バレンタイン記念SS(と書籍発売日お知らせ)
「知ってる? バレンタイン、ってやつも『異界の導き手』が考えたらしい。まったく、本当にアイツときたら、なんでもアリだよな!」
「そうなんですか?」
バルトルの蘊蓄に瞬きしながら問えば、バルトルは「うん」と小さく頷いた。
「なんでも、この『お世話になった人や好意を持つ人物にお菓子を贈る』という施策が当時困窮しかけていた商店街の老舗のパティスリーを救ったとかなんとかで。『異界の導き手』はそれによって魔道具開発の資金も集めていたとか」
「本当にすごい方なんですね。魔道具なんてものを作っただけでなく、そのように……マーケティング……というんでしょうか、その方面にもお力を発揮するとは……」
「まあ、なんだかよくわからないが、ピタッとハマったらしい。『お菓子を贈る』というやつが」
バルトルは言いながら、椅子に座る長い脚を組み替えた。
そしてニッコリと微笑みながらわたしを見つめる。
……見つめ続ける。
わたしがバルトルに背を向けて、作業を再開しても、この背中に穴が空きそうになるほどに。
「……あの、バルトル。そんなにじっくり見なくても」
「君が一生懸命お菓子を作る姿なんて、かわいいに決まってる。そんなの見ないでいたらもったいないだろ」
「……はあ……」
わたしが今、どこで何をしているかというと、お屋敷の厨房をお借りして、さきほどバルトルが語った『バレンタイン』のためのお菓子を作っていた。
もちろん、バルトルにプレゼントするためのものだ。
なのだけれど、なぜか、バルトルはその話を聞きつけると「僕、君が作るところを見ていたいなあ」と厨房についてきてしまったのだ。
「髪の毛まとめてるのも、頭に三角巾なのも、エプロンもかわいいね」
「あ、ありがとうございます」
「逐一、手順書を確認するのもかわいい」
「……失敗してしまったら悲しいので……」
料理長がいないのは、今は彼の勤務時間ではないからだ。厨房が空く時間を聞いて、事前に厨房を使わないその時間帯に厨房を借りる約束をしていた。
料理長は自分がそばにいて手伝おうかとも言ってくれたのだけど、『異界の導き手』没後、バレンタインにはいろんなお作法や言い伝えが派生的に生まれ、現在では『意中の相手には手作りをあげるのがベスト』というのが本流になってきている。
……なので、自力でやってみようと思ったのだ。それに、料理長にとっては時間外のサービス勤務という形になってしまうし……。
結果、なぜかバルトルと二人きりで彼に見守られながら彼にあげるためのお菓子を作るというシチュエーションになってしまった。
「そういえば、これ、何になるの? ずうっと何かをボウルに入れては混ぜてるね」
「あ、これは……これから型に流し込んで、オーブンで焼くんです。パウンドケーキですよ」
「へえ、甘くていい匂いだね」
嬉しげに笑うバルトルだけど、彼があまり食に対して意欲的でないことを私は知っている。それでも彼に、イベントになぞってなにかをあげたいという気持ちがまさって、こうしてお菓子を作っているわけだけれど……。
(……実際に食べる時よりも、わたしが作っている姿を見ている今のほうが嬉しそうかも……)
そう思うと、少し複雑な気持ちにもなるが、バルトルがとても幸せそうにニコニコとわたしを見守っていてくれているので、まあいいか、ともなった。
さておき、気持ちをとりなおして、ボウルで混ぜた生地をケーキ型に流し込む。ボウルを持ち上げると思ったよりも重たくて、少しこぼしてしまった。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
後ろで見守っていたバルトルがすぐに駆けつけてくれて、そばに置いていたふきんで汚れた台を拭き取ってくれた。わたしも型の周りについてしまった生地を慎重に拭く。
「……あ。これ、このままでもイケるね」
「えっ」
拭き取るときに指についてしまったのか、バルトルは自分の指をペロッとひと舐めしていた。
「……お腹壊しちゃいますよ」
「そうなんだ。このままでも食べれそうだけどなあ。甘いね」
(……バルトルなら、これをこのままプレゼントですって渡しても本当に食べてしまうかもしれない……)
ふとそんな情景が脳裏に浮かんだ。
バルトルはとても物腰が柔らかくて、落ち着いていて、優しい素敵な男性だけど――苦労しながら育った経験のせいか、少し、奇想天外なところがある。
普段は食事の所作もきれいだけど、気を抜いたときに、ちょっと不作法なところがでる。むしろそれはわたしにとっては微笑ましく感じられる部分ではあるのだけど。
「バルトルに食べられちゃう前に、焼いちゃいますね」
「うん、わかった。大丈夫、心配しなくてもこのままじゃ食べないよ」
ハハ、と軽く笑いながらバルトルはオーブンの前に向かい、ケーキ型を両手に持つわたしに、オーブンの扉を開いておいてくれた。
「もう熱くなってるから、気をつけて」
「はい」
慎重に庫内にケーキ型を置く。
あとは、焼きあがるのを待つだけだ。
「このまま厨房で待つの?」
「はい。大事になることはないとは思いますが、一応……なにかあったら怖いので……」
「ケーキが燃え上がったり? そうだね、じゃあ僕は君が心配だから、僕も君のそばにいる」
「退屈しませんか?」
「君が横にいるのに?」
そう言うバルトルの瞳はひどく優しげで、愛おしげなもので、わたしはつい頬に熱がこもって、俯く。
「いい匂いがするね。甘い匂い。ふふ、なんだか幸せ、って感じだ」
「……はい」
彼の相変わらずの甘やかさに、いまだにわたしは慣れなくて、いたたまれないような気持ちになってしまうけど、ケーキが焼きあがるまでのこの時間の甘さに、わたしも今は浸っていたいと思った。
不貞の子はバレンタインが普通にある設定の異世界です。
のんびりイチャイチャニコニコしてる二人が書けて幸せです。
お久しぶりです、すでに活動報告ではお知らせしていたのですが本作・不貞の子の書籍の発売日が決定いたしました!
3/1に、アース・スタールナさまより発行されます。
おそらく今週末にカバーイラスト、来週には詳細が公式ページで公開されるのでは……!と思います!
イラストレーターの花染なぎさ先生にとてもとても素敵に彩っていただいておりますのでぜひごらんいただけたら嬉しいです〜!
コミカライズの話も嬉しい感じで進行していますのでどうぞよろしくお願いいたします!
◆別件宣伝
2/15に『魅了魔法を暴発させた破邪グッズをジャラジャラさせた王太子に救われました』という作品が発売です!
本作とは毛色の違うラブコメ!なお話ですがよろしければこちらも読んでいただけたら嬉しいです!






◆アース・スタールナさま特設ページ
