016 ドキドキの初依頼
「おい、ターラよ。手続きは完了したぞ。」
横から年配の男性の声がした。
見ると、痩せていかめしい顔つきの老人が立っていた。
使い込まれた鎧を身につけ、腰には細身の剣をたばさんでいる。
「お爺さま、掲示は不要よ。この人にやってもらうわ。」
えっ、いやまだやると言ったつもりはないんだけど。。。
「そうか。ターラ、よくやった。それでは、すぐに出発の支度をしよう。この調子だと、今晩中にはアンブラ村まで着くじゃろう。依頼内容は話をしてあるのか?そうか。それは重畳。ワシはクレンペラー。こっちは孫のターラじゃ。お前さんの名は?シバケンか。ほう、今日登録したばかりとな。大丈夫じゃ。荒事はワシらだけで処理するゆえ、お前さんは収穫したシャサの花と、道道で採った物を運んでくれればよい。お前さんがどれだけ、綺麗に持ち帰るかで収入が変わるで、しっかりやりなさいよ。さて、3刻後(120分後)の太陽が2つとも中天に来たら出発としようかね。異存はないか?」
いきなり泊まりがけの依頼なんか受けていいのだろうか?
あれよあれよで話が進み、シバケンは戸惑ってしまう。
「すいません。急展開過ぎてついていけなくて。ちょっと待ってもらってていいですか?今日はお世話になってる人に連れてきてもらったんですけど、その人と相談してから、お返事します。」
「仕方ないのう。ダメなら他の者を探さねばならんのじゃ、早めに回答を頼むぞ。ワシらはここで待っておるから。」
あれから相当時間は経ったつもりだが、メルリーナはまだ戻って来てはなかった。
先程の受付まで戻ると、アミナと目が合った。
「すいません。メルリーナさんは?」
「マスターと2階で依頼打ち合わせをされてますけど、そういえば遅いですね。」
「シバケン、待たせた。ヴィリウスとの話が長引いてな。まぁ、時間は掛かりそうだが、何とかなりそうな話に落ちついたよ。」
メルリーナが颯爽と階段から降りてきた。
下から見上げたシバケンは、年甲斐もなくドギマギしてしまう。
「メルリーナさん、ちょうどよかった。依頼なんですけど。」
「ん?いくらシバケンでも、依頼の内容は話せないぞ。」
「そうじゃなくて。私の方なんです。」
と、先程クレンペラーとターラから聞かされた内容を話す。
横でアミナも聞いている。
「依頼内容は妥当じゃないか?アミナからは言いにくいかもしれないが、そのクレンペラーとターラってのはどんな冒険者なんだい?」
「クレンペラーさんですか。オープンな情報としては、ランクは4級の冒険者です。今話に出た依頼内容も4級ですが、ランクの割には難易度は低いんじゃないでしょうか。無事に依頼達成する確率は高いと思いますよ。ただ、ジャージャの出現だけは懸念材料ですけど。」
「そうか。ジャージャとは厄介だね。で、アミナ個人の意見は?」
「ギルド職員に個人的な意見はよくないんでしょうけど、彼らなら安心だと思いますよ。詳細は言えませんけど、クレンペラーさんは元騎士ですから、人柄も実力も共に申し分ないです。それに、孫のターラちゃんの索敵とのバランスも良くて。4級クラスの依頼ではまず間違いは無いでしょうね。彼らなら仮にジャージャが出たとしても、対処の仕方を心得てますよ。ただ、クレンペラーさんがちょっと頑固なところがあって、なかなか他の冒険者の人と打ち解けずにいますから、パーティは組まずに、いつもこうやって仲間が必要な度ごとに募集をしてますね。」
「ありがと。」
優しく目を見てお礼を言うメルリーナに対し、アミナが顔を赤らめて目を逸らす。
「さて、シバケン。どうする?多少のアドバイスはするけど、依頼を受ける受けない、これからは全て自分で決めなよ。」
「最初の依頼で遠出するのは不安ですけど、良い人そうでしたし、受けてみます。」
「そうか。わかった。まだ慣れてないだろうから、気を付けて。今朝ガイエンさんから貰ったお金とは別に、これも。」
と言って、皮袋をシバケンの手に乗せた。
ずっしりした重みのある袋の中には、銀粒やら銅貨などが入っていた。
「全部で60,000ガン入ってる。ガイエン様からの報酬と、昨日アンタが担いできた物を売った分を入れてある。アンタの正当な取り分だよ。遠慮なく貰っておきな。」
「ありがとうございます。でも、いつの間に?」
「昨日お前さんたちを部屋に移した後、窩主買いを呼んで話をつけたのさ。」
「けいずかい、、、?」
「アミナの前でする話じゃないけど、ああいう物の買い取りをする業者だよ。」
盗賊と暗殺者と諜報員を兼ねたような仕事をしてるのだろうから、盗品売買なんかはお手のものだろう。
それに、今朝起きたらヒューモたちの姿も見えず、また誰一人話題にもしていなかった。
その雰囲気にのまれて、こちらからも聞けずにいるのだが、なかなか闇の深そうな組織である。
とはいえ、お金は有り難く頂戴しておこう。
「まあ、しっかりおやり。仕事覚えてきたら、こっちから正式に依頼する事もあるだろうしね。」
「それじゃ、私は先に帰ってるから」と、メルリーナは冒険者ギルドを出て行った。
「クレンペラーさん、お待たせしました。」
「さっきの人が、“アンジュの顎”の人?ギルドの人の対応とか見ると、ランクが高い人みたいだね。で、どうだった。依頼は受けてくれるのかな?」
「ええ。お世話になります。慣れない事ばっかりで、ご迷惑を掛けるかとは思いますけど、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。ね、お爺さま。」
「うむ。こちらこそ、よろしく頼む。」
冒険者の荒くれ者からすると、クレンペラーという老人はやり難いタイプなのかも知れないが、堅苦しい感じはするものの素人の自分にさえ丁寧に答えてくれる親切な人、という印象だった。
「それじゃ、シバケンさん、受付行こうか。」
「受付?」
「そうよ。依頼を請けたって、ギルドに報告しないとね。」
「登録したばかりだと孫から聞いたが、ホントに何も知らんようだな。ワシらはすぐにでも出かけられるのだが、お前さんの準備は大丈夫なのか?」
「あ、いえ。準備と言っても、今身につけている物ぐらいしか荷物は無いですけど。。。」
「何?宿に置いてある、とかではないのか?何とまぁ。。。ターラよ、ワシは荷物を宿から持ってくる間、買い出しに付き合ってやれ。成功報酬ではあるが、足りない分はそこから天引きすればよかろう。お主も今後の事もあるのだ、今日ある程度の物を買ってしまえ。」
2人は呆れた顔でシバケンを見る。
「いいんですか?一緒に買い物に来て頂けると助かります。昨日この村に来たばかりで、どこで買ったら良いのかもわからなくて。」
「もう、だらしないなぁ。いいわ。しっかり良いの選んであげるね。」
「あんまり遅くなるでないぞ。出発は先程言った通りだ。ワシは荷物をまとめたら、いつもの武具屋におるでの。」
「わかったわ。お爺さまも無駄遣いしないようにね。さあ、シバケンさん、行こうか。」
「あ、はい。それじゃ、クレンペラーさん、また後ほど。ターラさん、よろしくお願いします。」
「うん。まさか依頼前に買い出し行くとは思わなかったわ。でも、なんだかこういうのも新鮮で楽しいわね。まず、何買いに行こうかな。シバケンさん、今何を持ってるの?」
「いえ。あの、この短剣と水筒ぐらいで、あとは何も。。。」
35歳にもなって13歳ぐらいの女の子に、何も無いというのはさすがに恥ずかしかった。
シバケンはターラに死体から奪った短剣を見せる。
水筒は、昨日ヒューモから貰った物がある。
「使い込まれたしっかりした造りの短剣ね。立派だわ。で、これ以外にはホントに何も?荷物入れとか薬草とか、携行食は?」
「ええ。」
「お爺さまは、報酬の前払いって言ってたけど、お金はあるんだよね?」
「足りるかどうかわかりませんけど。」
と言って、シバケンは先程メルリーナから貰った革袋を開けてみせる。
「シバケンさん、ダメだよ。こんなところで財布開いちゃ。」
ターラは笑いながら嗜める。
その辺の常識はこの世界でも同じだと思うと、ちょっと苦笑いする。
「それだけあれば、一通り揃えられるかな。それじゃ、お爺さまが待ってるから急がなきゃね。」
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました