6.
それからまた別の日。『電気』の魔力を持つ貴族だけが集められた夜会があり、バルトルも呼ばれた。同じ属性の魔力を持つ貴族たちは親戚すじのものたちも多く、平民上がりのバルトルはアウェイという様相ではあったが、この夜会には出よう、とバルトルは意欲的だった。
どうもこの夜会は前回バルトルが参加した王国の夜会よりも、お見合い会場の意味合いが強いらしい。貴族は基本的に同じ属性を持つもの同士で婚姻がされるそうだから、同じ属性の貴族のみが集まれた夜会ではそうなることも必然か。
相変わらず婿候補として唾をつけられそうになるのをいなしつつ、バルトルはアーバン家の人間を探す。いっそのこと、アーバン家のほうから唾をつけに来てくれたら助かったのだが、どうやらアーバン家は平民の男を婿にすら迎えたくはないらしい。
当主の顔は姿絵を見て覚えていた。豊かなブロンドヘアー、濃い蜂蜜のような色をした瞳、背の高い少しキザな男だ。
男はすぐに見つかった。少し赤らんだ顔でワイングラスを揺らしている。バルトルは話しかけてきたご令嬢を煙に巻くと、彼の元へと足早に近づいていった。
「こんばんは。アーバン伯爵。初めまして、バルトル・ガーディアと申します」
「……ん、なんだね」
「私は魔道具士として働いているのですが、アーバン家の魔力の糸を愛用させていただいておりまして。本日はアーバン家の皆様もご出席されると聞いて馳せ参じたのです」
「はっ、そうかね」
恭しく話しかけるバルトルに、自ら名乗り直すこともせずアーバン家当主の男は手に持っていたワイングラスを呷る。チラリとだけバルトルを見た瞳には疑いようもない侮蔑の色が滲んでいた。
「とても品質が良く、助かっております。閣下とご令嬢のお二人だけであれだけの量を紡いでいらっしゃるとは」
「……フン、まあ、私の娘は優秀なのでねえ」
少し気をよくした雰囲気の男は会場のある一点に目を向けた。なるほど、あれが噂のご令嬢。恵まれた子か。男と同じ色をした髪を腰ほどにまで伸ばし、流行りのドレスを着ている後ろ姿が伺えた。周りにも同年代の男たちを侍らせている。
バルトルは「お二人で」と言ったのに、当主はその言葉を訂正しなかったな、と考えていた。
(でも、絶対、三種類入ってたんだよなあ……)
「なんだ、君。もしかして我が娘に興味があるのかね。悪いがうちの娘は引く手数多でね……」
「ああ、いえ。閣下。ところで、閣下の御子は彼女お一人なのですか?」
「……」
男の顔が露骨に歪む。
「いいや。もう一人いるがね、病弱でねこういう場には連れて来れんのだよ」
「そちらの御子も糸を紡いでいるのですか?」
「ハッ。病弱すぎてそんなことはさせられんよ。かわいそうだろう?」
「そうなのですか。それは、失礼いたしました」
バルトルはいかにも申し訳なさそうに眉をひそめながら男に頭を下げた。
男ははあ、とため息をつきながらボソリと小さな声で呟く。
「フン。……どこで下世話な話を聞いたか知らんが、下衆な平民らしい好奇心を持ちおって……」
「閣下?」
「うん? なんだい、どうかされたかな」
取り繕った笑みにバルトルも笑顔を貼り付けて返す。
男はバルトルにぼやく声を聞かれていないつもりのようだが、バルトルの耳にはその言葉はしかと届いていた。
「閣下の貴重なお時間をいただき申し訳ありませんでした。どうしても日頃の感謝をお伝えしたく。お話ありがとうございました、失礼します」
なんとなくアーバン家の輪郭は掴めてきた。バルトルは礼をして男の前から立ち去り、そしてそのまま会場を後にした。
◆
カラリ、と扉を開けると鈴が鳴った。
少し薄汚れた狭い店内、カウンターバーの奥にいる男はニヤ、と笑ってバルトルを迎えた。
「よう、来たな」
「頼んでたことだけど、もう調べ終わった?」
「ああ。まあな」
濃い赤褐色の髪の男はそばかすのある鼻を擦った。まあ座れよ、とバルトルをカウンターに腰掛けるよう促すと、ひょろりと長い上背を屈めてカウンターの上からバルトルを見下ろす。
この男、ジェイソンはバルトルの昔馴染みの情報屋だった。
バルトルは彼にアーバン家についての調査を依頼していた。バルトルが直接嗅ぎ回るより、彼に依頼して調べてもらう方が何かと都合が良いだろう、と。ジェイソンはバルトルがスラム暮らしをしていた頃からの仲だ。バルトルは彼を信頼している。
寂れたバーの体裁を取っているが、本来『情報屋』である店内にはバルトル以外の客はいない。だが、ジェイソンは声を顰めて調査結果を話し始めた。
「アーバン家は元々は魔力に乏しい一族で、伯爵ってことにはなっているが現当主の金遣いが荒いせいで借金まみれだったそうだ。だが、子どもが『電気』の魔力の糸を国に納品するようになってからずいぶん懐が潤うようになったらしい」
「うん」
その辺りの情報はバルトルも耳にしたところだ。
「……アーバン家は二人姉妹だ。姉の方は『病弱』だってことで、表には出ないで大事に大事に離れで療養してる……ってことになってるが」
「が?」
「どうも、アレらしい。『不貞の子』ってことで、醜聞を避けるために人目を避けて閉じ込められてるんだってよ」
「なんだそれ」
ジェイソンはカウンターから身を乗り出し、そっとバルトルの耳元で囁く。
「髪の色がな、真っ黒らしい。それで何の魔力も使えない。魔力を持っている貴族にとっちゃ、黒髪の子どもが生まれるなんて、平民との不貞でもない限りあり得ないらしいぜ」
「それで、彼女はずうっと離れに閉じ込められてるって?」
バルトルは形の良い眉を歪めた。
だから、ルリーナは彼女のことを話す時に言葉を濁したのか、と察する。アーバン家は隠していても、人のする噂、というものを抑え切れるものではない。ルリーナは積極的に噂を好む人物ではないが、それでも耳には入ってくる程度には、アーバン家の『不貞の子』の話は囁かれているのだろう。ルリーナはきっと、それをバルトルに話して彼女が『不貞の子』であると間接的に認めるような言葉は言いたくないと、詳細の話を避けたのだ。
「……まあ、でも、『魔力なし』ってことは魔力の糸も作れないわけだろ? お前の勘違いだよ。やっぱ、お前さんが言うすっごいキレイな魔力の糸ってのは妹さんの方が作ったやつだよ」
「……ちょっと話がズレるが、僕、そもそも黒髪だと魔力がないとか、平民には魔力はないとか、そういう決めつけ、どうかと思っているんだよね」
「まあ、オレにゃお前のそのへんのお話はわからんが。どうあってもお前はその子がその『魔力の糸』を作った子、って思いたいワケだな」
ジェイソンはやれやれとばかりに肩をすくめる。
濃い緑色の目が暗に「頑固者」と言っている気がした。
「オレが調べられたのはそれくらいだ。それ以上のことはわからん。なにしろ、その子はずうっと病弱だ、って離れに引きこもらされてるからな。彼女の姿をまともに見たことがあるのは家族くらいじゃないか?」
「……」
バルトルは手を組み、しばし思案に耽った。
家族、か。
彼女の書類上の父が彼女のことを話す時の態度を思い返すとバルトルは自然と眉根に力が入った。彼が彼女をよく思っていないことはあからさまだった。
みなしごで、家族というものを知らないバルトルだからだろうか。自分の子ではないと思っているのだとしても、どうして共に暮らす相手のことを大事にしてやれないのだろうか。
顔も名前も知らない、『噂話』の範疇でしか知らない彼女のことを考えて、バルトルはなんだか胸が痛んだ。
「わかった。僕、その子の住む離れに行ってみる」
「はあっ? んな……なんで、てか……どうやって」
なんでその発想に至ったんだとジェイソンは口をひきつらせながら眉をしかめた。呆気に取られているジェイソンをバルトルは真剣に見つめた。
「髪の染め粉、貸してくれ。変装して、『最近オタクの水回り、困ってませんか?』って言ってアーバン家に乗り込んでみる」
「……お前、ドン引くほどそういうとこアグレッシブだよな……」
「ついでに本当に劣化しているところは修繕してくる。そうすりゃ文句言われないだろ」
「いや、知らねーよ。てか、お貴族様なら専属の魔道具士いるんじゃねーの」
「格安料金で勝負してみる。新人魔道具士の事業立ち上げキャンペーンだ、って言って」
「バレたらどうすんの?」
アーバン家の当主は自分をよく思っていない方の貴族だ。それなりに制裁を食らうかもしれない。いや、むしろ「これだから魔力を持っているからといって安易に貴族籍を与えるべきではないのです!」とここぞとばかりに重罰を課せられるかもしれない。
「どうしても麗しのご令嬢とお近づきになりたくて……って言うしかないかな」
「そりゃまた。……やべーやつじゃん」
ジェイソンは真顔で呟くように言った。
「まっ、ホントにお近づきになれたらオレにも紹介してくれよ、バルトル」
冗談めかして言いながら、ジェイソンはバルトルの肩を叩いた。






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