018 いざアンブラ村へ
そこは、先程の薬屋とはうってかわってむさ苦しい店だった。
店の中では、クレンペラーが年配の職人風の男と親しげに話し込んでいる。
他には冒険者風の客が2組。
1人は偉丈夫な男で、商品である大剣を手に持つと軽く振り、違う構えを取ったりし、何度も試している。
もう一組は、獣人の男女のペアだった。
男の前には何種類もの投擲用のナイフが並んでいる。
女はすでに戦斧を背中に担いでいる。
男は店員としきりに相談をしている。
「お爺さま、お待たせしました。」
話に興が乗り、クレンペラーは2人が店に入った事にも気付かなかったようだ。
「おお、もうそんな時間か。しっかり準備は出来たみたいだな。」
シバケンは、パンパンに詰まった背嚢を背負い、それでも入りきらない荷物は首からぶら下げている。
その姿にクレンペラーの仏頂面も思わず綻んだ。
「護身用の短剣は最初から持ってたから、シバケンさんの準備も万端よ。」
「あの。」
「ん、何?」
「護身用って、短剣で人とか動物を刺したりするんですよね?」
店主も含め3人が「何を言っているんだ」というような、不思議な表情でシバケンを見る。
「まぁ、人を刺す事なんて滅多にないだろうが、短剣だからな。まあそんなところだ。それがどうした?」
「それなんですけど。。。」
「何?シバケンさん、はっきり言ってよ。」
「刃物以外じゃダメでしょうか?」
「刃物以外?ってどういう事?槌矛のような打撃用の武器がいいの?それとも、弓みたいに遠距離用の武器がいいの?」
「あっ、そうじゃなくて、金属の棒みたいな、殴ったりするもので。」
鉄パイプみたいな、という言葉を引っ込めた。
動物もだが、いくら悪人でも人間を刃物で切りつける自信なんて、とてもじゃないが無い。
ただ、物騒なこの世界に丸腰は心許ない、という気持ちもある。
それに、クレンペラー達に迷惑をかける恐れもある。
その妥協点が、鉄パイプ状の何かだ。
「クレンペラーさんも、変な客を連れて来たね。まいったよ。金属の棒だって?」
笑いながら、店主は商品を探す。
「その体型じゃ、あんまり重たい物は持てないだろ?それに、槌矛でもねぇんだろ。」
見つからなかったのか、店主は店の奥までゴソゴソと探し始めた。
「売り物じゃねえけど、こんな感じか。」
といって出してきたのは、長さ80センチほどの金属の棒だ。
先端が平たくなって、少し曲がってる。
「熱い火の中に突っ込んでガサガサやったり、重たい物ちょっと持ち上げたりする用にウチで作ったやつなんだ。そんな使い方してるもんだから、先が曲がったりして汚れちまってるけどな。」
手に取ると、頑丈で無骨な鉄の棒だ。一方の先端は軽く曲がっており、もう一方は狭いところにも先端が入る用に尖っている。
元の世界でいうところの『金てこ』だ。
雑に扱っても壊れる心配もないし、重さもちょうどいい。
「これ、すごく良いです。」
「良いです、って言われてもなぁ。」
「売って頂く事は出来ますか?」
本気か?と呆れ顔の店主と、仏頂面のクレンペラー。
ターラは笑っている。
「売り物じゃ無ぇし、曲がったりしてるからなあ、キリのいいところで10,000ガンでどうだい?初心者用の短剣の大体半額ってとこだ。」
「ありがとうございます。これ頂きます。」
革袋から金を払う。
「いくら冒険者になったばかりとはいえ、何とも面妖な奴を雇ったもんじゃ。さあさあ準備が出来たんなら、そろそろ出かけるぞ。」
「そだね。今から出れば、日の高いうちにアンブラ村に着けそうだね。」
背嚢と首から袋をぶら下げ、先程買った金てこは杖代わりに右手に持って、シバケンは2人に着いて行く。
見様見真似で、正門の衛兵にギルドカードを見せる。
二つの太陽が照り付け、日差しがきつい。
アンブラ村には街道に沿って進むため、山中を進んだ昨日と違い日差しを遮るものがなさそうだった。
この世界の「日の高いうち」が、どれぐらいの時間を、指すのか不安ではあるが、遅れないように2人に着いて進む。
街道は賑わっており、馬のような動物に乗って行く者もあり、冒険者のパーティのような者もあり、行商人だろうか荷馬車が何台も通っていた。
人種も様々で、人間のほか獣人もいれば背の低いがっしりした男もいる。
あれがドワーフだろうか?
昨夜のプシホダ達との会話を思い出した。
と、
「人を傷付けずに済めばそれでいいが、こんな暮らしをしているとそうも言っておられん。いずれは覚悟を決めねばならぬ時がくる。その時に後悔せんうちに、腹は括って置いた方がいいぞ。」
クレンペラーは前を向いたまま、独り言のように呟いた。
「事情がありそうだて、くどくは言わんがな」
今までの世界の常識が通じるとは思えないし、あんな小さなターラですら投擲用のナイフを何本も手入れしていた。
自分だけ、人は傷付けたくありません、じゃ通用しない世界に来たんだ。
と改めて無常感に身をつまされる。
金てこを握る手に思わず力が入る。
「ちょっと休憩しようか。」
ターラは
大きな木の木陰に腰を下ろした。
「シバケンさん、大丈夫?」
「ええ、平坦な道ですから、まだ大丈夫ですよ。」
「それならいいけど、疲れたら休憩取るから声掛けてよ。あと、さっき買った干し果実食べると元気出るから。」
そう言いながら、ターラは干し果実を取り出して口に入れた。
赤い小さな実は、たしかアッツの実だったかな。
試食をしたら、酸っぱいレーズンのような味だった。
あとは、昨日ワイルさんと一緒に食べたイカンの実と、ナナとかいう果実だ。
ナナを取り出して口に入れると驚いた。
バナナだ。
細長い形もバナナに似ている。
思わぬ里心がついて、シバケンは夢中で食べた。
「そんなにナナが美味しかったの?私は甘酸っぱいアッツの実の方が好きだな。」
「懐かしい味に似てたので、つい。それに、私にはアッツの実はちょっと酸っぱ過ぎました。」
「そうなんだ、よかったら、取り替えっこする?へへへ、こんな事言う冒険者なんて初めてだよ。それじゃ、アッツの実ふたつとナナをひとつ交換ね。シバケンさんは甘党なんだね。お酒の方は?」
「お酒ですか?好きですよ。」
「何?お前さん呑めるのか?」
「もう、お爺さまったら。」
「今から行くアンブラ村は蜂蜜酒が名産じゃ。あれは高いが、旨い。この依頼が上手くいったら土産にでもするがいい。」
ミードというやつか。
生憎と今まで飲んだ事はなかった。
「何じゃ、相当な酒好きとみえるな。顔つきが変わりよった。」
クレンペラーは嬉しそうに笑っている。
「さあ、休憩も切り上げ、そろそろ出かけるか。」
2022.9.18 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2023.4.23 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました