017 まずはお買い物
2人は冒険者ギルドを出たその足でマーケットに向かう。
「まずは背嚢。それからロープやなんかの必需品に、薬草に携行食ってところかな。」
携行食の干し肉は、恥ずかしながら昨日3人の酒のアテになってしまった。
「今回はアンブラ村の宿に泊まるから、寝袋とかはいらないけど、そのかわり、シャサの花の運搬用に大きな籠はあった方が良いかもね。でもそれは、アンブラ村で用意しましょうか。」
ターラはテキパキと必要な物をリストアップしていく。
「ところで、シバケンさんはスキルとかはあるの?聞いてもいいのかな?私は少しだけなら魔法は使えるわ。お爺さまはスキル無しだけど《リルケの一角》をよく修めてるわ。今回の依頼も、むしろジャージャが出てきてくれるのを待ってるみたいなの。ジャージャの皮砥を狙ってるんだって。さっき言ってた武具屋にも、その話をしてるんじゃないかしら。」
《リルケの一角》というのは、流派的な何かだろうか。
それより気になったのは、ターラは魔法が使えるという。
「私は、《牽引》ってスキルを持ってるみたいです。」
「持ってるみたい、って何よ?それに、何だって?」
「《牽引》です。背嚢で運んだりするのには使えないみたいですけど、荷車で牽いたりするのに役に立ちそうなんですけど。」
「けど?」
「使った事ないんですよ。」
「何よそれ。変なの。」
思わず苦笑いが漏れる。
ターラも不思議そうにシバケンを見ているが、不快そうな印象はなかった。
「それじゃ、いつもシャサの花を入れるのに籠を使ってたけど、今回は荷車を借りてみようか。そうそう、湿地に入るからそれ用の装備もいるわね。着替えも多めにあった方がいいかもね。よし、それじゃ、まずは背嚢を買ったら、服屋さんから行きましょうか。」
ターラに言われるがまま、服屋、雑貨屋、肉屋へと入っていった。
「いざ物を見ると、あれも買った方がいいかな、なんて悩んじゃうわね。」
実際に品物を見ながら、ああでもない、こうでもない、これは初心者には大き過ぎる、まとめて買った方がいい、などターラは楽しそうに買い物に付き合ってくれた。
買い物が捗った分、シバケンの所持金がどんどんなくなっていき、不安にもなる。
「あとは、薬屋と武具屋ね。今から行く薬屋さんはいいお店よ。」
ターラに連れてこられた薬屋は、店構えこそ小さいが、こざっぱりと清潔な様子だった。
入り口前には鉢植えに可憐な花が咲いて、可愛らしくさえあった。
「こんにちは。」
ターラの後に続いて店に入る。
「いらっしゃい。あら、ターラちゃん。昨日も来たのに、また買い物?買い忘れでもあったの?」
小柄な人の良さそうな女性がカウンターから声をかけてきた。
店に入ると商品棚には様々な干した草やら、木の実やらが並んでいる。
カウンターの後ろには瓶が整然と並べられてあった。
「ううん、そうじゃないの。今回パーティを組むこの人用の買い物。今日冒険者に登録したばっかりだから、これからちょくちょく来ると思うわ。おばさん、よくしてあげてね。」
「はじめまして、シバケンって言います。よろしくお願いします。」
「あらあら、えらく丁寧な冒険者さんね。こちらこそ、ご贔屓くださいね。」
店の女性は愛嬌のある笑顔で応える。
「ターラ、今日も来たのか。」
奥から背の高い青年が出てきた。
黒い髪を後ろで無造作に縛り、うっすらと無精髭を生やしているが、不思議とだらしない印象は受けなかった。
「こら、お客さんになんで口の聞きようだ。まったくこの子ときたら。」
「いいよ。おばさん。ベルトは昔からこんな奴だから、気にしてないよ。ねぇ、ベルト、血止めを5,000ガン程度見繕って。あと、毒消しもちょっと入れておいてくれたら嬉しいな。」
「毒消し?どんな毒だ?」
「鬼蜂だから、そんな大した毒じゃないよ。」
「そうだな。それぐらいなら軽めの毒消しを、多めに入れといてやるよ。」
「シバケンさん、このベルトは《調合》のスキル持ちなの。だから若いけど腕の良い薬師なのよ。でも、スキル無しの親父さんの経験にはまだ及ばないかな。スキルって言っても万能じゃないのよね。」
そんなものなのか。
《調合》スキルがあれば、瀕死の重傷が治る薬を作ったり、千切れた腕が繋がったり、なんて都合良くはならないみたいだ。
渡された袋の中には、丁寧に小分けにされた薬が入っていた。
銀粒1顆は1,000ガンで、銅貨1枚は100ガンで、と財布からゴソゴソと硬貨を出して代金を支払った。
ターラに言われるがまま買い物をした結果、財布の中がだいぶ寂しくなってしまった。
「ターラ、お前の好きなナッツやるよ。」
「やった。ベルト、ありがと。」
ベルトは売り物の瓶の中からナッツをひとつまみ小袋に入れて、ターラに渡す。
ターラは早速1つを口に放り込み「シバケンさんにも、はい」といって1つ手に乗せてくれた。
マカダミアナッツに似た、大振りの丸いナッツだった。
「さぁ、最後に武具屋だね。」
ナッツをポリポリ噛みながら、ターラの後について行く。