022 収穫は大量に
荷台を牽いて声のする方に二人で行くと、大人の身長ぐらいの小山の前にクレンペラーが立っていた。
足元には鬼蜂の死骸がうず高く積まれている。
「おっきい巣だね。お爺さま大丈夫だった?呼んでくれたらよかったのに。」
「これぐらい問題ないわい。シバケン、その金棒で巣を慎重に崩してくれ。これだけ大きいと、幼虫もたっぷり入っておるじゃろう。麻袋に入れる時は、噛みつかれんように気をつけるんだぞ。」
金棒を巣に当てがって力を入れると、ゴソリ、と崩れ落ちる。
あまり硬くはない。
金棒の先を巣に刺して、作業を続ける。
ある一点で巣がゴソッと落ち、巣の外壁と共に芋虫が数匹落ちてきた。
「おっ、出てきた出てきた。あの時は馬鹿にしたが、その金棒、思いのほかに使い勝手が良さそうじゃな。その調子で頑張ってくれよ。さてさて、ターラ。お前さんはあっちの解体を頼む。」
クレンペラーは少し向こうの藪を指さした。
みると、ガリガリに痩せて、頭に瘤のような角の生えた生物が横たわっていた。
大きさは牛ぐらいか。
首周りから血が大量に溢れていた。
「お爺さま、ジャージャじゃないの?!」
あれがジャージャか。
依頼を請ける時に、ギルドのアミナさんが懸念事項として挙げていた筈なのに。
ちょっと目を離した隙に、鬼蜂の巣とジャージャを仕留めるとは、クレンペラーは相当な腕前なんだろう。
「お爺さま、ジャージャは4級の冒険者がパーティで討伐するレベルの獣よ。それを一人で相手にするなんて、無茶しないで。」
「いや、すまん。鬼蜂を相手にしておったら、背後からつがいで来おってな。2人に声を掛ける間も無かったわい。まずは気性の荒いメスの方を仕留めておるうちに、残念な事にオスは逃してしまったわ。」
4級がパーティで討伐する獣がつがいで襲ってきたのを、無傷で返り討ちにしたという。
しかも、その間にも鬼蜂は襲ってきていただろうに。
前言撤回。
相当な腕前どころか、ヤバいレベルの遣い手だと思われる。
しかも底が知れない。
ずっと一緒にいる孫のターラも、クレンペラーの一言に唖然としていた。
当のクレンペラーは、逃したオスを残念がっている。
「危ないから次からは1人で行かせない」などとぶつぶつ言いながら、ターラは解体を始めようとした。
自分も解体を覚えたいので、さっさと幼虫採取を済ませようとペースを上げる。
すっかり巣をばらした時には麻袋3つ分の幼虫が採れた。
うねうね動く袋を慎重に荷台に乗せ、ターラの元へ急ぐ。
ターラは、腹を割き内臓を出したところだった。
自分より大きな体の獣だというのに、それをものともせずに淡々と作業を行っている。
肉は食用に向かないというので、内臓は近くにうっちゃっている。
「ターラちゃん、手伝いますよ。」
「シバケンさん、ありがと。なら、首を切り落としといて。」
昨日の食事会の時に、「ターラさん」と呼ぶシバケンを気味悪がって、ターラからの希望で「ちゃん」付けで呼ぶようになったのだ。
こっちの気持ちを察して、ターラは簡単そうな仕事を振ってくれた。
実際に動物の首を落とすのが簡単かどうかは別にして。
シバケンはナイフを取り出すと、クレンペラーの刀痕に刃を当て、首を切り落とそうとし力を込めた。
硬い。
砥石がわりにするというだけあって、ジャージャの皮はヤスリのようにざらざらしていて、しかも弾力があった。
ナイフを当ててもうまく切れない。
手は血でぬるぬる滑る。
シバケンが悪戦苦闘している間に、ターラの方は腹から皮を剥ぎ始めていた。
皮下脂肪が付いていると腐敗の原因となるので、薄く削ぐような作業も慣れたものだった。
クレンペラーは、シバケンの悪戦苦闘ぶりを見守りながら、鬼蜂を麻袋に詰めていた。
自分一人でやった方が早いのに、あえてシバケンを手伝わせたため、解体が終わった時は片方の日はもう沈みかけていた。
この世界に来てからの経験からすると、あと6時間ぐらいで日が暮れるだろう。
「ご苦労さん。思った以上の収穫だったのう。重畳重畳。近くの小川で血を流して、遅くなったがメシにしようか。」
シャサの花の束にゼーリウム、鬼蜂の幼虫と成虫、それにジャージャの皮が、荷車いっぱいに積まれている。
ずっしりとした重さを感じる荷物を崩さないよう気を配りながら、二人から離れないようにシバケンは荷車を牽いていく。
小川は思ったよりすぐ近くにあった。
ターラもシバケンも、取るものも取り敢えず服のまま小川に入る。
川の水が赤く染まる。
シバケンは、水に潜り顔をゆすぐ。
ターラは潜るような事はせず、川の水を手にすくって顔を洗う。
クレンペラーは、薪を拾い火をつける。
その間に、先程取った鬼蜂の成虫を三匹取り出し、川の水で軽く洗い、羽と足を毟り、尻尾にある針を削り取った。
そして、適当な木の枝をつき刺し、先程熾した火の傍に準備した。
周りの水が赤く染まらないようになったら、二人は川から上がってきた。
ターラは鎧を脱ぎ、乾かすように火のそばに置いた。
また、自分も火の近くに腰を下ろした。
シバケンは鎧などは着込んでいないため、そのまま火の傍へ。
認めたくはないが、鬼蜂の焼ける香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。
「時間的にはまあ順調に終わった方かの。収穫の方は上々じゃ。アンブラ村へは暗くなるまでに戻ればよいから、お前さんたちの服が乾くまで、ゆっくり休憩といこうかの。」
2022.9.18 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました