4.
(……会場のご令嬢たちが必死に探していたな、そういえば)
レックスは侯爵家の次男だ。彼もまた婿としては好条件の男だった。そして、なんといってもこの男はとてつもなく容姿が整っているのだった。バルトルもマダム・ルリーナから「顔がいい」とは言われたが、バルトルとはまた毛色が違う。貴族令嬢が好むのはこの男の顔の系統だろう。美男子といってなんら差し支えない美貌を彼は持っていた。スラリとした細身の長身、涼しげな顔、『氷の貴公子』と呼ばれている。
どんな令嬢に言い寄られたところで微塵にもなびかない彼だが、ミステリアスな美貌のおかげで「その冷たさがたまらない」とまで言われているらしい。
(単に本気でコイツの場合は女の子に興味がないというか……他人に興味がないだけだと思うけど……)
単なる家の慣習として魔道具士の資格を得るだけの貴族たちが多いのに対し、レックスは熱心に魔道具士としての仕事をこなしていた。これはバルトルの憶測だが、おそらく彼は魔道具士の仕事にやりがいを感じているのだろう。別に仲がいいわけではないが、彼が真面目に仕事に取り組む姿は見てきている。
――いや、その表現はあまりふさわしくない。
「……君、一応侯爵家なんだろう。いいのかい、会場にいなくて」
「……ああ、バルトル。お前か」
特に避ける理由もないので、バルトルは彼と同じように手すりに肘をついて、隣に並んだ。レックスは琥珀色の瞳を狭めて、バルトルの姿を認めたようだった。
「クラフトの名を継ぐのは兄だ。兄が継げなくなれば弟が継ぐ。俺には関係ない」
「お前、ずっとここにいただろ。僕でさえ真面目に愛想笑いしてたのに」
「そうか。ところで、お前が考案した魔道具の魔力回路システムの話なんだが」
「今その話するのかい」
――レックス・クラフト。この男は魔道具以外のことはどうでもよいのだった。
「お前と話したい話など、これくらいしかないが」
「ああ、そうかい。まあいいよ。気晴らしにはなりそうだ」
レックスは特に嬉しそうでもなく「そうか」と言うと、ツラツラと話し始めた。
「魔道具の出力を魔力の糸に依存させず、決まった出力にさせるというのはいい発案だと思う。だが、高品質の魔力の糸ならば有用だが、品質の低い魔力の糸を利用するときには従来品よりも魔力の糸の消費が早くなるだろう。低品質のものでも出力を保証できる利点もあるが、多くの民からは不便になったと捉えられるのではないか」
「ある程度予め各家の魔力の糸にランク付けをしておいて、このランクの糸なら何時間稼働可能か、とか公表しておけばいいと思う。従来の魔力の糸の品質に影響されて出力が変わってしまうと、『だいたいこのくらいの稼働時間でどれくらい魔力の糸が消耗されるか』というのが感覚的にしかわからないだろう。僕はそれより、ハッキリと数字としてそういうのが示せた方が便利だと思う」
ただ、と前置きしてバルトルはかぶりを振った。
「お前の言う通りで、ソレは改善点だと思ってるよ。低品質なりのポンコツ出力でも長く使えた方がいいって人のが多いと思うし。どんな魔力の糸でも、一定の出力でほぼ同等の持続時間にできたらいいなと思うんだけど」
「提言しておいてなんだが、ソレは夢物語に近いな。魔力の糸ではない何かでエネルギーを代替する仕組みでも作れない限り、無理だ」
「まあ、生きているうちに色々試してみるさ」
夜の冷たい風と共にしばらく静寂が流れた。社交の場にて有象無象に囲まれて火照り気味だった頬を撫でる風の冷たさにバルトルが心地よさを感じていると、レックスがぽつりと口を開いた。
「……お前はなぜ魔道具の改良開発をしているんだ?」
「なぜ、って」
「お前の改良開発はすでに国王陛下は評価していらっしゃる。だが、今のままの魔道具の魔力回路システムでも特に困らない。なぜ、あえて改良開発をしようと思った?」
琥珀色の瞳が真顔でバルトルを見つめる。
「……僕は、魔道具というものがもっと誰にでも扱えるものになればいいと思っている」
「ふむ」
「今、人々の生活は魔道具に依存しているだろう。それはひいては、魔力の糸を作れる貴族に依存している形になる。……そうじゃないふうに、なってほしい」
「お前にしては曖昧な言葉だな」
「いいだろ、『夢』なんだから」
レックスは鉄面皮の彼にしては珍しく、怪訝そうにやや眉をあげた。バルトルはそれにそっぽを向いて、バルコニーにもたれかかり、はあとため息をついた。
バルトルがそう思うのは、やはり自分が平民の出だからだろうか。
バルトルが初めて『魔道具』というものを知ったときには、凄まじい衝撃があった。こんなものがこの世にあってよいのだろうか、と思った。一般家庭には普通に魔道具は浸透していたが、みなしごのバルトルにはこの文明の利器は縁遠かった。
違和感、といってもよかったかもしれない。恐ろしさすら感じた。
これはこの世界に、この時代に、本当にあってよいものなのか? と。
魔道具について学び始めたバルトルは魔道具を創出した『異界の導き手』と呼ばれた彼の手記も読み漁った。
バルトルの彼への感情は「なんてことをしてくれたんだ」という怒りが最も近かった。
彼が魔道具を作る以前と、その後とで全く文化の様式が変わった。今まであった世界が塗り変わってしまったといってもいいはずだ。バルトルはすでに、魔道具というものが「あって当たり前のもの」になった時代に産まれてきたわけだが、当時の人たちはこれをどう受け止めたのだろうか。――大多数の人間が歓迎したからこそ、今世の魔道具の発展があることは理解している。だが。
きっとこの世界は魔道具がなくてもよかったのではないか、と思ってやまないのだ。
初めは魔道具は『電気』でしか動かなかったという。それを『魔力』であれば属性に問わず動かせるように改良が為された。だが、どうしても『電気』でなければ動かない魔道具が存在していたり、最も魔道具を効率的に動かすのは『電気』の魔力であることから、魔力を有している貴族の中でも『電気』の魔力を持つ貴族が強い権力や富を持つようになった。
それまでの時代では、一番有用とされていたのは『水』、次いで『火』だった。水の魔力さえあれば飲み水には困らなかったから、火の魔力があれば身体が凍えることはなかったから。しかし、それらの問題を魔道具が解決できるようになってしまってからはもてはやされるのは、『電気』の魔力だ。
魔道具以前に語られていた神話でも、『水の神』や『火の神』の物語ばかりだったのに。
『異界の導き手』たる彼が世界を変えた。『魔道具』なんてものを残して創造主の彼は人の寿命を全うして死んでしまった。
――無責任だ。バルトルはそう思ってしまう。
世界に異物を撒き散らすだけ撒き散らして、神ではなくて人間の彼はあっさり死んだ。彼の発明した魔道具を今世にまで残し続けてきた魔道具士たちのことはバルトルは素直に尊敬していた。少しずつこの世界に合った形に魔道具を作り替えてきた彼らはすごい。
もう、魔道具なしには人は生きていけないだろう、と思う。ならば、もっと、この世界にふさわしい形に魔道具を変えていきたいと、バルトルは願っていた。
――電気でしか動かなかった魔道具を、他の属性の魔力でも動くように改良した『異界の導き手』の彼も、きっと努力はしたのだろうから。
ホールから聞こえる旋律を聴きながらバルトルは手すりにもたれかかったまま、眼を閉じた。レックスももうこれ以上話したいこともないのか、静かにしているようだった。






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