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010 ゴモ村⑤ 一時的な撤退

「プシホダさん、あの音は?」

「ヒューモ様を狙って、“イヌゥの磔刑”の奴らが来やがったんだよ。ワイル、お前はさっきの荷物持ちを探して、隠れてろ。」

「プシホダさんも。」

「オレはちょいと見てくるよ。深入りしなきゃ、オレみたいなジジイまで手出しはしねぇさ。」


 そう言うと、プシホダは音もなく部屋を出ていった。

 慌ててワイルもそれに続く。

 すぐに厨房で床に転がり涙を流して呻いているシバケンを見つける。


「シバケンさん、大丈夫ですか?」


 先程の《拘束》の効果が薄れてきたのか、シバケンの身体は僅かながら身体は動くようになっている。

 それでも、口と舌が痺れて思うように喋られない。

 しかも、閃光を直視した為に視界がきかず、シバケンはすっかりパニックになっていた。


「ワイルですよ。怪我してないですか?落ち付いて。目はじきに見えるようになりますから、静かにして。」


 見知った声とワイルの大きな体に抱えられ、シバケンは気持ちも少し落ち着きを取り戻しつつあった。


「体は動きますか?」


 シバケンの全身を見て怪我の無いのを確認すると、「少し離れますね」と言って水を汲んできた。

 わずかにツンとする香りがした。


「ハンの花のエキスを垂らしてますから、少しは効果があると思いますよ。でも、こんな長い時間持続する《拘束》を掛けるなんて、相当な高レベルな人が混じってるみたいだ。みんな大丈夫だといいんだけど。」


 水を飲もうとしたものの、シバケンは半分ぐらいはこぼしてしまった。

 この《拘束》は時間が経てば、徐々に効果を失うらしい。

 しかも、即効性があるとも思えないが、それでも今飲んだ水にも《拘束》を抑える効果があると言われたので、シバケンの気持ちも少しは落ちついて、思考がはっきりとしてきた。


 もうこうなったら、変に思われてもいいから、口が聞けるようになったら、ワイルさんに状況を確認しなきゃ。

 ガイエンという、あの人は何?

 ヒューモというあの男の子が狙われてるけど、襲ってきた男は誰?

 それに、この《拘束》って、何?

 魔法?催眠術?スキル?

 名称はともかくとして、一体何なの?

 そもそもワイルさん自身も、獣人だし。

 この世界そのものを知りたい。

 場合によっては、荷物持ちの報酬は諦めて、これ以上巻き込まれないように逃げ出さないと。

 あぁ、早く聞きたいのに、舌の痺れはまだ治らない。

 シバケンは、じれったさに身を悶えた。


一方


 おぉ、やってるな。


 プシホダは、扉の影から部屋の中を覗き見る。

 ガイエンがヒューモ様をしっかり守りながら、男3人相手に応戦してるが、1人ヤバそうな奴がいるな。

 おそらく、あいつがリーダーか。

 メルリーナの方は、1人喉を押さえてのたうち回ってるから、残りは2人か。

 メルリーナでも、充分対応出来そうだな。

 ん?ふたりの死角に1人潜んで、投擲の隙を伺っている奴がいるな。

 ガイエンはともかく、メルリーナは気付いてなさそうだな。


 プシホダは一瞬で状況を見極めると、床に落ちてるロープの切れ端を拾い、息を吹きかけ2人の死角から隙を伺っている男の足元目掛けて投げた。


「毒蛇っ!?」


 男は悲鳴に似た声をあげ、投擲ナイフの狙いを外す。

 その声に襲撃者達の気が一瞬削がれる。


 その不調和を2人は見逃さず、メルリーナは短剣で相手の太腿を切り裂き、ガイエンはリーダーと思しき男目掛けて礫を投げた。

 が、その男――アーゲンタインは、半歩身体を引くだけで礫を躱した。

 そのままの勢いで壁に突き刺さった礫は4個。

 アーゲンタインはガイエンの投げた4個の礫を、僅かな身体の動きだけで躱した事になる。


 殊更大袈裟に気を引いて、死角からナイフでヒューモに致命傷を与える、これがアーゲンタインの作戦だった。

 街中での襲撃というリスクは承知の上で、殲滅では無く、ただただヒューモにのみ致命傷を与える事を目的としていたのだが、これ以上街中で騒ぎを大きくする訳にはいかず、今の奇襲が失敗はそのままこの作戦の失敗を意味する。

 よしんば、このまま差し違えて、ヒューモに致命傷を与えられたとして、街中でここまでの騒ぎを起こしたら、自警団も黙っていまい。

 今後の“イヌゥの磔刑”の、タランテラ郷での活動に支障をきたす。

 ゴモ村からタランテラ市まで2日の行程。

 まだチャンスはある。

 ここで無理して仲間の戦力を削ぐ方が、愚策か。

 アーゲンタインは、一瞬で今の置かれた状況を見極めた。


 それにしても、あんなロープを毒蛇に見せるなんて子供騙しの《幻惑》に引っ掛かるとは。

 と、苦笑いを浮かる。


「ガイエン、今日はこのまま退く。明日また会おう。」


 アーゲンタインはそう言うと、消えるようにいなくなった。

 残った6人の男たちも、ガラスの割れた窓から姿を消していった。


 残された部屋の惨状が、争いの激しさを物語っていた。

 メルリーナは身体を起こし、髪をかきあげると服についた土埃をはたいた。

 唇から血が滲み、左の袖口からは血が垂れる。


「大丈夫?」


 ヒューモが不安げな顔でメルリーナの左手を握る。

 さっきまでの厳しい顔をひっこめ、ヒューモの目線と同じ高さになるよう膝を付く。


「ヒューモ様、ありがとうございます。私のはホンのかすり傷です。それより、ヒューモ様こそ怖い思いをさせて申し訳ございませんでした。私のミスです。ガイエン様も。」


 と、ガイエンの顔を見上げる


「何。奴らが来る事は想定済みじゃ。奴ら自身も明日も来ると言うておったが、まずその前に奴らの戦力と、あわよくば何人か使い物にならぬようにしようと思ったのだがな。なかなかに手強かったのう。特にあのリーダーの男、あれは大したものだ。今日こうして皆が無事だったのも幸いだ。あそこまでの者がいるとはわしも想定外よ。申し訳なかった。こうなったら、明日タランテラ市までの道中は、奴らもより大胆な行動を取る恐れがあるな。気を引き締めねばなるまい。それはそうと、プシホダよ、久しぶりだな。お前さんにはもう何度となく助けてもらっておるな。相変わらずの腕の冴えじゃな。」


 ガイエンは、先程まで見せていた厳しい表情が消え、一転優しい笑みを浮かべながらプシホダの方を見た。


2022.10.30 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

2023.4.23 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました

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