書籍②巻発売記念SS/かつての侍女と
書籍2巻が発売されました!
お知らせも兼ねて、書籍版で出番の増えたセシリーと、彼女の元雇用主ルリーナのお話です。
「……あら、奇遇ねセシリー、元気にしてたの?」
「げっ、げえっ! ルリーナさまぁっ!?」
文字通り、セシリーは飛び退いた。
なぜここに。信じられない気持ちでセシリーは目をまんまるにして目の前の老婆を見る。
頭のてっぺんからつま先まで一級品でコーディネイトされた装いの老婆は、はあとため息をつきながらかぶりを振った。
「ずいぶんご挨拶だこと。かつての雇用主の顔を見て、『げえっ!』ですって?」
「あ、う、あ……申し訳ございませんっ!」
セシリーはピョンと跳ねるように背筋をまっすぐ伸ばし、そしてガクッと九十度の角度でお辞儀をした。
老婆はそれを見て、目を眇めて「まあ、いいわ」と手に持っていた扇をバチンと閉じた。
(ななななな、なんでここに、ルリーナ様があ!)
老婆――ルリーナは、セシリーのかつての雇用主だ。若い頃は苛烈の女侯爵と異名を持っていた。セシリーは彼女の『苛烈』な部分をとてもよく知っている。身をもって。
両親を亡くし、身寄りのないセシリーを引き取ってくれたのがこのルリーナだった。作法をなにも知らないセシリーを、自ら叩き上げで育てて、それなりにメイドとして名乗れる程度にしてくれた。
きっと本当はそれなり、程度ではなくて、完璧なメイドをルリーナは目指していたのだろうが、それなり程度に終わってしまったのは、ルリーナのせいではなく、セシリーの問題だったろう。
ルリーナの屋敷にいたころ、セシリーは毎日毎日ルリーナに叱られ続けていた。
セシリーはいまでも当時のことを夢に見るほどだ。
ルリーナに感謝はしている。だがしかし、同時にセシリーはルリーナが恐ろしかった。それはもう、とてつもなく。
「こここここここんな、街中にいらっしゃるだなんてぇ」
「王都でしょう? 花の都に遊びに来るくらいのことはこの私だってしますよ」
「ひえっ、そっ、そうですねえ!」
ああ、またよろしくないことを言ってしまったかもしれない。隠居した人が王都に来るんですかあ? 的な嫌味に受け取られたかしらとセシリーは怯えた。
「……あなたに会いに来たわけではないのですけれど、元気そうで安心したわ」
「はっ……きょ、恐縮ですう!」
セシリーはまたビシッ、と背筋をやりすぎなくらいに正した。
セシリーの予想に反して、ルリーナは優しげな眼差しでセシリーを見ていた。
(あれぇ……?)
戸惑いと混乱で頭に疑問符を並べながらセシリーは額の冷や汗を拭う。
「ロレッタからよくあなたの話は聞いているの。だから元気とは知っていたけれど……こうして実際に会うと、あなたが私のところにいたときとなんにも変わってないのだな、というのがよくわかるわ」
「ど、どうも……」
「でも、妙ね。ロレッタからはセシリーは毎日テンション高くウキウキで過ごしています、と聞いていたけれど……まあまあ、どうしてそんなにビクビクしているのかしら?」
「ひいいいぃぃっ、バレたぁあっ」
「そんなにオドオドされてバレないわけないでしょう。全く、いつまで経っても失礼な子ね」
「も、申し訳ございませぇん……」
ふう、とルリーナは細くため息をつく。
「まだおまえにとって私は怖くていじわるな女主人なのかしら?」
「そそそそそんなことはありません、たいへんたいへんたいへんお世話になっておりました本当に今のわたくしがあるのはルリーナ様のおかげげげ」
「セシリー、おまえね……。まあ、そういうところが、好ましくないわけではないのだけどね」
ガチガチになってしまったセシリーに、ルリーナは苦笑する。
「すっ、すみません、まさかこんなところで会うとは思わず……緊張のあまり……」
「全く、あなたにとって、私はいつまでもいじわるおばさんみたいね」
「ひっ、その呼び方はあ!」
「おまえがメイド見習い仲間とどんな話をしていたかくらいは知っていますよ。私を誰だと思っているの?」
「苛烈の女侯爵さまっ」
「おまえを雇っているときにはもう引退していたのだけどね」
言いながらルリーナは青ざめているセシリーの手を取る。
「ごめんなさいね、怯えさせたくて声をかけたわけじゃなかったのだけど」
ふふ、とルリーナは口元に手をやりながら小さく笑う。あまり見たことのない優しい表情にセシリーは目が点になる。――いや、本当はルリーナの屋敷にいたころにも、何度も見たことがある。ルリーナは厳しいけれど優しくて、褒めてくれるときはそれはもう、優しく、心から褒めてくれた。これはそのときと同じ表情だ。
「奇想天外なあなたと一緒に過ごしているのは楽しかったわ。あなたはとってもセンスが良くて、手先が器用で、私のことも素敵に身支度してくれていましたものね。あなたにはメイド以外の夢があることは知っているけれど、あなたのその明るさと特技に救われる人はたくさんいるはず。これからも頑張りなさいね?」
「……ル、ルリーナさま……!」
セシリーは思わずじぃんとなり、肩を震わせた。
「ルリーナ様っ! わたし! わたくしっ! 頑張ります! ……いままで、ありがとうございましたっ!」
ルリーナはふ、と目元を和らげ、セシリーに微笑むとくるりと踵を返した。それからルリーナがセシリーを振り返ることはなかった。
ルリーナの言葉を胸の内で反芻するかのように、己の胸の前に手を当てながらセシリーはかつての雇い主の、その背を見送った。
元々実は特典SS用に書いてたんですが「でも主役2人のイチャイチャのが嬉しい人多いのかな…」と思って自主没にしたお話です。
個人的には気に入ってるのでせっかくなのでサルベージ……
そしてそして書籍2巻が10/2発売されました!一巻の続きということで書き下ろしです。あとWEBの番外編も掲載してもらってます。よろしければぜひお手に取っていただけたら嬉しいです!






◆アース・スタールナさま特設ページ
