009 ゴモ村④ 襲撃
「あの、喉が渇いたのですけど、お水は?」
「ん?ここに来る途中に厨房があっただろ?水瓶に飲料水が溜めてあるから、適当に持って来な。それと、食い物も欲しけりゃ、勝手に食えばいいからな。ついでに、酒がある筈だから持ってきてくれねえか」
「プシホダさんもうダメですよ」というワイルの声に「うるせえよ」とプシホダは一蹴する。
シバケンは再度酒の念押しをされ、プシホダから空になった酒瓶を押し付けられた。
シバケンは、廊下に出て厨房を目指す。
厨房は灯りが灯っており、その光が廊下まで照らしていた。
長時間歩いたせいで笑う膝をかばうように、壁に手を添えながらゆっくり進む。
厨房には誰もおらず、床の木箱には野菜が積まれ、風通しのいい窓際には肉がぶら下がっていた。
表面が乾いて、ハムのようになっている。
作業台の上には、使いかけの食材が無造作に並べられている。
コンロの上には鍋があり、その中には先程食べたシチューが入っていた。
具はゴロゴロと大ぶりに切られた野菜だけだが、コクがあり非常に美味しかった。
足元を見ると水瓶が目に入った。
他に水瓶は見当たらないので、これが飲料水の入った水瓶なんだろう。
柄杓ですくい、喉を潤した。
酒は無いだろうかとキョロキョロとあたりを見渡すと、プシボダが持たせた物と同じ形の瓶を見つけた。
酒だろうか?
コルク栓を抜いて匂いを嗅ぐと、先程の酒に間違いはなかった。
旨い酒だった。
こんな酒があるなら異世界も悪くないかな、なんて少し酔いの回った頭で、シバケンは自嘲気味に笑う。
プシホダの酒も見つけた事だし、皿にシチューのお代わりを注ぐ。
作業台の上にはパンが乗っていたので、薄く切ろうと腰からガイエンから渡されたナイフを抜く。
「なぜそのナイフをお前が持っている?」
突然、耳元に声が聞こえた。
ひっ。
シバケンはナイフを落とす。
腰が抜けたが、体が棒立ちのまま動かない。
ナイフが床に落ちた音が静かな厨房に響く。
男は、落としたナイフを見た後、棒立ちのまま顔を引きつらせているシバケンを無表情に眺める。
「あれほどガイエンには油断するなと言ったのに、残念な事をした。しかも足止めすら出来んとはな。オレの想像の上をいくとは、老いたりといえど影人の頭領は伊達じゃないか。あのゲルギスらでも、荷が勝ち過ぎていたとはな。。。とはいえ、部下の質はあまりにもお粗末だがな。」
と、一瞬シバケンを嘲るような色を見せると、床に落ちたナイフを拾う。
口も開けられずにもがいているシバケンを見て、さも不思議そうな表情を浮かべる。
「知らぬ訳でもあるまい。《拘束》だ。そう易々と解けるようなものではない。無駄な事はするな。無駄な血を流すつもりはない。用件を済ませたら、すぐ出て行くから安心しろ。俺の顔を覚えたか?復讐をしたければ好きにすればいい。」
そう言った途端、入り口付近で窓ガラスの割れる音が響いた。
と同時に、激しい閃光が辺りを襲う。
瞼すら閉じる事も出来ずに、シバケンは閃光をまともに直視した。
男はいつの間にかいなくなっていた。
少し時間は遡り――
食堂のメルリーナは、先ほどからの不審な気配に気付いてはいた。
人数は5名。
その表情を見て、ガイエンは頷くと同時に、厨房の方をわずかに指をさす。
メルリーナは眉をひそめ、意識を厨房に向ける。
先ほどから、シバケンという名の例の荷物持ちがごそごそしているのは感じていたが、その気配の他に僅かながらもう一人の気配を感じる。
と、
外の気配が大きくなってきた。
すると、突然。
窓ガラスの割れる音と閃光が同時に襲い、ガイエンは咄嗟にヒューモを抱いて部屋の隅に身を寄せる。
右手はヒューモの目を押さえ、左手で体を抱え込む。
ぎゃ
男の叫び声が聞こえる。
メルリーナが、閃光と共に侵入した男の懐に入り、短剣をその体に突き立てている。
「メルリーナ。殺すなよ。」
ガイエンは懐の礫を襲い掛かってくる男に投げつけ、間髪入れず別の男の腕をとり逆にねじ上げ、激しく床に叩きつけた。
2人とも閃光による目眩しを、全く問題にしていなかった。
礫を投げられた男は、咄嗟に身をかわしたが僅かに間に合わず、瞼の上を切り血が流れる。
ガイエンは男たちが侵入した窓に向かいヒューモを抱いたまま飛び出そうとするが、激しい気配を感じ、そのまま窓には行かず机を倒し身を隠した。
と、机にナイフが2本突き刺さる。
間髪を入れず、その死角から男の長い剣がしなりながらヒューモを狙う。
過たずヒューモの首筋に切っ先が迫る。
ガイエンは素手でその刃をはじく。
なっ
驚く男。
ガイエンは小さな指輪のアームで切っ先をはじいた。
そのまま、驚き一瞬の隙を見せた男の顎先に掌底を打ち込む。
グエっという、呻きと共に男は崩れ落ちる。
ヒューモは泣き声ひとつ出さずに、ガイエンに抱えられながらその様子をジッと見ている。
メルリーナは男の体から短剣を捻るように抜き取ると、そのまま部屋の端で投擲の構えを取る男に駆け寄る。
猫のようなしなやかさで、男に飛びかかる。
右脚で短剣を持つ男の腕を跳ね上げ、更に鎖骨目掛けて振り下ろす。
男は辛うじて身を捩って交わしたが、メルリーナの踵が瞼をかすめる。
瞼から血を流した男は、怯むことなくメルリーナに体当たりをくれ、メルリーナは後ろの壁に叩きつけられた。
さらに別の男が、金属棒をメルリーナの頭部目掛けて振り下ろす。
左足の裏でかろうじてそれを防ぐ。
足に衝撃が伝わり、メルリーナの顔が歪む。
倒れたまま身体を回転させ、右脚で男の足を跳ね上げる。
男は大きく音をたてて床に転がる。
メルリーナは体勢を立て直すと、一直線に男の喉元に膝を落とす。
2022.9.3 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2022.9.18 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました
2023.8.20 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました