011 ゴモ村⑥ おかれた立場
「おう、久しぶりだな」
「プシホダ、助かったよ。ありがとね」
「ヒューモ様にそう言って貰えるのは申し訳ないですよ。当然の事をしたまでで。メルリーナに万が一何かあったら、明日からタダ酒食らってられなくなりますからね。」
メルリーナは、服の埃をはたきながらプシホダの顔を見る。
「プシホダ、助かったよ。他の子は?あと、荷物持ちさんも」
「こっちは大丈夫ですよ。」
「ワイルかい、よかった。無事だったみたいだね。荷物持ちさんの方は。。。大丈夫じゃなさそうだね。どうしたんだい?」
「あの閃光もまともに見ちゃったみたいで。これでも、だいぶ身体が動くようになったんですよ。それにしても、強力な《拘束》でしたね。こんなに効果が持続してるのなんて、聞いた事ないですよ。」
「あれをまともに食らったのかい?そりゃ災難だったね。あいつ、戦ってる最中にも、あたし達にも《拘束》を掛けてきたからね。こっちは抵抗するのにも必死だったよ。」
「あの混戦のなか、味方を避けてワシらだけを的確に狙いを定めていたからな。威力だけでなく、制御も大したもんだ。」
「ガイエンさん、感心してないで、いい加減教えてもらっていいですか?」
皆の視線がシバケンに集まる。
シバケンはワイルの肩につかまりながら、涙の溢れる目を抑えつつ、ガイエンを見つめている。
「あいつらは何だったんですか?あと、あなたたちは?ガイエンさん、今日の事は感謝してますけど、またあいつらが来るんなら、私は荷物持ちの仕事辞めさせて貰いたいんですけど。」
「はっはっは。お前さんには初日から怖い思いをさせてしまったな。閃光を直接見たという話だが、他に怪我は無いか?まぁ、あいつらも無関係のお前まで傷付ける気はないだろう。今後、お前があいつらから狙われる事もない、安心せい。とはいえ、お前にも説明はしてやらんとな。それでは、明日の作戦会議がてら、一通り状況をまとめようかの」
皆は訝しそうな顔で、ガイエンとシバケンの顔を見比べる。
シバケンは、先程からガイエンを見つめたままだ。
その状況に、ガイエンは不敵な表情を浮かべて皆の顔を見返す。
「まずは、事の起こりからから説明せねばな。今後は皆にも協力をしてもらわないといけないかもしれないから、プシホダもそのつもりで聞いてくれ。」
「面倒事はごめんだぜ。」
「まずはガイエンさんが説明して下さるんだ。黙って聞きな。」
「シバケンよ、ワシらは“アンジュの顎”という影人のクランだ」
ガイエンが語り始めるのを、何を今更、と言う顔でメルリーナがガイエンとシバケンの顔を交互に見やる。
プシホダは、へぇ、という珍しいものを見るような顔でシバケンを見る。
「かげと、、、?」
「影の人と書いて、影人だ。かつては暗殺を生業としてきた。ちなみに、諜報を生業としてきたのは、風の人と書いて風人。さっき襲ってきたやつらがその風人のクラン“イヌゥの磔刑”だ。昔の事はいざ知らず、今では共に盗賊ギルドに所属しておる。ここまでいいか?」
「はぁ。同じギルドの仲間という事ですか?」
「仲間ではないな。依頼によっては協力する事ももちろんあるがね。改めて聞かれると説明はし難いが、商売敵ってほど仲は悪くはなく、地域・依頼内容でなんとなく棲み分けが出来てる同業者、というのが妥当なところだろうな。もちろん、個人レベルでの、仲の良し悪しは別だ」
「何となくイメージは出来ました。ですけど、なぜ彼らは襲ってきたんです?」
「半日一緒にいたヒューモ様がどういう素性かは分かるか?」
ガイエンは、シバケンの問いに別の問いで返した。
「ヒューモ様って、様を付けて皆さんが呼んでますから、組織のボスのお子さん、ですか?」
「ご名答。では、なぜそのヒューモ様が狙われておるのかという話だが。ヒューモ様の二親は早くに亡くなられたので、先代様であるお祖父様に育てられ、先代様とは若い頃から死線を共に超えてきたワシがヒューモ様の教育係的な仕事を仰せつかった。そして、その先代様が去年亡くなったんだ。」
ガイエンはシバケンが理解しているか確認しつつ、続きを話し始めた。
「さて、盗賊ギルドには評議会という幹部会があり、そこに加盟するとしないとでは、受けられる依頼に大きな差が出てくる。ワシら“アンジュの顎”は、ずっと評議会に加盟しておるのだが、リーダーである先代様が亡くなったため評議会への加盟が存続出来ない。ワシらはそこいらのクランとは違い、伝統ある影人。新たなリーダーにヒューモ様を立てておるのだが、その幼さ故に問題が生じておるのだ。ワシに言わせれば、成人に達するまで後見として誰かが立てば全く問題では無いのだがな。」
ワイルは全員分のお茶を淹れて持ってきた。
ほんのり甘いお茶を飲み、シバケンはしだいに興奮した心が収まってきた。
「ワイル、ありがとよ。さて、そこでじゃ。クランとして伝統があるから、評議会でも上座を占めるワシらの事を面白く思っとらん連中がおるんじゃよ。それが、ヒューモ様をリーダーとする旨の届けを出す事に、嫌がらせしておるのよ」
「あれが、嫌がらせ、ですか?」
「ああ、確かに度は越しておるがな。ワシらとしても、この申請が受理されるまでの期間、評議会から弾かれてしまうので、クラン存続のため何としても明日タランテラ市の盗賊ギルドに行かねばならぬのよ。」
ガイエンが語った内容はこうだ。
二親に早くに死に別れたヒューモは、次期リーダーとしての申請が可能な10歳になるまで、ガイエンをはじめ古老たちに育てられた。
だが、10歳を迎える直前に、ヒューモの祖父が亡くなったという。
幸いヒューモは5日後に10歳を迎えるため、盗賊ギルドの支部のあるタランテラ市にむかい、次期リーダーの申請は可能だという。
そもそも盗賊ギルドには評議会というのがあり、そこに加盟出来ると出来ないとでは、依頼される仕事内容、ひいては報酬の面で大きな差がある。
“アンジュの顎”は、影人の頭領として盗賊ギルド発足から重きをなし、ずっと評議会のメンバーだが、ボス不在の今は仮加盟という状況。
さらに、構成人数は減っており、影人の頭領として一目置かれてはいるが、決して豊かな屋台骨とは言い難いという。
今の組織にとって、ヒューモの次期リーダー承認からの評議会の正式加盟は必須だという。
一方、“アンジュの顎”同様に、盗賊ギルド発足から重きをなしたのは、風人の頭領“イヌゥの磔刑”。
こちらは諜報メインの活動で、着実に人数を増やしているが、盗賊ギルドの序列では“アンジュの顎”の後塵を拝しているという。
“アンジュの顎”も“イヌゥの磔刑”も、共にその成立からして血族主義の為、正統な後継者ヒューモを殺したら、大打撃になるのは、充分承知している。
「さて、そこでさらに困った問題があってな。先代様には弟がおられるんじゃ」
「やはり、この件にギルディア様が!?」
急にメルリーナが声を荒らげる。
「確証はない。が、あの方ならば、と疑い出せば思い当たる点も多いわ。何より、今回の一件で“イヌゥの磔刑”の奴らの動きが大胆過ぎる。だが、それもあの方が後ろにいればわかる。あの方なら、“イヌゥの磔刑”の跳ねっ返り共を手玉に取って、ヒューモ様を亡きものにするぐらいはやるじゃろ。」
“アンジュの顎”の弱体化を狙う“イヌゥの磔刑”と、それを裏で操り自分がボスに収まろうとする、先代様の弟。
この二者の思惑が一致したのだという。
「さらにだ」
ガイエンの話はまだ続く。
2022.9.3 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2022.10.30 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2023.5.4 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました