007 いざ採掘①
朝の鍛錬を終えたクレンペラーが、上半身裸で吹き出す汗を拭っている。
シバケンは、眠い眼を擦りながら、庭に降りて来た。
「おう、シバケン起きたか。昨日はすまなかったな。よく寝れたか?」
「おはようございます。おかげ様で、いつも通り眠れましたよ。クレンペラーさんは、呑んだ次の日も鍛錬は欠かさないんですね。頭が下がります。」
「まあな。褒められるような事ではなく、ただ50年続けている習慣というだけよ。やらない方が、逆に気持ちが悪いわ。」
「そういうものですか。」
自堕落な生活が身に染みているシバケンには、耳の痛い話だった。
それを十分に察しているクレンペラーは、話題を変える。
「雲ひとつ無いところを見ると、今日はなかなかに暑くなりそうだな。今日から3日間、やったらやっただけ報酬に加算されるから、シバケンはしっかり稼いでくれよ。」
「ええ、暑さに身体やられないように、気をつけながら頑張りますよ。でも、その口ぶりだと、クレンペラーさんは?」
「ワシか?ワシは金にそう困っておらんから、ほどほどだ。むしろ、今回の依頼は、金よりウルリートに会いたい気持ちの方が強かったからな。昨日で目的の半分は終わったみたいなものよ。」
珍しく上機嫌で饒舌なクレンペラーだった。
ウルリートと呑めたのがよほど楽しかったのだろうな、とシバケンは想像する。
クレンペラーと話しながらシバケンが顔を洗っていると、他の泊り客が続々と起き出して来た。
シバケンは水場を譲ると、クレンペラーと共に部屋に戻る。
ターラとシマノフスキはまだ寝ていたので、クレンペラーと手分けをして声を掛けた。
「あと半刻(約20分)で宿を出るぞ。荷物はまとめておくから、早く顔を洗ってきなさい。シバケンも荷物は宿には置かずに持って行くから、まとめておきなさい。」
クレンペラーはそう言うと、ターラと2人分の荷物をまとめ始めた。
クレンペラーに聞くと、流れ者が多いため宿に荷物を置きっぱなしにするのは物騒なので、衛兵が常駐している鉱山事務所に保管をして貰うとの事だった。
「荷物と言われても、取るものも取り敢えずでこの村に来ましたから、まとめるほどもありませんよ。逆に、作業をするのにどんな物を用意したらいいんでしょうか?一応ボロ手袋はありますけど、足りないなら買わないと。」
「オレもよく知らないが、それで良いんじゃないか。あとは、粉塵を吸わないように、布を口と鼻の周りに巻いておけば十分だろう。金槌のような採取に必要な道具は、全て組合からの支給がある筈だ。あと、怪我をした時のための薬も一応は用意はしてあるみたいだが、もし自分で持ってきているなら持って行った方がいいぞ。」
「薬ですか?組合が用意してあるなら、それを使えば?」
「もちろんそれでもいいんだが、当然金は払わなきゃいけないぞ。」
「えっ?お金がいるんですか?」
「当たり前じゃ。だから、もし有るなら自身の薬は持って行った方がいいだろうな。あと、水と食糧だが、昼食は弁当を現地で買う事が出来るから不要だが、休憩の時に飲む水と食い物は持って行った方がいいかもしれんな。干し果実とかが理想だが、持ってるか?」
干し果実はシバケンもシマノフスキも好物なので、切らした事はない。
「ええ、干し果実はあります。水はこの革水筒ぐらいしかないのですけど、、、」
「いやいや、これで十分だろう。現場には水屋も出ておるから、足りない分はそこで補充もできる筈だ。」
「それ以外の物は?」
「まぁ、これぐらいかの。残りはまとめて事務所に保管して貰うようにすれば、手荷物も少なくて作業が捗るだろう。」
「そうですね。違ったら、明日から改めればいいですし。」
「そういう事だ。」
そうこうしているうちに、ターラとシマノフスキが起きてきた。
眠そうなターラをシマノフスキが手を引いている、という珍しい光景だった。
2人を急き立てるようにして宿を出ると、同じようにゾロゾロと多くの男たちが同じ方向に歩いていた。
皆、鉱山に向かっているのだろう。
これで、道に迷う事は無さそうだった。
着いた鉱山の入り口には、頑丈な塀が巡らされ、衛兵が立ち、入山の確認の為の長い列が出来ていた。
他の鉱山を知らないので、ここが特別かどうかは分からないが、物々しい雰囲気をシバケンは受けた。
鉱石採取という貴重品を扱うので、確かにセキュリティは必要なんだろうな、とシバケンは感心しながらキョロキョロと周りを見回す。
「長いわね」などとターラは不平を口に出すが、何かにつけて興味深かったので、シバケンにはさほど時間が掛かったようには思われなかった。
クレンペラーに従って、入山の手続きを済ませ、そのまま組合事務所に荷物を預けたところでターラとは別れた。
ターラは、夜鉱蔦の採取チームと合流をするという。
シバケンたち3人は、組合の職員の案内でそのまま上半身裸のドワーフの前に連れて行かれた。
「クレンペラーさんと、シバケンさんと、シマノフスキさんだな。ウルリートの旦那から話は聞いてる。よろしく頼むな。あんた方には、ベテランのザッカーを付ける。無口な奴だが、あいつの指示通り動いてくれれば間違いは無え。おい、誰かザッカーを呼んできてくれ。」
ほどなくして、2mほどの大男が連れて来られた。
髪も髭もボサボサで、身体中生傷だらけの姿に、シバケンは圧倒されてしまった。
「オレはザッカーだ。鉱山の中ではオレの指示に従ってくれ。説明するのは苦手だから、わからねぇ事があったら、その場で聞いてくれ。あと、何か鉱山でトラブルがあったら、オレの名前を出してくれたらいいからな。」
そう言うと3人に道具を配り、後ろを付いて来るように言い、そのまま鉱山の中に入っていった。
鉱山の中は、ランプのような魔道具が設けられ、作業に不自由の無い程度の光は確保されているようだった。
しかも、要所要所に筒型の扇風機のような物も設置されており、坑道内の換気が出来るようになっている事に驚かされた。
分かれ道まで来ると、ザッカーはメインの坑道から分岐した細い坑道へと入っていく。
この辺りはまだ採掘が進んでいないのだろう、光も乏しく、作業者もまばらだった。
行き止まりまで来ると、ザッカーは振り返る。
「到着だ。オレがここを掘り進めるから、あんた方はこの壁面周囲を掘ってくれ。どこを掘るとかの見極めは素人には無理だ。難しい事を考えずに、ただ掘るだけでいい。掘った石も、運搬専門の人足が回収にくるから、気にしなくて大丈夫だ。」
そう言うと、特製らしい大型のツルハシを壁面に振り下ろす。
ガチン
という音が狭い坑道に響いた。
「見てくれ。ここだけ濃い緑色になってるだろう。これが緑鉱石の鉱脈だ。そういった場所を中心に掘った方が効率はいいかもな。」
薄暗い坑道の中で『緑鉱石の鉱脈』と見せられた物と他の残骸との区別は、シバケンには全くつかなかった。
クレンペラーも同様のようで、苦笑いを浮かべながら「取り敢えず、やってみるしか無いな」と言って、貸し与えられたツルハシを握る。
シバケンも闇雲に掘るしかないと諦めて、クレンペラーから少し離れた壁面に向かってツルハシを振り下ろす。
「ああ、完全出来高だから、足が出るかもなぁ」と早くも悲観しながらも、シバケンは無言で掘り続ける。
シマノフスキの方は、単調な作業は得意とみえて飽きずにずっと作業を続けていた。
流石のクレンペラーは、ツルハシを振り下ろす音がリズミカルで、3人の中で一番掘削量は多そうだった。
組合の想定以上に3人の仕事が早いためなのか、運搬する人足の手が間に合わず、だんだんが掘った石が積もり始めた。
ザッカーも流石にそれに気付く。
「ちょっと待ってくれ。あんた方の仕事が早いみたいで、このままだとこっちが埋まっちまう。もう少し人を回してもらうように言ってくるから、あんた達は休憩しててくれ。」
と、持ち場を離れていった。
シバケンはその言葉を聞くと、その場にへたり込んだ。
肩と腕がパンパンに張って、革水筒を持ち上げるのも一苦労だった。
なかなかザッカーは戻って来ずに、3人が顔を見合わせる頃に、ドシドシという足音が近付いて来た。
「あんた方には悪いが、ダメだ話にならねぇ。」
足音と共に、ザッカーは不機嫌な顔で戻ってきた。