってね。ララギル、頼むわよ。」
「ああ、任せといてくれ。」
東方面が騒がしくなった。
ついに仔オーク部隊と衝突したようだった。
「こっちも、行くぞ。」
ララギルに付いて、戦場にむかう。
むかう先には、寝込みを襲われて慌てている仔オークの集団があった。
先頭を行くララギルの剣が、仔オークの首を刎ねる。
仔オークがこちらに気付く。
後方から矢が放たれ、オークの太腿に突き刺さる。
致命傷にはならないが、怯ませるだけの効果はあった。
「深入りはするなよ!」
そう言いながら、ララギルは長剣で仔オークの胸を貫く。
ランカも重そうな剣を振り下ろし、斬るというより仔オークの肩口を断ち切った。
ヤッツは仔オークを袈裟懸けに斬りつけるが、皮が硬くて刃は深く届かない。
それを見たララギルは、すかさずフォローに入ろうとする。
「ララギルさん、助かった。こんなに硬いなんて思わなかったよ。」
「一撃で仕留めようと考えるな。シバケンを見てみろ。お前もああやればいい。」
シバケンは仔オークの脛を目掛けて、金棒を振り下ろす。
弁慶の泣きどころ、というやつだ。
オークもここは痛いらしい。
金棒に太い骨の感触が伝わると、仔オークは明らかに怯み蹲る。
そこへ、金棒のL型に曲がった方の先端を向け、側頭部目掛けて振り下ろす。
「グェッ」という呻き声と共に、幾たびか痙攣して仔オークは動きを止める。
感傷に浸る暇もなく、次の仔オークが襲い掛かる。
迫り来る3匹の脛を続け様に打つ。
金棒を持ちかえて、側頭部を殴りつける。
その間、ヤッツが一匹を仕留める。
「シバケンさん、変な武器だと思ったけど、戦い慣れてるね。」
慣れてなどいない。ただ、必死なだけだ。
現に、シバケンは返事をする余裕もなく、顔を見て頷くぐらいで精一杯だった。
だが、4人の前衛は着実に周りの仔オークを仕留めていった。
「あっちに行くぞ。」
声の方を見ると、すぐ先にオーク討伐部隊がオーク成体と交戦中だった。
周りには仔オークが群がっている。
ララギルは先頭となって、手前の仔オークへ襲い掛かる。
後ろからの攻撃に、仔オークの注意がこちらに向く。
と同時に、仔オークの殺意が一斉にこちらへ押し寄せる。
さっきとは仔オーク達とは密度が違う。
脛を狙って怯んだところを頭を殴る、というのでは到底間に合わない。
ガンッ!
という激しい衝撃がシバケンの頭を襲う。
仔オークの投石が兜に当たったのだ。
もし兜がなかったら。
もしミナの魔法がなかったら。
だが、怯んではいられない。
トドメは後回しで、ひたすら足を狙う。
狙いが大雑把になり、脛がくるぶしになったり太腿になる。
当然、仔オークは怯まない。
ダンッ!
さっきとは比べものにならないほどの衝撃が頭を襲う。
シバケンは両膝から崩れ落ち前のめりに倒れた。