007 荷物運び②
「へぇ、美味ぇもんだな。こんな風にして塩漬けの魚を煮込むなんて初めてだ。塩っ気も丁度いいや。パンの方も、干し肉を炙ってあるから食欲をそそるな。まだあるのか?」
「ええ、肉を炙ればいいだけですから、まだありますよ。シマノフスキはどうする?」
シマノフスキは「半分だけ」というので、シバケンは自分と半分ずつにする事にした。
ダッテは終始「美味い美味い」と言って、明日の朝にも食べられるように鍋一杯作った筈の煮込みは、その晩のうちに無くなってしまった。
食事を終えると、食後の運動がてらシバケンとシマノフスキは荷台に荷物の積み込みを始めた。
シバケン達が後片付けと積み込みでしっかり1刻(約40分)掛けているその間、ダッテは火の傍で壁にもたれながらじっと目を瞑っていた。
だが、決して眠った訳では無い事は、周囲に漂う張りつめた緊張感のような物がシバケンの肌にもしっかり感じられた。
その証拠に、シバケンが最後の荷物を荷車に縛り付けるのと同時に、ダッテは目を開いて起き上がってきた。
そして、周囲を一瞥すると、満足そうに頷いた。
「ご苦労さん。それじゃ、明日の朝オレが声を掛けるまで、ゆっくり休んでな。夜番はオレがやってやるから、気兼ねする必要は無えぜ。」
ダッテの提案に、シバケンは見張りは交代性にしては、と話をしたのだが、
「さっきも言っただろう。お前達に見張りをさせても、落ち着いて寝られやしないさ。気にするな。」
と、笑いながら軽くいなされた。
それもそうか、と、シバケンはシマノフスキと並んで横になる。
暖かい食事と疲れた身体で、瞼を閉じるとそのまま深い眠りに落ちていった。
どれぐらい寝たのだろうか。
ダッテに起こされたシバケンは、身体を起こすと硬い地面に寝てこわばった筋肉が悲鳴を上げる。
ゆっくり伸びをして周りを見ると、ちょうど洞窟の入り口から朝日が入って来るのが見えた。
陽の光に誘われるようにシバケンは洞窟の外へ出て、軽くストレッチをする。
朝日を身に浴び、少し冷たい風が頬を掠め、シバケンは清冽な気持ちにさせられた。
「行けるか?」というダッテの声にシバケンは振り返る。
「ええ、ゆっくり寝させてもらってありがとうございます。すぐにでも出られますよ。」
3人は干し果実とチーズという食事を手早く済ませると、ゴモ村目指して出発をした。
当初は夜通し歩くと聞いていたので過酷な行程を予想していたのだが、頼り甲斐のあるダッテの先導のおかげで、荷物運びだけに専念する事が出来た。
しかも、休息もしっかり取らせてもらうことが出来たので、シバケンの思っていたほど身体への負担は無かった。
それはシマノフスキも同じとみえて、2人は足取りも軽くダッテに付いていく。
「ほぅ、荷物を積んだってのに、スピードは落ちないな。こりゃギルドが紹介するのも分かるぜ。お前達にペースを合わせる必要が無いから、こっちも気兼ねがねぇや。よし、もう少し急ぐぜ。」
ダッテも早くゴモ村に戻りたいのだろう。
シバケンの様子からまだ余裕があると見てとって、行きよりも更にスピードを上げて道を急いだ。
3人は休憩というまとまった休みは取らず、行く先々で果物をもいで、水場で止めてという小休止を繰り返し、当初の「夜までには」という予定を大幅に短縮する事が出来た。
夕陽に照らされたゴモ村を囲う外壁が見えると、ダッテはホッとシバケンを振り返る。
「シバケン、ご苦労さん。いやぁ、オレの予想を大きく上回ってくれたな。お前のおかげだ。感謝するぜ。」
「そんな、こちらこそ。探索やら夜番なんか、全部ダッテさんにお任せして、私達は随分楽をさせてもらいましたよ。」
「なんだと?!このスピードでの荷物運びを、楽させてもらったとは呆れたもんだな。さて、オレはこのまま仲間と合流するつもりなんだが、荷台の品はギルドに届けて貰っていいか?買取額の交渉なんかは後でオレ達がやるから、ただ届けるだけでいいぜ。」
「いや、それは。」
「いいじゃねえか。お前達を信用してんだよ。」
「そうですか。。。そうまで言って頂けるなら、いいですよ。間違い無くお届けします。」
荷物持ちの中には途中でネコババするような不心得者もいるし、逆にそもそも無かった物を有ったかのように言う冒険者もいる。
そのため、お互いのために冒険者と荷物持ちが一緒にギルドに行く、というのが常識になっているのに、まさかたった2日一緒に行動しただけのダッテからそう言われて、シバケンは感動した。
もちろん、シバケンもダッテの気性をみて、後から難癖を付けて来るような心配はしなかった。
シバケンは真っ直ぐ冒険者ギルドに行き、買取窓口の職員に事情を話して荷物を預けた。
これで依頼完了という事で、シバケンはホッと一息つく。
明日の朝クレンペラーとの待ち合わせにも、これなら十分間に合う事が出来る。
安心した途端、シバケンは大きな欠伸をした。
――
シバケンとシマノフスキはそのまま早めに就寝し、翌朝早くに準備を整えてクレンペラー達の拠点である“宵の春風亭”にむかった。
まだ少し早いかな、とは思ったが、こちらの都合でクレンペラー達の出発を遅らせてしまったので、待つのを承知で日の出を見ながら宿にむかう。
あわよくば、とは思ったが、案の定クレンペラーは日課の剣術の稽古を終え、汗を拭っているところだった。
“宵の春風亭”は、冒険者が定宿にしている事が多いとは聞いていたが、クレンペラー以外の客もギルドで見た事のある顔だった。
宿無しの冒険者に対し、ギルドから紹介をされる安宿もあるのだが、こちらはもう少し居心地の良さそうな宿だった。
高レベルの冒険者の利用が多いのだろう。
荷車を曳いてやってくるシバケンとシマノフスキの姿をクレンペラーは目敏く見つけ、驚いたような表情を浮かべた。
「なんだ、シバケン。えらく早いな。奴らの依頼はもう終わったのか?」
「クレンペラーさん、おはようございます。あっちの依頼は、思いの外早く終わりましたよ。今日の仕事に備えて昨日は早く寝ましたから、いつでも出発出来ますからね。」
「そうか。飯は食ったのか?なら結構。ターラも久しぶりにお前さんと仕事が出来るから張り切っておるぞ。珍しく早起きして、今飯を食っておるわ。ワシも着替えたらすぐに出られるから、お前さん達は食堂のターラを見てきてくれ。」
食堂は冒険者達が続々と集まってきていたが、ターラは1人カウンターで、今まさに食事を終えたところのようだった。
コップに注がれたカカチチのミルクを飲み干して、テーブルに置くのと、シバケンが食堂に入りターラを探してキョロキョロしてるのとが同時だった。
「あっ、シバケンさん!どうしたの?早いじゃない。今食べ終わったから、ちょっと待ってて。今行くわ。」
ターラの声は、冒険者達の太い声の中では異質のために食堂の中でもよく通った。
ターラは食堂の女将さんに二言三言話しかけると、シバケンの元に駆け寄ってきた。
「どうしたの?早いね。」
シバケンは、クレンペラーと同じ説明をターラにしながら、並んで荷車の方まで歩く。
そこには、すでにクレンペラーが支度を終えて、待っていた。
「よし、では行くかの。」