001 冒険者ギルドにて
この世界でも人の弔いの方法については、大きく変わりはないのだと、シバケンは感じている。
もちろん、日本のように大々的な火葬場がある訳でもなく、そもそも火葬の風習すら一般的ではないのだが、それでもこの世界で死に接する度に、シバケンはそのような感想を抱いている。
亡くなった人の自宅で、一晩近親者や親しい者でその死を悼み、裕福な者や篤信者は神殿に運ばれて司祭の手にかかった後、墓場で丁重に葬られる。
貧しい者は通夜が終わると、墓場へ行き簡素な墓に投げ込まれる。
この世界の弔いは、シバケンにとって時代劇や海外ドラマがオーバーラップするような光景だった。
なぜこんな話をするかと言うと――
「遺体の運搬ですか?」
「そうなのよ。急遽ギルドに依頼が回って来たんだけど、依頼が依頼だけに、誰でもって訳にはいかないじゃない。」
「それで、私に。。。」
「うん。なんといってもご遺体だからね。ギルドとしても信頼できる人を紹介したいのよ。ねっ、お願い。」
アミナがシバケンを上目遣いで眺める。
シバケンは思わず苦笑を漏らした。
ドルからの指導を受け、ギルドの依頼を着実にこなして、シバケンの等級も5級に上がった。
少し自信がついたタイミングで、単独で狩猟の依頼をこなそうとギルドに来た矢先に、まさかこんな話になってしまった。
話を聞いてみると、亡くなったのは、昔は冒険者ギルドにもよく仕事を出していた工房の親方だという。
仕事を引退してからは、工房も弟子に譲り、近所の簡単な壊れた物をタダで直したりして、悠々自適な隠居生活をしていた人だという。
冒険者ギルドとしても、備品の手直しも何度かやってもらった事もあり、何とか力になってやりたいと、シバケンに話を持ってきたようだった。
シバケン自身、同級生にお寺の子もいたし、同居していた祖父母の死も看取ってきたので、人の死についての忌避感は無かったのだが、
「でも、私なんかでいいんでしょうか?お弔いについての作法とかもよく知りませんけど。」
厳粛なお弔いに、何か失礼があっては申し訳がないと、シバケンは躊躇っていた。
「よかった、引き受けてくれるのね。大丈夫よ、作法なんてものは無いわ。いつものシバケンさんみたいに、仕事を丁寧にさえしてくれたら十分よ。」
そう言って、アミナは早速後ろの棚から、依頼受注の書類を出してきた。
報酬は銀貨1枚に銀粒3顆の13,000ガン。
仕事内容は単純なものだった。
通夜に途中参加し、早朝自宅から墓地まで遺体を運ぶ。
墓地ではあらかじめ穴が掘られており、その穴に遺体を埋めて、弔問客が帰るのを見送った後、無事に終わったのを確認出来たら、墓守から遺体の引き渡し証を貰うのだという。
依頼時間のほとんどが待ち時間という印象だった。
しかも、シバケン達だけではなく、弔いを生業としている男と死んだ男の弟子も立ち会うので、責任のある仕事でもなかった。
「そういう事でしたら、わかりました。引き受けましょう。」
書類に署名をしていると、シバケンは掲示板の周りが騒がしいのに気が付いた。
いつも朝のギルドは騒がしいものなのだが、今日のそれは、いつもとは違う重い空気を帯びた喧騒だった。
「あれは?何か厄介な魔物でも?」
「うん。。。」
今まで明るかったアミナの顔に、苦衷の表情が浮かんだ。
「差し障りがあるようなら、無理して言わなくてもいいんですけど。」
「ううん、違うのよ。むしろ冒険者の皆さんには、知っておいてもらいたい情報だから。」
アミナが重い口を開くと、何でもある依頼で二度続けて冒険者パーティーが全滅したのだという。
全滅という事自体ただ事ではないのだが、聞かない話ではない。
そして、冒険者という稼業柄、全滅してもそのパーティの不注意とみなされる。
ただ、それが同じ依頼で二度続けて、となると、冒険者ギルド側のランク設定が甘かったのでは、との批判が当然のように出てくる。
今の掲示板での騒ぎも、ある冒険者がギルド職員に詰め寄った事が発端のようであった。
「言い訳にしかならないけど、依頼内容の把握とランク設定は、入念に事前調査した上だからね。普通はこんな事が起こるなんて考えられないのよ。不測の事態、、、といっても二度続けて起きるのは、もうそれは不測でもなんでもないわよね。ギルドとしては申し訳ないわ。」
「そんな、2組続けて全滅ですか。。。」
「ええ。前途有望な4級と5級のパーティだったから、本当に残念よ。こんな事言うと不謹慎だけど、ギルドとしても痛手だわ。」
「それで、その依頼はどうなるんですか?」
「一旦白紙にした筈よ。で、改めて依頼内容の再調査をするみたい。」
「そうですか。再調査の方にも、何か間違いが無いといいですけど。」
「うん、そうね。でも、今回はよっぽどの事がない限り大丈夫よ。“鈍色の花弁”っていう、2級のパーティに依頼したから。ギルドとしても、もう失敗する訳にはいかないからね。」
「“鈍色の花弁”ですか。」
「あれっ、シバケンさん知ってるの?彼女達と一緒の依頼を請けた事あったっけ?」
「いえ。知ってるといっても、一度話しをしたぐらいで、親しいって間柄じゃ無いですよ。向こうも私の事を覚えているかどうか。」
“鈍色の花弁”といえば、先日マーゴとドルに連れられて山に行った際、グゥドゥに襲われた時に出会った冒険者パーティだった。
グゥドゥ討伐の依頼を横取りするのでは、と疑われるというあまり良い出会いではなかったが、パーティ自体のチームワークの良さはなんと無く感じられた。
「あの人達なら、多少の危険にも対応出来そうですね。あっ、もうこんな時間か。つい長話しちゃって、ごめんなさい。それじゃ、そのご遺体を運ぶの、早く行った方がいいですよね。」
今まさに通夜に向けての準備の真っ最中だろう。
アミナから聞いた場所はここから結構な距離があったので、急いだ方が良さそうだった。
シバケンはシマノフスキを連れて慌てて冒険者ギルドを後にした。