009 探索②
「お祖父さま、避けて!」
ターラが投擲用の短剣を放つ。
短剣はカナホラの胴体の数箇所に刺さり、そこから粘液が弾け飛ぶ。
「まだ出るのか。いかんな、こりゃ。相当に粘液を溜め込んでおるわ。いやはや、骨が折れるぞ。」
「お祖父さま、もう1匹の気配がするわ。気を付けて。」
「わかった。よし、こうなれば多少の被害は覚悟するかの。ターラや、毒消しの数は充分あるな?」
「ええ、それは大丈夫だけど。。。無理はしないでよ。」
「わかっておる。が、長引けば武器の方が使い物にならなくなってくるからの。」
「あの、シマノフスキの魔法では?」
シバケンは荷車の陰から顔を出して、クレンペラーの方を伺う。
「いや。ありがたいが、奴にはかえって逆効果よ。魔法を浴びると、今以上に弾け飛ぶからの。」
「だから、こうやって体の中の粘液を出し切るまで地道にやるしかないのよ。カナホラって、採れる素材も魔石も少ない割に、粘液で装備がやられるから儲からないのよね。」
クレンペラーの言葉を継いで、ターラが愚痴を言いながら次の攻撃の準備をしていると、クレンペラーはふと荷車の方を振り返った。
「おい、今魔法と言ったが、シマノフスキのコントロールの精度はどんなものだ?カナホラから吹き出す粘液に、ピンポイントで火を放つ事は出来そうか?」
シバケンがシマノフスキを見ると、シマノフスキがコクリ頷く。
その様子を他の2人も見ており、「では、やってみるかの。」とクレンペラーは呟いた。
「シマノフスキ。ワシが踏み込んでカナホラに斬りつけるゆえ、噴き出した粘液目掛けて火を放て。なに、先程と同じようなタイミングだ。頼んだぞ。」
「ちょっと、お祖父さま。」
あまりにも指示が簡単過ぎて、隣で聞いていたシバケンですら不安になった。
ターラが止めるのも聞かずに、クレンペラーは深く腰を落としかと思うと、カナホラ目掛け大きく踏み出し逆袈裟に斬り上げた。
切断されたカナホラの体から、先程とは比べ物にならないほどの多量の粘液がほとばしり、クレンペラーの体に降り注ぐ。
と、すかさずクレンペラーの身体を覆うように炎の壁が現れた。
若干の飛沫はクレンペラーの肩口に届いたが、あとは全てその炎の壁に防がれる。
ジュウジュウと粘液が焼かれる嫌な匂いが周囲に立ち込めた。
「シマノフスキ、予想以上だ。よくやった。この調子であちらも頼むぞ。」
そう言うと、クレンペラーはもう1匹を指さした。
いつの間にかこんなにも頼もしくなったのかと、シバケンはシマノフスキを嬉しげに眺める。
シマノフスキは荷車の陰から姿を現して、クレンペラーに付いて前に出た。
ターラもすれ違いざまシマノフスキの肩を叩いて喜びを表し、クレンペラーはその2人に温かい視線を投げ掛けていた。
それもつかの間、クレンペラーはもう1匹のカナホラに注意を向ける。
仲間が殺された事には全く頓着せずにいるカナホラだったが、クレンペラーが近付くと大きな口を開け威嚇をし始めた。
シバケンもシマノフスキに遅れて荷車から出る。
改めて先程のシマノフスキの放った魔法の跡を見ると、周囲が焦げてまだ幾らか燻っており、生臭いような嫌な匂いを放っていた。
そして、完全に焼けた跡には、薄茶色の粉末状のものが散らばっていた。
シバケンは何気なくそれに手を伸ばすと、触れた指先に刺すような激しい痛みが走った。
慌てて手を引っ込めて指先を見てみると、指は赤く腫れ上がりジンジンと痺れるような痛みに変わってきた。
「シマノフスキくん、スゴいわね。いつの間にあんなに魔法が上手になったの?威力もだけど制御も上手で、ベテランの魔法使いかと思っちゃったわ。ついこないだまで、シバケンさんが保護者みたいだったのに、今じゃシマノフスキくんの方が頼り甲斐がありそうね。」
ターラが笑いながらシバケンに駆け寄って来る。
あちらも終わったようだ。
非常に有効ではあるが、あれだけの魔法のコントロールが難しい為、こんな攻略はなかなかやられないという。
と、ターラはシバケンの様子を見て指先に目をやる。
「あ、粘液触っちゃったの?痛いでしょ。水でしっかり落とさなきゃダメよ。その後、毒消しも忘れずにね。でもよかったわ。少しぐらい触っただけなら、これぐらいの対処でいいんだけど、傷口とかに入ったら大変なのよ。」
「いや、粘液じゃなくて。」
と、シバケンは下の薄茶色の結晶を指差す。
何これ、とターラ思わず手を伸ばそうとしたが、途中で気が付き慌ててその手を引っ込める。
「2人とも、どうした?」
シマノフスキと共に歩み寄るクレンペラーに対して、シバケンは薄茶色の結晶を指差す。
「これ見て下さい。粘液が炎で蒸発したらしくて、少し触っただけでこの有様ですよ。」
「ほう、そんなこともあるのか。よし、売り物にはならんだろうが、この粉を少し持って行くか。何かの役には立つだろう。」
「うーん、そだね。シバケンさんも手伝って。」
本来カナホラは粘液を素材として回収し、回収された粘液は毒薬に加工されるという。
ただ、触っただけで手は痺れるし、ドロドロした粘液は回収がしにくく、さらに、カナホラの粘液にしかない特徴というものも無く他で代用が出来てしまうため、苦労が報われない素材だという。
しかし、今のこの粉の状態なら、回収は容易だ。
しかも、粘液の毒が凝縮されていると思われるので、このまま毒薬として使っても、その効果はシバケンの腫れ上がった指が実証している。
誰かに売る訳ではなく、ただ自分が毒薬として使うなら全く問題はなかった。
ターラとシバケンは、手が触れないように短剣で慎重に掬って結晶を容器に入れる。
衛生面を気にする必要はないので、多少砂が混じろうが気にせず、シバケンは黙々と作業を続ける。
2人が結晶をすくっている間、クレンペラーの指示でシマノフスキがカナホラの魔石を採取を始めた。
カナホラは2体いたので、魔石は1つずつ分ける事になった。
「思いの外手間取ったが、探索を続けるかの。」
採取を終えたついでに小休止を挟んだ後、クレンペラーは立ち上がった。