017 出発
昨夜はあれから襲撃はなかったらしい。
シバケンが目を覚ますと、空が白み始めたばかりで、マドラーナを始めまだ誰も起きていなかった。
シバケンは隣で規則正しい寝息を立てているシマノフスキを起こさないように、そっと布団を抜け出し、焚き火の方へと向かった。
ヌブーがすぐに気付いた。
「シバケン早いな。眠れなかったか?」
「おはようございます。」
シバケンは目をこすりながら、ヌブーの正面に腰を下ろした。
ヌブーは、シバケンにハーブティーを差し出す。
「ああ、すいません。」
シバケンは出されたカップに両手を温めるように両手を添えた。
「しっかり休ませてもらいました。ありがとうございます。あれからは?」
「特に変わらずさ。気配はずっと感じてるし、それが強くなったり弱くなったりして、鬱陶しいったらありゃしない。だけど、実際の行動はなかったね。ジャリは明るくなるだろうから、周囲の探索に言ったよ。アルゲリッチは朝食になりそうな獲物を捕まえに狩りに行ったよ。」
しばらくすると、アルゲリッチはひと抱えもありそうなトカゲを捕まえてきた。
シバケンが驚いている横で、一切気にする様子も無く、そのままぶつ切りにして、塩をふり直火で焼き始めた。
皮が黒く焦げ、あたりに香ばしい香りが広がった。
まずはアルゲリッチが、火からあげて、焦げた皮を熱そうに剥がした。
すると中からは白く引き締まった身が現れた。
アルゲリッチは、ナイフで削り口に入れる。
「なかなかいけるぜ。皆も食いな。」
シバケンも一切れ取ると、皮を剥いでシマノフスキと2人で分け合った。
実は淡白な鶏肉のようで、硬くも臭くもなかった。
ただ、めいめいが食べ、出発の準備をするのだが、何となく重い空気が立ち込めていた。
特に、マドラーナは前日の不安そうな表情が、苛立ちに変わっていた。
その影響をイルナが直接被害を被っていた。
後片付けに準備に、荷物の確認。
遅いだの、ぞんざいだの、昨日までの仕事振りと何ら変わりはないのに、マドラーナはイルナを責める。
立場が違うので、シバケンはイルナを庇うわけにはいかないので、無言でサポートをする。
イルナがシバケンの顔をみて、こちらも無言で頭を下げる。
今日は、引き続きアナカナという山中に向けて行軍し、今日も再び野宿の予定だ。
昨日襲撃が重なった事で、行程が少し遅れており、しかもまだ襲撃の恐れがあるので、昨日の遅れを取り戻すために急ぐわけにいかないという。
これもまたマドラーナの苛立ちの原因だった。
安全優先なので、護衛には強く言えない不満を、使用人のイルナにぶつけているらしい。
「イルナ、準備ができたらすぐに出発するぞ。」
「はい、旦那様。かしこまりました。」
休む間もなくイルナは冒険者たちに今日の行程のスケジュールを打ち合わせし、一行は出発した。
昨日までのなだらかな道から、比較的勾配が急に変わっていった。
道を邪魔する枝はアルゲリッチが枝打ちしてはいるものの、蔦が絡まったりして、何度もストップをする羽目になった。
「また止まるのか。」
「すいません。早道を行くために杣道を。」
「そんな事はわかっておる。無駄口を聞く前に、おまえも手伝え。」
「はい。」
イルナは慣れない手つきで、はびこる蔦を切り落とす。
シバケンも金棒で道に落ちた枝や蔦を脇に寄せ、シマノフスキは魔法で剪定しながら一行は進む。
暫くすると、水場に出た。
シバケンはホッとしたように水場に向かおうとするのを、アルゲリッチが押し留める。
表情は厳しい。
「この向こうの洞窟があるが、そこにいる。」
ジャリが来た。
どうやら、近くの山賊の住処が近いらしい。
規模は未知数。
「どうする?」
「面倒な事になったね。」
「せっかくの水場だけど、規模がわからない以上、迂回するしかないね。」
一行は来た道を少し戻り、水場を大きく迂回するように道を改めた。
――――――
「ほう、これは面白くなってきたな。」
「というと?」
「あそこにおる山賊どもに襲わせるぞ。ダメで元々。上手くいけば重畳よ。だが、くれぐれもこちらからは手を出すなよ。」
「はっ。」
「もし山賊どもが返り討ちにあったら、ディガーを一旦引かせろ。」
「それは?」
「ふん、わからんか。あの山賊どもが気配の主だったと思わせればよい。」
「なるほど。山賊を撃退して、今までの気配が無くなれば一気に気が緩む、という訳ですな。」
「その通りよ。そうなった時が付け入るチャンスよ。」
「かしこまりました。では、そのように手配りを。」
隊長であるボルディンに頭を下げると、ワヴァは魔物使いのユドとシコツを従えて後ろに下がった。
3人がいなくなると、横に控えていたジュールレッキにむかってボルディンは話しかける。
「山賊どもがマドラーナをやったら、そのまま山賊どもは皆殺しにしてしまえ。」
「ははっ。委細承知致しました。」
「任せたぞ。」
――――――
「囲まれたようだ。」
「えっ?!」
まだ日は高いというのに、急なトビイタの囁きに、シバケンは驚いて立ち止まった。
前方に目をやると、アルゲリッチとヌブーがそれとなく顔を見合わせていた。
と、シバケンがこちらを見ているのに気付いたアルゲリッチは、珍しく声を落とした。
「シバケン、お前さんも気付いたか?どうも、まずい事になっちまったみたいだ。」
「えっ、それじゃ囲まれたって。。。」
「ああ。今ヌブーがジャリにつなぎをつけてる。水場は迂回したんだが、山賊どもには気付かれちまったみたいだな。しかも、ご丁寧にも逃げられねぇように、四方から囲い込まれたようだ。」
「それじゃ、逃げ場は?」
「ああ、残念だが迎え打つしかなさそうだな。護衛として、情けねぇよ。スキがありゃ、すぐにでも逃げてぇぐらいだぜ。」
アルゲリッチは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「ここじゃあまりにも場所が悪りぃからよ、少し場所を変えて、すぐに迎え打つ準備をするぜ。シバケンは、ラナマールさんの馬車に身を隠しな。ただ、悪いけど、後ろだけは警戒しててくれ。左右と前はあたし達で引き受けるからよ。」
「シマノフスキも、頼んだよ。」
シマノフスキはコクリと頷くと、ヌブーは優しく見返す。
「さてと。今のアタシたちの動きを見ていたら、自分たちの存在が気付かれた、とは分かるだろうね。奇襲が通じないとわかったら、山賊はどう出るかね?」
「ジャリからの報告だと、前に8人、後ろに5人。左右にそれぞれ2人が隠れているんだとさ。」
「8に5と4と、、、結構な大所帯だね。」
「ああ、気を引き締めていかないと、流石にまずいね。」
と、突然前方から矢が射掛けられる。
アルゲリッチは軽くそれを払いのける。
「女の冒険者が2人か?あと何人隠れているが知らねぇが、ここら一帯はオレたちの仲間が囲んでる。若くもねぇ女には興味がねぇ、身包み脱いで行っちまいな。命までは取る気はねぇから、抵抗はするんじゃねぇぞ。面倒くせえ。人数は倍以上いるし、ここら一帯でとぐろを巻いて3年以上、討伐に来た連中を根こそぎ殺っちまってるんだ。テメェらじゃ勝ち目はねぇぞ。」
赤銅色に肌の焼けた屈強なドワーフが無造作に前に進み出る。
その背中には錆の浮いた戦斧を背負っている。
戦斧は通常のものより一回り大きく、小さなドワーフの身体から生えているようだった。
そのドワーフの姿を、後ろにいる連中はニヤニヤ薄笑いを浮かべながら眺めている。
その中央には、長身で痩せぎすの男が無表情に身じろぎひとつせずに立っていた。
「アンタがリーダーか?それなりにやりそうだけど、あとのは有象無象のようだね。」
長身の男にヌブーが放った言葉に、山賊達がざわめき立つ。
ドワーフは表情を一変させると、背中の戦斧に手をかけた。
と、アルゲリッチたちとの距離はまだ10メートルほどあったというのに、それが一瞬に詰められた。
そして、いつの間にか抜かれた戦斧を、大上段から振り下ろした。
フンっ!
ドワーフの唸り声と共に振り下ろされた戦斧をアルゲリッチが受ける。
辺りに金属同士が激しくぶつかり合う音が戛然と轟いた。
そのままドワーフを押しやると、今度はアルゲリッチが横凪ぎに戦斧を振るう。
それをドワーフが戦斧の柄でガッシと受け止める。
ドワーフとアルゲリッチは後ろを飛びすさり、双方距離をとった。
そのやりとりを見て、周りの山賊の顔には驚きの色が浮かぶ。
「面倒だ。多少戦利品に血や傷がついても仕方ない、やれ。」
リーダーの低く通る声の号令で、周りの山賊が一斉に飛びかかってきた。
迎え打つアルゲリッチとヌブーの2人に、左右の草むらから矢が放たれる。
また、2人には目もくれず馬車に向かう山賊がいたが、樹上から火炎瓶が放たれる。
山賊の身体が炎に包まれる。