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8.

「僕、婿は嫌なんですよ。……お嫁さんが欲しいんですよね」


 バルトルがそう公言するようになってから、社交の場に出た時に周囲にご令嬢や中年貴族が寄り付いてくることが無くなった。


 元々成金成り上がり貴族と評されていたバルトルである。


『どうもあの成り上がりは貴族の嫁を娶って、さらに成り上がっていくつもりらしい』


 という噂が蔓延するのに、そう時間はかからなかった。


(しかし、わかりやすいなあ)


 便利な金ヅルとして、バルトルを婿に望む貴族たちは多かったが、成り上がり男への嫁入りを望む貴族はいなかった。

 バルトルの容姿を褒め称えていたはずのご令嬢も遠巻きにバルトルを眺め、ヒソヒソと何かを話すのみとなった。


 バルトルはさらに『嫁に来てもらえるなら多額の支度金を出す』という噂を流布させた。成金のイメージがあるならそれなりに信憑性もあるだろう。


 ◆


 そしてある日の夜会でのこと、バルトルはアーバン家当主――ザイルに接触した。


「こんばんは。お久しぶりです。アーバン伯爵におかれましては……」

「……なんだね」


 バルトルの挨拶を遮って、ザイルは顔を顰めて不機嫌そうな声を出した。


「ああ、アーバン伯爵にも娘さんがいらっしゃいましたね、と」

「ハッ。ずいぶんと明け透けだな、どうも、熱心に貴族の嫁を探しているそうじゃないか」

「ええ。必死にならないとどうも難しいようなので。みなさん、やはり僕のような男のところに大事なお嬢さんを預けるのはご不安なようで」


 バルトルは肩をすくめてわざとらしくためいきをついた。ザイルはそれを鼻で笑う。あからさまにバルトルを小馬鹿にしていた。


「なんだね、私の娘に期待でもしているのか。悪いがあの子はアーバン家の跡取りになるんだ。魔力も豊富で、美しい子だからね。婿でも構わないから娘と結婚させてくれという申し込みが絶えないのだよ」

「ああ、そうなんですね」


 近づいてきたバルトルをあしらおうとしていたザイルだったが、ふと押し黙り、バルトルの着ているスーツや身に付けている装飾品をじろりと舐め回すように眺めているようだった。

 オーダーメイドのスーツは王都で一番人気の仕立て屋に作らせたものだし、靴もそうだ。デザインだけでなく素材も一級品で仕立てている。一目見ただけでも照りのある生地の上質さは伝わるだろう。バルトルはわざと、ベストの腰ポケットに入れたヴィンテージの懐中時計の鎖をカチャリと触った。


 ザイルは咳払いをし、重い口を開く。


「……君、随分景気のいい話を聞くが、魔道具の特許というのは儲かるのかね」

「そうですね、目を閉じてても金が入ってきます。それに僕は国からも開発支援を受けていますし、魔道具士の仕事の需要は尽きませんから、正直、使いきれなくて困るくらいには……」


 バルトルが苦笑して見せると、ザイルの濃い黄色の目にわずかに輝きが生まれた。


「ま、まあ、どうしてもというのならば……婿になら考えてやってもいいが……」

「いいえ、僕は婿はごめんですね。僕が欲しいのは嫁です。嫁に来てもらえないのなら、結婚をする意味がありません」


 バルトルはハッキリと首を横に振り、ザイルの言葉を一蹴した。

 ザイルは一転して、わかりやすく顔を歪めた。そしてフン、と鼻を鳴らし赤い顔で憤慨もあらわにそっぽをむく。


「そうかね! まあ、さっきも言ったが、娘にはいい相手がよりどりみどりなのでね! 話はそれだけか? 用が済んだならとっとと……」

「――アーバン伯爵には確かもう一人、御息女がおりませんでしたか?」


 バルトルの言葉にザイルは首だけ振り向き、目を丸くする。


「……は?」

「病弱ということは伺っております。やはり、家を出させるのは厳しい……ですかね。……残念だな。ああ、もしも僕のところにお嫁に来てくれるお嬢さんがいるのなら、言い値で支度金を用意してもいいのに……」

「…………」

「……はあ、残念だ」


 バルトルは独り言のように呟いた。

 ザイルは片眉をしかめ目を見開いてそれを聞きながら、何やら思考を巡らせているようだった。


「……ふん。なるほど……」


 ニヤリ、と男は次第に口角を上げて笑みを浮かべ出す。どうやら、彼は都合のいい解釈をしているようだった。

 成り上がり男がなりふり構わず誰でもいいから貴族の嫁を欲しがっているのだと。たとえ病弱で寝たきりの娘をお飾りの妻にするのでもこの男は構わないのだと。


 彼が快く思っていない『不貞の娘』。それを押し付けるのにこの生意気な成金成り上がり貴族は()()()()()()相手だと、そういうふうに思ってくれればいい。


「……ああ。それならば、うちにちょうどいい娘がいるぞ。バルトル・ガーディア」


 男の提案にバルトルは満面の笑みを見せて喜んだ。――本心から、だ。




 そしてバルトルはアーバン家から病弱な娘、ロレッタを嫁にもらうこととなった。


 ◆


『バルトル・ガーディアが家を焼かれたらしい』


 ――事件発生からすでに半年以上が経過していたが、この件について、国王陛下から厳重な注意が為された。

 明確に『貴族による犯行』とまではさすがに言わないが、牽制としては十分だった。


 それで運が良く首謀者が見つかれば僥倖だが、さすがにそうも都合よくはいかないだろう。


 バルトルは本当に放火犯についてはどうでもよかったのだが、彼女を嫁に迎えるなら心配事は減らしておきたい。自分がそばにいない時に彼女の身に危険があったら一大事だ。

 そのため、家を焼かれてからだいぶ日が経ってしまったが、今になってようやく国に相談をした。こう言ってはなんだが、バルトルはわりと国王陛下から気に入られていた。陛下はバルトルの話を聞いて色々と察したようですぐに手を回してくれた。バルトル屋敷近辺に留まらず、王都全体の警備が強化される運びとなったのはバルトルのためだけに終わらず、王都に暮らす人間にはありがたい話だろう。王の手早い采配を眺めていてバルトルは「もっと早くに言っておいてもよかったなあ」と少し呑気に思ってしまった。


 あの一件から、直接的にバルトルが害されるような出来事はなかったが、念のため、彼女と結婚したという話もしばらくは公にはしないでおこう。きっと、アーバン家も表立っては「病弱な姉が嫁に行った」とは話さないだろう。そもそも、彼女はあの家にとっては無き存在としておきたいのだから。


(……早くあの子が来てくれるといいな)


 本当は今すぐにでもあの家から連れ出してしまいたいくらいだった。彼女を迎え入れるための根回し、準備、そのどれもがバルトルにはやりがいがあった。


 しばらくは使わない予定だが夫婦の寝室のベッドシーツも新調し、彼女の私室とする部屋はセンスのいいセシリーに協力してもらって家具家財を用意した。


 彼女の家とやりとりをする時は彼女の母が大体対応してくれていた。彼女の体型も聞いて、いくつか服も用意しておく。『病弱』ということにさせられて閉じ込められていたのだからよそ行きの服は持っていないだろう。


 ――縁談が決まってから彼女と直接の顔合わせも願ったのだが断られてしまって、バルトルは心底残念だった。

 あの日以来、バルトルは彼女の大きな瞳を忘れたことはひとときもなかった。


 アーバン家の素晴らしい魔力の糸。あれを作っていた人が本当に存在していた興奮と喜び、そしてその人の功績が公にされない不満、『不貞の子』だと不当に閉じ込められて家族から蔑んだ目を受けていることへの憤り、彼女にはきっといろんな可能性があるはずだから彼女をどうか自由にしてやりたいという願い。それらを感情や思惑を噛み砕いてバルトルの『自分が嫁にもらってしまえばいいのだ』と結論を出した。名案だ、そして、うまくいった。彼女は家を出て自分のところにやってくる。


 バルトルは彼女がやってくる日が待ち遠しくてしょうがなかった。

 幸せにしてあげる、というのは烏滸がましいかもしれないが、しかし、バルトルには自分は彼女のことをそれはもう大切にするはずだという自信はあった。


 四人しかいなかった使用人も数を増やした。シェフも新しく雇った。

 日に日に屋敷が明るく輝きを増していくのは、バルトルの思い込みだけではなかっただろう。


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