011 ツァンダレの集落
ツァンダレの集落に着くと、シバケン達は思わぬ歓待を受けた。
ツァンダレというのはもっと排他的なものかとシバケンは想像していたのだが、それは嬉しい誤算だった。
木と葉と毛皮で出来た彼らの住宅は、サンラーテの天幕を想起させる簡素な物だった。
狩猟を生業としているので、移動しやすいような造りなのだろう。
シバケン達5人は、まず集落の長老連中の前に連れて来られると、その場でラステルとの顔合わせが行われた。
父親のサンラーテに似て、赤銅色の肌の屈強な男だったが、顔付きにはまだ幼さが感じられた。
「はじめまして。ラステルだね。私はシバケン、こっちはシマノフスキ。この3人は冒険者パーティ“サノイの曙光”のパーネル、イツァク、マイアだ。君の狩り初めに同行するためにこの集落にやってきた。私は狩りには加わらないけど、荷物持ちに付き添うよ。」
「ああ、話には聞いてる。よろしく。」
「こら、ラステル。ちゃんと挨拶をせんか。シバケンと言ったか。すまんね、口下手な奴で。お前さん達の事は、サンラーテから聞いてるよ。我々ツァンダレの伝統を絶やすのは忍びないでな、此度はお前さん達冒険者に狩り初めを手伝ってもらうよ。情けない話だが、なにぶん、よろしく頼むよ。」
長老の1人が深々と頭を下げると、慌てたようにラステルもそれに倣った。
「ご丁寧に恐れ入ります。こちらこそ、よろしくお願いします。」
シバケンは長老に頭を下げると、ラステルの方に身体をむけた。
「さてラステル、そろそろ本題の狩り初めの事を教えて貰っていいかな。出発は明日の朝かい?これから一緒に旅に出る仲間なんだ、リーダーである君の予定を教えてくれないか?」
「ああ、もちろんだ。アンタらさえよければ、今晩出るつもりだ。オレは、狩り初めの期間中、南東の“ラッケの背骨”を拠点にしようとと思っている。」
「“ラッケの背骨”か。なるほど、ラステルなかなかいい場所に目を付けたな。」
「だが、知ってるとは思うが、あの手前には砦跡もあるぞ。野盗の根城になってやしないか?厄介事に巻き込まれないように、気を付けなきゃならんぞ。それに、今晩出ると言っていたが、今から南東に向かうなら、川超えをするのは真夜中になるではないか。河原で夜明かしでもするつもりか?」
「ああ、そのつもりだ。肉ばかりじゃなく、魚も食糧として確保しておきたいから。砦跡についても、周辺に野盗の姿が見えるようなら、2日ばかりの遠回りをする予定だ。野盗なんかには、見付かりはしないさ。」
ラステルと長老達の会話に、シバケン達5人はすっかり取り残されてしまっていた。
「お話の途中に申し訳ないですけど、今の話についていけなくて。“ラッケの背骨”というのは?」
「ああ、お前さん達は知らないだろうな。ここから南東にある禿山の丘陵地だ。」
「禿山ですか?素人考えですけど、そんな所で狩りをするより、森の中の方が?」
「いや。あそこには、スナドラゴンがいるから。」
「スナドラゴン?!ドラゴンですか。」
まさか、ドラゴンなんて名前が出るとは。
シバケンは驚きの表情でラステルを見た。
「ああ。もちろんドラゴンって言っても、デカいトカゲだよ。だけど、デカい身体に似合わない素早さと、硬い外皮と鋭い牙を持ってるから、たとえ幼生でも厄介な獲物だ。」
「ラステルよ。確かにお前の言う通り、ヤツの外皮は素材としても我々には魅力だ。他の部位もそれぞれ役に立つ。だが、危険も伴う。同行をする冒険者の実力を見る前に“ラッケの背骨”を目標地とする事が、どういう事か分かるな?リーダーとしての判断なんだな?」
今まで黙っていたサンラーテが、ラステルの顔をじっと見つめて問いかける。
「サンラーテ。親のお前がそんな事を心配するでないわ。ラステルなら大丈夫よ。こやつならその見極めも出来ようて。いざという時の退路の確保にも抜かりはあるまい。」
「何言ってんだ。スナドラゴンだか何だか知らないが、俺たちは人数合わせに来たんじゃねぇよ。このラステルってのが危なかったら、俺たちが守ってやるから安心しな。」
パーネルの啖呵に、一瞬呆気に取られた一同だったが、
「たしかにな。これから狩り初めをする仲間にツァンダレも冒険者も関係ないな。ラステル、自分一人でなんとかするという考えを捨てて、皆で協力して良い狩り初めをしてきなさい。」
「頼んだぞ」と言いながら、長老達は笑いながら座を離れていき、自然とお開きになった。
「ラステル、今晩行くのなら、今から皆に説明をしなさい。オレはもう行くから、帰ってくるのを楽しみにしてるぞ。シバケン、ギルドに出した依頼の方は、狩り初めから帰ってから頼むぞ。」
サンラーテが去ると、ラステルとシバケン達の6名だけが残された。
「さてと。今晩出るというなら荷物をまとめてくるよ。我々が何を持ってるのか、ラステルも確認してくれ。あと、私はあくまでも荷物持ちだからね。これからは、この4人と連携を取って話をしてくれ。」
「おう、オレはパーネルだ。で、こっちがイツァクとマイラ。シバケンの隣にいるのは、シマノフスキだ。」
「よろしく。僕らの事は?」
「いや、何も聞いていない。教えてくれ。」
「わかった。詳しくは一緒に旅をしていくうちに分かって貰えるとは思うけど、僕ら3人は《バラタスの赤爪》の修行中の身だ。《バラタスの赤爪》は?」
「いや、初めてだ。」
ラステルがそう言うと、イツァクは抜き手も見せずに短剣を投げた。
投げた先には蛾が羽を広げた格好で壁に打ち付けられていた。
「すごいな。」
ラステルは素直に感嘆の声を上げた。
シバケンが以前同行したスニール駆除の時よりも、数段凄みが増しているような技の冴えだった。
少年の成長は早いからなのか、はたまた、実践を積む事で才能が花開いたというべきか、シバケンも目を見開いてその様子を見た。
「短剣を使うんだな。3人とも、って事でいいのか?」
「ああ。ついでに言うと、投擲だけじゃなくて接近戦もやれると思ってもらっていいよ。」
「あと、マイラは魔法も使えるぜ。」
「魔法を?どんな魔法が使えるんだ?」
シバケンは、マイラの親がサノージの古くからの友人の魔法使いだった事を思い出した。
「やめてよイツァク。そんな大した物じゃないわよ。アタシが使うのは生活魔法がメインよ。乾燥を早めたり、灯りを付けたり、寒さや暑さを和らげたり。あとは止血程度の回復魔法と、気を逸らすぐらいの軽い攻撃魔法ぐらいだから、あんまり期待はしないで。」
「いやいや、それはすごいな。俺たちツァンダレは魔法を使わないから、頼りになる仲間になりそうだな。」
「足手纏いにならないみたいならよかったわ。アタシ達もツァンダレの狩りのやり方を勉強させてもらうね。特に2人がご執心だから、ラステルは大変かもよ。」
マイラはラステルに笑いかけた。
以前に比べてマイラの表情が明るくなっているように、シバケンには思われた。
「彼は?シマノフスキといったか?お前達のパーティではないみたいだが。」
「ああ。彼は私と組んで荷物運びをメインに活動しているよ。とは言っても、攻撃魔法を使えるから、足手纏いにはならない筈だ。」
「そうか、こいつは魔法使いか。使えるのは、攻撃魔法だけなのか?」
「いや、回復魔法も使えるから、そっちの面でも頼りにして貰って構わない。話す事はあまり得意じゃないが、きっと役には立つよ。」
「そうか、それは助かるな。魔法使いに短剣を使う冒険者か。オレが今までやってきた狩りのやり方を変えなきゃなきゃいけなさそうだが、指示には従ってくれるか?」
「へへへ。今のところリーダーはアンタだから、指示には従ってやるぜ。」
パーネルが不敵に笑うと、ラステルは思わず苦笑を漏らした。
2023.4.23 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました