013 ゴモ村⑧ 身の振り方は決めました
「ギルドについての詳しい話は、明日アタシから説明するよ」
「そうして頂けると助かります」
「今日は色々あって疲れておるじゃろ。そろそろ寝てはどうだ?わしらは明日の段取りをするで、先に寝ておれ」
部外者である自分に聞かせたくない話もあるだろう。
興奮して眠気は全くなかったが、ワイルとプシホダを連れ立って部屋に戻っていった。
部屋に戻ると、ちゃっかりプシホダの左手には酒瓶が握られていた。
ずっと懐手をしているのかと思ったが、袖口がはためいているところを見ると、右手は肘のあたりから無いらしい。
シバケンはそれに気付くと、視線を逸らせた。
「まだいけるだろ?」
「ええ。いただきます」
「へへ。そうこなくっちゃ。ワイルはどうする?」
「たまには、ボクも貰おうかな。」
ワイルは尻尾を振ってこちらに寄ってきた。
よほど尻尾をジッと見てたのだろう。
「獣人が珍しいかい?」
「そんな筈ないよ。ザルツベルにだって獣人はいたでしょ?」
「そういう事じゃねぇんだよ。なあ?」
プシホダは思わせぶりにこちらに視線を向けた。
ガイエンもそうだったが、プシホダは薄々とこちらの事情を察しているかのようだった。
さっきも、サラリと『放家のスキル持ち』と言っていた。
だが、プシホダの視線からは探るような嫌らしさは感じられなかった。
「ええ、まぁ」と曖昧に返事を返し、思い切って質問をしてみる事にした。
「獣人って、ワイルさんみたいな方は多いんでしょうか?」
「やれやれ、ガイエンもとんだ奴を押し付けたもんだ。いいかい、分かってるとは思うけど、あんまり外でそんな質問しなさんなよ」
「ええ、プシホダさんならいいかと思って」
「そいつは、見込まれたもんだね。ありがたいこった」
「えっ?プシホダさん、どういう事?シバケンさんも変な事聞くんだね」
「獣人が多いか、と改めて聞かれると、まあ多いんだろうな。全人口の2〜3割ぐらいが獣人で、それとは別に爬人ってのが、獣人の半分ぐらいの数はいるかな。で、ドワーフ、エルフ、ハーフリングがそれぞれ全人口の1割ぐらいか。」
「そんなにですか?」
全人口の約20〜30%が獣人。
爬人というのがよくわからないけど、それが約15%。
エルフ、ドワーフ、ハーフリングもいるのが驚きだが、それがそれぞれ10%。
全人口のうち、人間は40%にも満たないというのか。
「プシホダさん、嘘を教えちゃダメですよ」
ワイルが呆れた顔をしている。
プシホダは片手で器用に酒を注ぎながら「少し計算が違ったか」などと嘯いている。
「シバケンさん、信じちゃダメですからね。ボクら獣人の割合はそれぐらいですけど、他はボクらの1割もいませんよ。もちろん、貿易の盛んなシャバルテみたいに、亜人にも寛容だったりすると割合が大きく変わりますけどね。」
獣人20〜30%で、他の4種族が2〜3%。
それなら、60%以上は人間という事か。
少し安心したと同時に、獣人の多さにも驚かされた。
「20%以上が獣人って事は、明日登録に行く冒険者にも、獣人がいたりするんでしょうか?」
「もちろんそうさ。ロギタってちょっとは名前の知られた冒険者がいるよ。ボクと同じ村の出身なんだ。ボクはこのクランに雇われてるだけだけど、“アンジュの顎”にも獣人はいるしね」
たまたま今日会わなかっただけで、この村にも彼のような獣人が普通に生活しているのだろう。
この世界の価値観は分からないが、人種の話はセンシティブな話題になりそうなので、気を付けた方がいいかもしれない。
「でも、シバケンさんよかったね。」
「何がです?」
「明日の冒険者登録、メルリーナさんと一緒に行くんでしょ?」
「たぶん、そうだと思いますけど」
「“アンジュの顎”の支部長の同伴だからね。今後、冒険者ギルドでも気にかけてもらえる筈だよ」
凛々しい女性だったけど、メルリーナはここの支部長だったのか。
だが。ありがたい反面、悪目立ちは避けたいと、シバケンは複雑な気持ちになる。
「まぁ、今日ガイエンから貰った小遣いもあるし、当面の寝床の心配はねぇんだ。すぐに仕事を請ける必要はねえさ。じっくり依頼内容を検討すりゃいいんじゃねえか。」
「そうだね、プシホダさんの言う通りだよ。中には危険の多い依頼や、手間ばっかり掛かって見返りの少ない依頼なんかもあるみたいだし。しっかり依頼内容は吟味しないとね」
「それに《牽引》とか言ったな?その訳の分からねぇスキルについても、徐々に慣れて行かなきゃならねぇしな。」
「へえ、シバケンさんスキル持ってるんだ。《牽引》っていうからには、何か引っ張って運ぶのに力を発揮するのかなぁ?普通に荷物を持つのはダメなの?」
「ええ、そうなんですよ。背中に背負って歩く時には関係ないみたいです。今日のガイエンさん達の荷物担いで歩くの、ホントに大変でしたから。」
「とはいえ、スキル持ちってだけで有利なんだから、せいぜい頑張りな。寝泊まりはここでするつもりなんだろ?」
「ありがとうございます。ええ、メルリーナさんにせっかく言って頂いたんですから、遠慮なく使わせて貰います。プシホダさんも、ワイルさんもこれからよろしくお願いします」
「かしこまらなくていいよ、面倒くさい。それより、報酬貰ったら、酒でも買ってきてくれよ。」
「ええ。私もそのつもりでした。」
「お前も好きだねぇ」
「ワイルさんには、どんな物をお礼に買ってきましょうか?」
「お礼なんていいよ」
「ワイル、遠慮なんてするんじゃねえよ。ありがたく好意を受け取っときな」
「それじゃあ、何にしようかなぁ。ボクはお酒より、甘い物の方がいいかな。どうしようかなぁ。」
「あぁあ、コイツは悩み出したら決まりゃしねぇ。こうなったら長くなるぜ。」
「楽しみにしてもらえて嬉しいですよ。ワイルさん、ゆっくり悩んでくださいね。」
「なかなか決められなくて、ごめんね。でも、人からプレゼント貰うなんて初めてだから、何を選んだらいいのかわからなくて。」
「でも、私の初めての報酬ですから、お手柔らかにお願いね」
「うん。もちろんだよ」
ホントに良い人達に出会えた。
まだ冒険者にも登録してないのに、その最初の報酬で誂えるプレゼントにワイルがことのほか期待をしている。
その姿を微笑ましく見ていると、プシホダが大きく欠伸をすると、肘枕でゴロリと横になった。
「オレはそろそろ寝るよ。お前たちも起きてるのは勝手だが、灯りは消してくれよ。あと、話すんなら部屋の隅で小声でな」
ワイルは苦笑いを浮かべる。
「いつもこうなんだ。お酒が無くなると、さっきまで話してたかと思うと、急に寝るって言って、さっさと灯りを消しちゃうんだ。」
「2人は長いんですか?」
「ボクがここの下働きに来てからもう1年になるから、長いっちゃ長いよね。プシホダさんは最初からずっと変わらずこんな感じだよ。」
ワイルの言う「こんな感じ」とは、ずっと酒飲んでるって事なんだろう。
右手を負傷して引退した、元凄腕の影人、という感じなんだろうか。
その割に荒んだ所や、人を寄せ付けない狷介さというのは感じられない。
これも、自分の正体を見透かされないようにする、一流の影人のテクニックなのかもしれない。
「シバケンさん、何考えてるの?寝れない?食堂で温かいミルクでも作ってこようか?」
「あ、ごめんなさい。明日も早いから寝ましょう。」
この世界にもミルクはあるんだ。
何の乳かな?
ワイルさんは犬みたいな感じだったから、牛みたいな獣人がいるのかな?
でも、牛みたいな獣人は牛じゃないから、その乳を飲んだらマズイよな。。。
などとバカな事を考えているうちに、異世界の初日は更けて行った。
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました