001 出会い
よく見ると、二人とも泥だらけだった。
老人の方は右足を引きずるようにして水際まで行き、手を洗うと少年を招き寄せた。
少年は手と脚を丹念に洗い、顔を洗った。
「あんまりジロジロ見ないでよ。まぁ、別にいいんだけどね。それより、おじさんさっきから何してたの?」
突然の出会いに驚き、言葉が出ない。
言葉が通じる事の驚きも頭に浮かばず、おろおろしていると、
「あらら、びっくりさせちゃったかな。」
少年は笑っている。
じっと見ていた老人が口を開いた。
「近くの村の者か?」
「あっ、いえ。」
「では、旅の者か?」
「いえ。」
「ではなんだ?」
「いえ、その。」
胡散臭そうに見る老人の横で、少年は終始ニコニコしながら眺めていた。
「ボクの名前は、ヒューモだよ。この人はガイエンさん。あなたの名前は?」
「シバ、ケンタロウ。。。」
「えっ、なに?シバ何だって??」
「いえ、シバケンです。」
おそらく「柴健太郎」という名前はこの世界では奇異な印象を与えてしまうだろう。
咄嗟に、シバケンという学生時代からのあだ名を名乗ってしまった。
案の定、「シバケンか」と特に変な雰囲気も無く、2人がその名前を受け入れていた。
「で、シバケンよ。見たところ荷物も無いようだし、村の者でも、旅の者ではないという。先ほどは雑草を口にしたり、難しそうな顔で池の水を飲んでおったが、おぬしは何者だ?ここで何をしている?"イヌゥの磔刑"でもあるまいに。」
「。。。いぬぅのたっけい?」
何語かもわからない。
老人はじっとシバケンの目を見据えていたが、ふっと目をそらした。
「まあ良い。これからどこへ行くつもりだ?」
「どこへ、といわれても。。。」
ごにょごにょと言葉にならない事を言っていると、
「それじゃ、行く当ては無いんだよね?もしよかったら、ボク達を街まで送ってよ。」
「ヒューモ様、急に何を。」
「ガイエンさん、大丈夫だよ。」
驚くガイエンを、ヒューモが軽くなだめる。
それにしてもヒューモ「様」と呼ばれていることに驚かされた。
たしかに『祖父と孫』という雰囲気ではなかったが、まさか主従関係だったとは思ってもみなかった。
「ヒューモ様が言うなら、仕方ないかのう。」
渋面を浮かべ、ガイエンはしぶしぶ頷く。
「やった。それじゃシバケン、街までよろしくね。ちゃんとお金も払うからね。」
「お金。。。ですか?ありがたいんですけど。。。」
金と聞いて不安がよぎる。
出会ってすぐの人間に金を払うなんて、不信感が募る。
「馬鹿だなぁ。安心していいのに。ちゃんとお仕事してもらうんだから。お金はその対価だよ。」
「仕事?」
「うん。せっかくスキルあるんだしね。」
「スキル?」
「ほう、ヒューモ様、こやつはスキル持ちでしたか。」
ヒューモの言葉に、ふたりが同時に反応する。
「ガイエンさんは聞いたことある?《牽引》って見えるよ。物を引っ張ったり、運んだりする事だよね?」
「《牽引》ですか?聞いた事の無いスキルですね。おいシバケン、自分のスキルは知っているか?」
「いえ、初めて聞きました。スキルですか。。。牽引。。。」
あまりカッコ良くないスキルだ。
言葉通りならば、車を牽いたりするのに便利そうだが、どうせなら《鑑定》や《テイム》みたいなお馴染みチートスキルが良かったのに。
そういえば、ヒューモがスキルを『見える』って言ってたけど、ヒューモがその《鑑定》のスキルを持っているのだろうか。
一体どこまで、あるいは何が『見える』のだろうか?
自分の怪しい出自が分からなければいいが、と不安になる。
「おい、聞いているのか。」
「へっ、あ、すいません。何か?」
「まったく、人が話しておるのに、ボーッとするやつがあるか。さて、お前さんのスキル《牽引》だが、言葉通りだとすると、荷物運びに効果があると思うんだが、どうだ?思いあたる点はあるか?」
「いえ、全く。。。」
「そうなの?おかしいなぁ。」
おかしな事など、何もない。
この世界に転移した際に身についたスキルなのだろう。
さっきこの世界に来たばっかりだから、スキルの効果がどの程度なのか、想像だに出来ない。
「スキルは生まれつきのものですから、それが当たり前と思っておる者も多いのでしょう。まぁ、このスキルがどんな物であっても、人並みには荷物運びの仕事はこなせるでしょうから、ヒューモ様のご指示通り、この者に先程の荷物を運ばせましょうか。」
「うん。そうしようよ。ガイエンさんも怪我した脚を庇いながらだと、荷物持てないでしょ。」
スキルの事を、勝手に想像してくれて助かる。
ただ、仕事をする前提で話が進んでしまっているのを、修正していかないと。
良い人そうではあるけど、いきなり知らない人からの仕事を、はいそうですか、と請けるほど世間知らずではない。
「あの、荷物持ちの件ですけど。」
「なんだ、不満か?」
「いえ。。。」
暖かい目でヒューモを見守る好々爺といった表情から一変、鋭い眼光でシバケンを見据える。
正直、怖い。
でも、仕方ない。
シバケンは、営業スマイルを浮かべる。
「いえ、お断りする訳じゃないですよ。ただ、話が急すぎて。会ったばかりですし。それに、肝心の仕事の内容もお聞きしてないですから。」
「それもそうか。」
「別にいいじゃん。今じゃ無くて。一緒に歩きながら話そうよ。早くあそこに戻らないと、血の匂いに惹かれてオオカミとかが来ちゃうよ。」
そう言うと、ヒューモは森の奥へシバケンの手を引いて歩いて行こうとする。
血の匂いって何??
シバケンの頭に不安がよぎるが、ヒューモの勢いに押されて森の奥へついて行った。