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021 いざ出発

 昨日は半日歩き詰めだったので、『マーズ亭』から宿に戻ったらすぐにウトウトしてしまった。

 夜中に起きる事もなく、ぐっすり朝まで眠ることが出来た。

 翌朝、目が覚めるとすぐに庭先の水桶で水を汲み、顔を洗っていると、双肌脱ぎで身体を上気させたクレンペラーが寄ってきた。

 老人とは思えない引き締まった身体に、汗が滴っている。


「早いな。」

「あっ、クレンペラーさん、おはようございます。昨日はご馳走様でした。朝から運動か何かしてたんですか?」


 「運動か」とクレンペラーは苦笑する。


「昔からの毎朝の日課じゃ。ターラの身を守れるのはワシだけだからな。」


 冒険者になると、前歴を聞くのはタブーらしい。

 それでシバケン自身も色々詮索されずに済んでいるのだが、今「孫を守る」と言ったクレンペラーの何気ない口調から、彼らもまた事情を抱えているのだと察せられた。


「軽く腹にいれて出発するかの。幸い天気も良さそうだ。宿の者に荷車を準備させてくれ。ワシは身体を拭いたらターラを起こしてくる。」


 500ガンを先払いした宿の朝食は、パンとチーズに野菜スープという簡単なものだったが、ハードタイプのなかなかに美味しいチーズだった。

 ターラに聞くと、カカチチという動物の乳から作ったチーズだという。

 広く流通しており、容易に購入する事が出来るとの事だった。


 宿で用意された荷車はシバケンが想像していた通り、戸板に車輪がついているというごく簡素な物だった。

 しかも、戸板自体が畳一枚ぐらいの大きさがあり、これに荷物を積んだ時の重さが容易に想像が出来て、シバケンはゲンナリさせられた。

 ゴロゴロと荷車を牽きながらシャサの花の群生地である湿地帯を目指した。

 行きは必要な物だけを手に持ち、後は荷車に乗せていた。

 今までは街道を進んできたが、ここからは下草の生えた道を進むことになるのだが、シバケンも懸命に遅れないように付いていく。

 二人は街道を行く時とは打って変わった真剣な表情で歩みを進める

 危険がそれだけ多いのだろうか。

 慎重な歩調のため、シバケンも車輪を取られる事なく、付いていく事が出来た。


 休憩もなく歩みを進める事3時間程度、地面に湿り気を感じるようになってきた。


「着いたぞ。」


 急に視界が開け、一面に湿地が広がっていた。

 その湿地の中ほどには転々と青い花が咲いており、蜂と思われてる羽音が微かに聞こえてきた。


「シバケンはちょっと待っておれ。やはり鬼蜂は飛んでおるの。」

「そだね。でも数は少なそうよ。見えてる分だけだけど2~30匹ぐらいかしら。巣は近くには無さそうね。」

「まだこちらに向かって来る気配は無いな。よし、シバケンはこの木の陰に身を隠しておれ。わしらが鬼蜂を退治して、安全を確認出来てから合図するから、その後シャサの花の採取を開始してくれ。採取方法は道々説明した通りじゃ。花も茎も根もそれぞれに使い道があるゆえ、急がんでもいいが傷つけぬように頼むぞ。」


 シバケンは黙ったまま頷く。

 緊張で額に汗が滲むのを感じた。


「ターラは鬼蜂が飛んで来ぬように周囲の警戒じゃ。わしは鬼蜂の巣が無いか周りを探してくるでの。よいか。」


 ターラも黙ったまま頷く。


「では。ターラ、行くぞ。」


 クレンペラーは腰から剣を抜いて湿地の中へ駆け出して行った。

 初めて見るクレンペラーの剣は、この世界に来てから見た刀剣の中でも一番細い物だった。

 ターラも、投擲用の短剣を携えて、クレンペラーに従って付いていく。

 2人が近付くと鬼蜂が方向を変え、先頭を行くクレンペラーに襲い掛かった。

 クレンペラーはその細長い剣で、鬼蜂を巧みに突き刺していく。

 ターラはその後ろから短剣を飛ばす。

 鬼蜂はクレンペラーの鮮やかな剣さばきにより、みるみるその数を減らしていった。

 仲間の襲撃により鬼蜂たちが次から次へと集まってきて、最終的には50匹程度になっただろうか。

 ターラも20本ほど持っていた短剣をすべて投げ切っていた。


「おーい、もう大丈夫だよ。」


 2人の戦いを呆気に取られて見ていたシバケンは、呼ばれた声にハッと我に返った。

 恐る恐る近付くと、大人の拳大ほどの蜂の死骸が地面に散乱している。

 大きさと数と醜悪な姿に今更ながらに嫌悪感を覚えるが、二人は一仕事終わったという体で涼しい顔をしていた。


「シバケンさん、シャサの花を採取する前に、まずは鬼蜂を持って来た麻袋に入れちゃって。まだ動いてるのもいるかもしれないから、気を付けてね。それが終わったら、いよいよシャサの花をお願いね。だけど、くれぐれも花の咲いた物だけよ。つぼみの物は、来年以降もここで花が咲くように、摘んじゃダメだからね。あと、私の周りからは離れないようにね。」

「二人とも、後は頼んだぞ。ワシは巣を探してくる。」


 クレンペラーはそう言うと、1人で奥まで進んでいった。

 ターラは投げた短剣を回収し丁寧に蜂の体液をぬぐいながらも、周囲に意識を集中している。

 この世界に来て初仕事である。

 恐る恐る鬼蜂の死骸を麻袋に入れていく。

 大きな麻袋2つがちょうどいっぱいになる頃には、多少動いているのも平気で触って袋に放り投げていた。


 さて、次はシャサの花だ。

 ターラに言われた通り、根っこから優しく引き抜く。

 湿地なので比較的抜き易いが、根っこが思いのほか長くて途中で切れてしまった。

 何本か続けるうちに、だんだんコツをつかんできた。

 泥を落とした10本ずつを1束に結び、荷車に積む。

 単純作業を夢中で行い、いつの間にか10束ぐらいになった。


「シバケンさん、早いね。そんなにあれば十分よ。」


 時々鬼蜂が飛んできたがターラがすべて退治していたため、シバケンは集中してシャサの花の採取を行う事が出来た。


「あっ、向こうの黄色い花も採ってきて。」


 夢中で作業を進めていたので、シバケンは泥だらけになっていた。

 ターラの指さす方には黄色く丸い花が咲いていた。

 が、そこは明らかに今よりもぬかるみがきつそうだった。

 ターラはいたずらっぽい顔でお願いをする。

 シバケンは膝上まで泥に埋まりながら黄色い花まで進んだ。

 鼻の奥を刺激するような香りのその花を慎重に抜くと、見るも無残な姿でターラの下に戻ってきた。


「シバケンさん、ごめんね。でも、これゼーリウムっていって高く売れるんだ。ベルトが喜ぶのよ。」


 嬉しそうに笑うターラを見ると、泥だらけになった甲斐もあると言うものだ。

 泥を落として荷台に積む。


「おーい、シバケン、お前さんの鉄の棒を持ってこっちに来てくれんか。」


 奥からクレンペラーの声が聞こえてきた。

2022.9.18 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

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